十四話 引き手の望む弓
「──っ無理だ!!」
「!」
『……』
自分でも驚くほどの大声が森に響いた。
ルナリアが、寝ている間に森の変化がなかったか周辺を見てくるというので俺とミラウッド、セローはハズパラの木々の前で一休みしていた。
そこで俺は心地の良い風に誘われて草の上に寝そべり、日本と異世界の違いを存分に感じていた。
スマホの無い不安と意外な充実感。
未だ遭遇していないが、確実に身近にある危険。魔物のこと。
エルフたちと精霊たちの関係性。
森の息づかいのような、生物や植物の音。
そして、弓のこと。
やはり職人エルフの元で感じた、同じだけど違うもの。
先ほどミラウッドに弓を返した際にも改めて思った。
その時だ。
職人エルフの言葉を思い出したのは。
──もし君が森の精霊様から力を借りることができれば、その聖樹の枝から弓を造り出せるかもしれないね
森の精霊であるルナリアと出会ったために、それをミラウッドにそのまま伝えた。
俺は何の意図もなく、こう言われたのだと。
そうすればもちろんミラウッドはこう言うさ。
『今なら、ルナリア様の力をお借りして弓を作ることが出来るかもしれないな』
そして俺の口からは、一秒も考える間もなく否定の言葉が放たれた。
自分でも驚きだ。
自分から話題にあげたというのに、意味が分からない。
「コーヤ……」
「あ、……ごめん。俺……」
ミラウッドは知らない。
俺が転移前、別の場所で竹を集めていたのは弓作りの材料集めだということを。
俺が弓師だということを。
だから彼の言葉は、俺の弓師としての矜持を軽んじたわけではない。
でも、考えるより先に体が反応した。
俺の思う『弓』と彼らの思う『弓』は似て異なるもの。
日本では弓矢を用いた狩猟は違法であるとか、そういう部分で引っかかるのもたしかにある。
でもここは異世界だ。
決まりは異なるし、魔物がいる世界で日本の常識が通じるとは思わない。
ただ、それ以上に……。
先師であるじいさんの言葉が聞こえてくる。
──本当は引き手を見て、弓を作りたい
自分の弓はあくまで心身と弓の一体化。
精神修行と、的に矢を中てるという技巧。
それらの修練を目的とした弓。
でも、エルフやこの世界の人々は、生きるために弓を引く。
逆に言えば、命を奪うことにもなる。
それが悪いことだとは、異世界人の俺にはとても言えない。
ただ別のものなんだ。
彼らの弓と、俺の作る弓は……別ものなんだ。
引き手の望む弓。
生きるための覚悟が違う彼らを活かし、また彼らが活かす弓を──ただでさえ落ちこぼれの俺が作れるわけがない。
『どーした?』
「……いや。ごめん、ミラウッド。ちょっと、弓を作るってのに現実味がなくて……びっくりしちゃって」
「コーヤは精霊の加護が満ちた、争いのない場所から来たのかもしれないな」
ミラウッドは納得したのか、あるいは話題に触れないようにしてくれたのか。
そう結論付けてこの話を終えてくれた。
「しかし、精霊様が眠りについている……か。まさか、そのようなことが起こり得るとは」
さらに話題まで変えてくれる。
本当に誠実な人だな。
いきなり拒絶の言葉をはいたのが、心苦しい。
『精霊がバラバラに眠りにつくことはあるが、こうも一斉にってのは……たしかに珍しいかもな』
『──お待たせしました、お待たせしましたわー!』
「ルナリア、おかえり」
見回りを終えたルナリアが帰ってきた。
さきほどは地面をぴょんぴょんと移動していたが、今はセローと同じく宙に浮いている。
「異常はなかった?」
『そうですね、そうですわね。これといっては見当たりませんでしたの』
「それはよかった」
『ええ、ええ! しかし油断はできませんからね。エルフのお方……えーっと、ミラウッドさん? エルフの方々には、森を見回っていただいた方がいいと思いますよ。ええ、思います』
「かしこまりました、ルナリア様。村に戻りましたら、そのように手配いたします」
ひとまず俺たちは村へと戻り、森の異常についてルナリアから得た情報を、村の長老たちに伝えることにした。




