五十四話 祈りと願い
長い話になる。
そう感じたのか、ミラウッドは場所を俺の自宅へと移すよう提案した。
そうしていつものテーブルを俺とミラウッド、人型のルナリアが囲み、セローは壁に背を預けながら話を聞く。
「……驚かないんだな?」
「薄々は、な」
「そうか」
「聖樹のお力は、私たちの理解を超えているだろうからな」
もっと驚いた表情を見ることになるかと身構えていたが、意外にミラウッドは冷静だ。
「俺の世界はけっこう、便利というか……魔法が無い分、技術が発達していてな」
俺は三人にいろんなことを話した。
スマホや電話、テレビなんかの技術があり、人々は容易に連絡や情報を得ることができる世界ということ。
俺はそこで弓師として生活していたが、早気のことがあり落ちこぼれであったということ。
じいさんのこと、家族のこと。
弓に対する想いや自分に対する失望、悔しさなんかを話した。
「スゲー世界だな、そりゃ」
「まぁまぁ。世界は広いと言いますけれど、異世界はわたくしたちの想像すら及ばないものですのねぇ」
「なるほど……だから、一番に弓へと興味を持ったのか」
「そうそう。他にもっと剣とか、反応する部分もあっただろうにな」
ミラウッドはなにやら腑に落ちた様子で言った。
「非礼を詫びよう。ルナリア様と契約した際にコーヤの事情も知らず、余計なことを言ったな」
それはミラウッドが言った、『今なら、ルナリア様の力をお借りして弓を作ることが出来るかもしれない』という一言。
異世界の弓と自分の作ってきた弓は根本的に違い、俺にエルフたちの弓を作ることは不可能だと思っていた矢先のことだった。
だからあの時の俺は、反射的に大声で無理だと叫んでしまった。
「いやいや。知らなかったんだから無理もない。それにもし、俺がじいさんだったら……」
「だが、コーヤはコーヤ。自分の矜持を持つ、一人の弓師だ」
「そうですわ! コーヤさまにはコーヤさまにしかない良さがありますの!」
「まーオレに音を届けることができたんだから、その胸に秘めた想いってのはホンモノだろーな。祈りや願い。そして心を一つに寄せるのは、魔法の基本だ」
「みんな……」
職人として欠点があるのは間違いない。
けど、弓が弦を掛け和合を成すように、たとえ俺が技術や射術に優れていたとしても、弓に掛ける想いや引き手のことを考えて作りたいという矜持。
それが欠けていても、きっといい弓を作るには至らなかっただろう。
そういう意味でも、じいさんとウィンハックは本当に素晴らしい弓師だ。
「だからさ、正直ウィンハックの工房を見学している時は不思議な気分なんだ。エルフたちの役に立てるなら進んで手伝いたいって気持ちと、自分にエルフ達が命を預けるような弓を作れるわけがないって自分を卑下する気持ちと……両方なんだ」
「つまりそれが、コーヤの良さだろう」
「え?」
「そのとおりですわ、エルフのお方。ミラウッドさん。コーヤさまは、本気でエルフのお方たちのことを想うからこそ、そういった考えが浮かぶのですわ」
「聖樹が力を与えるのも、なんか分かるな。自分を信仰するエルフの助けになるって、確信してたんだろ」
「そう、なのかな?」
聖樹の力……、そういえば。
「話は変わるんだけどさ。聖樹について一つ、心当たりがあるんだ」
「心当たり?」
俺は聖樹が『色んな世界に根を張る』とも言われていることを知り、思い当たった一つの仮説をミラウッドに伝える。
「俺とじいさんがよく素材を採りに行った……元はばあさんの山なんだが。そこに、山の神がいるって言い伝えがあってさ。毎回入山する時には祈りを捧げてたんだよね。でも、じいさんが亡くなって一人で山に入ったら、見たこともない木が生えていて……それで、触れたらこっちに飛ばされた。……その直前に、どこか遠くに行きたいと願ったからだと思うんだが」
「それは興味深いな」
「祈りというのは、魔力の素にもなりますから。もしかすると聖樹の一枝であったその木は、おじいさまの祈りが失われたことによって擬態する力を失ったのかもしれませんわ」
「! 擬態、か」
それなら見たことがない木が突然生えていたのも納得だ。
「おまけに残された力が聖樹本体に還らずにコーヤに託された……ってとこか?」
「それなら辻褄が合うな」
「なら、もしかして……」
「コーヤの世界の枝が消失したことにより、コーヤと弓師殿の祈りを魔力へと変換する機能が失われた。その影響で精霊様たちが眠りについたのであれば……コーヤの力を還せば、精霊たちが目覚める可能性はある」
「ま、やってみりゃイイだろ。減るもんじゃねぇし」
精霊が眠りについた森は、色々と危険が多い。
もし俺に宿るらしい聖樹の力が役に立つなら……。
「そうだな、やってみよう」
神賜魔法の鑑定。なんだか遠くにいるセローにまで届いたらしい変な魔力。
聖樹の枝に宿った力を拡散させた力。
この世界で一人過ごすことになっていたら強力なカードとなっていたであろう不思議な力。
今は一人じゃない。
それが無くなったとしても、きっと大丈夫だ。




