第15話
物語には主人公が必要だ。
そして間違いなく言えることは私が主人公ではないということ。私は一般人、ザ・モブ。世界を救うなんて大それたことはできない。
ならば探さなければならない。この世界を、人類を救ってくれる主人公を。
この世界のベースになったと思われる物語の主人公はたしか突然変異型の異能者で、突発的にスキルに目覚めたことで高等部から異能者用の教育機関――高天原の学園に通うことになった、みたいな設定だったと記憶している。
探そうにも残念ながら主人公は見た目から声まで全部キャラメイクするタイプのゲーム、かつ選択肢でしか喋らない系主人公だった。
そういうわけで名前、容姿ともに不明、性格も選択肢次第で色々変わるので全く予想がつかない。特定するにはイベントから逆算するしかない。
そこで私、がんばりました。原作シーンが見たい、なんて野次馬根性八割ぐらいで事前に街中を探し回って、なんとかイベントが起こる場所を特定しました。
あとは主人公が来るのを待ち伏せるだけ……と、思ったんだけどなあ。
「キミはだれ?」
「ただの通りすがりです」
私が天使に見つかった。
【光の運び手】ミカエラ。
ダンジョン黎明期に実在した欧州エリア最初のSランクシーカーとされる異能者である。曖昧なのは当時はまだランク制がなかったからだ。
彼女は天使と呼ぶ超常の存在をその身に宿すスキルを持つとされ、その圧倒的な力でダンジョンのモンスターを薙ぎ払ったとされる。
現代風に言うと降霊術系のスキル、私の≪三位一体≫に近いスキルだ。
そんなSランクのスキルを解析し魔術化に成功した企業があった。
欧州教会――その名の通り、欧州を宗教で支配した《《S級》》企業だ。
理論上は魔力とそれに耐えられる肉体を持つシーカー(最低でもAランク程度の力は必要)であれば、Sランクに匹敵する力を得られるという画期的かつ欧州教会の切り札的強化魔術となる――はずだった。
天使化とでも呼ぶべきその魔術には致命的な欠点があった。
適性を持たない人間では天使の力に強い拒絶反応を起こしてしまうこと。
その適性を持つ人間もSランクと同じぐらい稀有な存在だったこと。
その二点だ。
ミカエラの才能とは人より強いスキルを持つことでも、人よりも多い魔力を有することでもなかった。天使に対する最高レベルの適性こそ、彼女の本当の才能だったのだ。
しかしそこで「天使化は失敗作だった」と、諦めないのが倫理観の狂ったこの世界の企業である。
彼らは適合者が居ないなら作ってしまえば良いと考えた。
間違いなく適性を持つとされる天使化の元々の持ち主ミカエラの遺骸から遺伝子情報を採取し、クローンを作る計画を立てたのだ。
そのプロジェクト――堕天計画の成功体こそ、この目の前のウェーブがかったピンク髪の少女、欧州教会の【聖女】リリアだ。
年齢は確か一八だったかな? 魔王のストライクゾーンである年上のお姉さん属性持ちの人物である。その本人はといえば、今季のアニメを確認するので忙しいからと不在である……帰ったら私も視よ。勇者は勇者でロリを求めてそこらへんを彷徨ってて私の中には居ない。
役立たず二人は今どうでもいい。
そんなことより欧州教会の重要人物であるはずの彼女がどうしてここにいるのかだ。
それはとある企業に使われている黒鵜恭司が聖女を欧州から攫ったからである。
その後、大陸へ連れ去られた彼女は天使の力を使って自力で脱出、逃げ込んだここ日本の異能都市“高天原”にて主人公と運命の出会いを果たす――というのがゲーム本編の序章に当たる。
それなのに、それなのに……ッ、彼女は私の目の前に居る。
「天使はここに待ち人が居ると言っていました。キミがわたしの運命の人ですか?」
なんでだあああああああああああ。
主人公が来る前にメインヒロインから来ちゃったよ。物陰で隠れてる私のところへ迷いなくやって来て「やあ」じゃないよ!
あとそれ主人公に言う名セリフ! 始まりのシーンがこんな物陰でって、原作ブレイクしちゃってるじゃん!
魔術でガチガチに気配消して確実に見つからない位置を選んで潜伏してたはずなのに!
「なにそれ怪しい宗教? 勧誘はお断り」
内心焦りつつも、表面上は冷静を装って冷たくあしらう。あなたを救うのは私じゃないから。主人公、探そ?
「キミから天使に似た力の残滓を感じます」
――が、そんなことお構いなしに初対面で天使なんて与太話を大真面目に話す、原作と全く同じ白い修道服を着込んだ不思議ちゃん。尚、言葉が通じるのは翻訳用の魔術を付与したアクセサリー型のDデバイスを付けているからだ。
普段から天使とかいう人ならざる存在と交信しているから浮世離れした性格なの?
あれ? それって勇者と魔王と同居してる私にも当てはまる……?
いやいや私人生二度目、これはキャラ作りであって根っからの不思議ちゃんじゃないから。その前に天使の残滓って何? 勇者の事? あの人なら、とっくに昔にロリコンに堕天しちゃったけど? しかも魔王も同居してるけどそっちは悪魔の力とか言い出さないよね?
「日本にいるとはな。てっきり欧州《巣》に向かうと思ったんだが……」
そこに現れる草臥れたスーツにサングラスのイケオジ、黒鵜恭司だ。
やば、完全にイベントシーンに入ったじゃん。
「こちらにも目的がありまして。それにしても思ったより早い到着でしたね」
「目的だと?」
「ええ、ですからここでお引き取りください」
「だからって『はいそうですか』とはいかねえんだよ。おたくが力の制御ができないのは知ってる。下手に暴れて無関係な人間を巻き込みたくはないだろ。大人しく捕まってくれないか?」
待って、だから人違いだって。 主人公が主人公足る主人公補正≪超える力≫も持ってないから!
勝手にストーリー進めないで!!
そんな私の心の声も届かず、二人の間に剣呑な空気が漂う。
あれ……? でもここからどうなるんだ?
本来であればここからルート分岐が始まる。
まず三人目の登場人物として、草壁ミカゲが初登場する。彼女は家族の敵討ちのために日本統括理事直轄部隊である執行部――それも暗部と言われるような裏に属する――のSランクシーカーとなっており、欧州教会の要請で聖女の回収に現れる。
そこからの《《正規の》》分岐ルートは二つ。
ひとつは黒鵜恭司とミカゲが衝突する間に逃走し、その後黒鵜と色々あってとある企業に所属する企業ルート。
もうひとつは統括機構に聖女を引き渡し、その後ミカゲと色々あって執行部に勧誘される執行部ルート。
しかしミカゲが執行部に入ってないこの世界線では彼女が現れることはない。現れたとしても原作通りには進まないだろうけど。
「んでそっちの嬢ちゃんは関係者か?」
「ただの通りすがり」
「その声、聞き覚えがあるな。だが見た目もそうだが威圧感も……人違いか?」
「使い古されたナンパの常套句ね。あなたもそうなの?」
何年も前に一言二言聞いただけの声を憶えているのか。厄介な……折角用意できた戸籍やら諸々をここで捨てるのは面倒だな。いっそのこと《《あの件》》で味方に付けるのも有りか?
だとしても聖女が居るこの場では無理か。
「おやおやおや、こんなところで出くわすとはこれも神の思し召しでしょうか」
本来ミカゲが登場するタイミングで、代わりに現れたのは神父風のイケオジだった。
えっと……どちらさま?




