三話 本気で謎の弓師
どうやら俺は漫画のような、異世界転移というものをしたらしい。
日本人とは違う特徴を持つ皆さん自ら、『エルフ』と名乗りをあげたので恐らく間違いない。
仮にここが地球で、彼らがまだ発見されていない種族なのだとしたら、言葉が問題なく通じるのはおかしいからだ。
なぜそうなってしまったのかは分からないが、それだけは事実として認識しなければならない。
「……」
「……」
き、気まずい……。
後ろから突き刺すように感じる視線が痛い。
現在俺はエルフたちの指示に従い、彼らの拠点へと移動させられている。
俺が降ってきたという聖樹は彼らの村の奥に位置しているようだ。
目の前にはエルフのお偉方らしき皆さん。
後ろには先ほどのイケメンお兄さん含め武装したエルフの皆さん。
両隣には年若いエルフの男性。
……うん、逃げ場なし!
逃げるつもりもないが、俺への不信感というものが眼に見えてちょっとかなしい。
怪しまれている以上ボロを出すわけにもいかないので、俺からは余計なことを話さないようにした。
とにかく、危害を加えるようなことは一切ないと証明して、自分の置かれた状況を説明しないと……。それも、『異世界から来ました!』なんて言った日には怪しさMAXだ。
直前の記憶以外はあいまい……のような無難な理由を考えておこう。
「──着いたぞ」
「おお……」
聖樹とやらの大きさもすごかったが、エルフの集落に生えている木々も中々に大きい。
木の上にログハウスのような家があったり、木と家が一体化していたりと日本では見ることのないようなまさにファンタジーな世界。
まさに『エルフの隠れ里』のイメージそのままだ。
村に着くや否や、先を行っていたエルフのお偉方は緊急会議なのだろうか。
ササっと皆さんどこかへ向かう。
いや、そうだよな……。
なんせ俺、聖樹で行われていたエルフの神聖な儀式を邪魔したんだもんな……。
しかも没収されたけど、聖樹の枝を折ってしまったらしいからな。
長老会議のような事態になっても何ら不思議じゃない。
イケメンお兄さんの言っていた『処遇』というのが何なのか、考えるだけで恐ろしい。
「おい」
「! は、はい」
「名は?」
「真中侯矢……あ、いや。名はコウヤだ……です」
見た目は二十代くらいに見える若々しいエルフのお兄さん。
だが、エルフというからにはもしかしたら年上かも……という謎の理性が働いて言い直す。
「コーヤか。私はミラウッド。今回の儀式の責任者だ」
「ど、どうも……」
そりゃ激怒されても仕方ないな……。
「ひとまず、なぜ聖樹が折れたか……。それがハッキリとするまでは、コーヤが何者であろうと解放することはできない。そのつもりでいたまえ」
「聖樹が、折れた理由?」
てっきり、
『怪しいヤツは逃がすな!!』
『人間が侵入したぞ!!』
ってことかと思ったが……。
それよりも聖樹が折れたことの方が、エルフにとって一大事なんだろうか?
いやまぁ、神聖な木を折っちゃダメなのは間違いないが。
ミラウッドさんの言い方だと、聖樹は折れないものみたいだ。
「……まさか、よりにもよって人間の手で折れるとは」
「も、申し訳ない」
深刻そうにため息をつかれると、申し訳なさが加速する。
俺にとっても一大事な状況だが、彼らにとっても同様だ。
なるべく冷静に……とは努めてみるが、やはり不安の方が大きい。
これから自分がどうなるのか。
どうすればいいのか。
あるいは、どうしたいのか。
まったく想像もつかない。
俺はとにかく一つでも安心できる要素がないか、情報を集めることにした。
「すまないが、状況を教えてもらえるか? 正直なところ、光に包まれたせいなのか直前の記憶以外があいまいで……」
ちょっと苦しいか……!?
「ミラウッド、もし人間たちの仕業だとしたら──」
「いや。仮にそうだとしたら、聖樹が折れる理由にならない」
側にいた別のイケメンエルフがミラウッドさんに問いかける。
みんな背が高いので、俺は見下ろされる形に。
「…………いいだろう。コーヤの置かれた状況を整理する。時に、自分のことは覚えているのか?」
「名前や年齢、こことは別の場所で竹を集めに山に入ったということは覚えているんだが……」
そんな都合のいい記憶はないと思うが、不思議な力で異世界転移したくらいだ。
『絶対ない』ことなんて言いきれないだろう。
「タケ?」
「木質化する植物のことだ。場所によっては生えないところもあるから、知らないのも無理はない」
実際日本でも、北海道では一部の地域でしか竹林を見掛けないみたいだからな。
「ほう……そういうことは覚えているのだな」
「えっ!? ああ……たっ、たしかに。断片的にだが」
な、なんとかなれ──!!
「……まあいい。聖樹での儀式というのは、近頃この周辺に棲む精霊たちが私たちの呼び声に応じないことが多くなってきた。力が弱まっているのであれば何か理由があるはずだろうと、聖樹に棲む精霊に話を聞くために祈りを捧げていたのだ」
「精霊!? ……なるほど、そこに俺が……」
さすがは異世界。
精霊が実際にいるんだな。
「ああ。ただでさえ人間のコーヤが聖樹から降ってきたともなれば、人間たちが森に何かしたに違いないと思うのが普通だろう?」
な、何も言い返せない……!
俺が犯人でないのは確実だが、状況証拠という意味では揃い過ぎている……!!
エルフの村をざっと見渡した限り、人間が一緒に住んでいる感じはしない。
彼らと人間という種族の関係は具体的に分からないが、少なくとも儀式に参加している様子はなかった。
「つまり、俺は重要参考人……」
「……だが、聖樹の枝をその手に持っていたのはまた別の話だ」
「え?」
「かの聖樹は、悪しき心をもってその枝葉を手折ることはできないと言い伝えられている。……いや。そもそも、精霊の許しなしには触れることもできないはずだ」
「えええーーーー!!??」
事件の犯人として疑われたと思ったら……、逆に精霊の許しを得た重要人物としての証拠も持っていたってことか!?
そりゃ長老たちも会議をするしかない。
エルフたちも責めるに責められないというわけか。
「……というわけで、コーヤの処遇は今長老方が話し合っているところだ。しばらくは私が君を見張ることになる」
「はっ、はい……」
精霊との繋がりを持っているかもしれない証拠が出てきて、『貴様』から『君』には格上げになったものの。しかし聖樹から降ってくるという意味不明な事態が解決したわけではない。現状俺はエルフたちにとって『本気で謎の人物』というわけか。
しかしストレートに『見張る』と言ってくれるミラウッドさんは、なんというか誠実だな。
嘘がつけないタイプだろうか。