十一話 弓師の思う『弓』
『ほー。器用なもんだ』
「すごい……」
エルフの工房に着いた俺とセローは、さっそく弓づくりの見学をさせてもらうことに。
実年齢は不明だが、ミラウッドよりも年上っぽい男性エルフが一本の木材から弓の形を削り出す。
見学させて欲しいという申し出にはじめは驚いた様子だったが、精霊パワーのおかげですんなりと見せてもらえた。
「まるで作り方がちがうな……」
『?』
俺やじいさんが作っていた竹弓。それとは製法が全く異なる。
弓は、作る者や種類によっても色々と異なる。
一概にどうとは言えないが、たとえばうちで作っていたものの一つは三本芯という構造で、『ヒゴ竹』と呼ばれる弓の芯ともなる竹を三本ならべ、側木で挟む。
ヒゴ竹はそのまま使う場合もあるし、火を入れて炭化させるものもある。
うちでは火を入れていた。
そうして芯ができたら、今度は内竹と外竹を張り合わせ、一本の弓とする。この時点では弓の反りなんかはできていない。
だがこの世界においての弓は、その主な目的を精神の修行にはしていないだろう。
狩猟、あるいは魔物や敵との戦い。
弓を持つイコール戦う道具として使う必要があるということだ。
そんな目的の元に使うのだから、日本で弓を持ち運ぶ時のように弦を張ったり外したりする機能はない。
彼らにとって弓の弦は、外さないものだ。
そういう所一つとっても、俺たちと弓に対する認識が全然ちがう。
和弓でいうところの関板。
弦を引っ掛ける出っ張りの上弭と下弭のある上下の板は、弦を上下に掛けても真っ直ぐなままだ。
エルフ達の弓と違い弦の取り外しを想定した和弓は、もしその真っ直ぐな部分がなければ弓を引いてしなりが加わった時に弦が出っ張りから外れてしまうし、力の加わった内竹がズレてしまうことも。
そういう実用的な意味合いもあるし、『烏兎の梯』の意味合いもある。
上の関板が烏のくちばしを、下の関板がうさぎの鼻の形を表しているとされる。
烏とはカラス。黒、陰。
陰には陽を添え和と成すから、上弭に掛ける弦の輪っかは赤い。
日の輪とも呼ばれる。
兎は白で陽を表すので、陰の白い輪──月の輪だ。
ただ、色の観点を除けば弓術書をはじめ、古くから陰陽道の観点でいうと烏は太陽を表し陽性。
左拳を意味し、兎は月で陰性を指し右拳を意味する。
いずれにしても日月和合の考えで、調和が取れている状態が人の心も弓にとっても望ましいということだ。
弓作りの流派によって多少違いはあるが、やはりあくまで俺の作る弓は儀礼的な意味合いを持つ弓。
同じ『弓』の名を持つのに、なんだか別の物を見ているような気がしてとても興味深い。
俺は一つ一つの作業を、食い入るように見つめた。
『まるで魔法を使う時みてぇだ』
「魔法?」
『集中するだろ』
「そういうことか」
なるほど。
魔法を使う時の集中力というのは、俺たちにとって物づくりをしている時と同じなのか。
「そんなに興味があるのかい?」
「ええ。とても興味深いです。……この村では皆さん、弓をお持ちなのですか?」
「少なくとも家に一本以上はな。精霊様のお力を借りられる状況なのか。あるいは精霊様のいない土地に行く場合なんかで、持っていく弓自体を変える。今はこんな状況だし、精霊魔法を使わない前提の弓を作っているよ」
「なるほど……」
……ん? 精霊のいない土地?
「精霊のいない土地に、行くことがあるんですか?」
「? なんだい、本当にずいぶん遠くから来たんだね。おれたちが出向かなくても、他種族で『ギルド』っていう制度が整ってきた最近じゃ、他の文化が向こうから歩いてくる。彼らに提供することもあるし、彼らに助力を乞われて共に行くエルフもいるさ。……あるいは、エルフ自身が外の世界に惹かれたりな」
「へぇ……」
『どーりで昔よりエルフを人の街で見かけることが増えたか』
長命なエルフにとっての最近は、おそらく俺の思う最近とは違うと思うが……。
そうか。エルフたちが外に出なくても、向こうからやってくるってこともあるのか。
意外と村に物が充実しているのは、森の外とのやり取りがあるからだろう。
「昔はそれで保守的な長老らとモメる者も多かったが……他種族の時の流れは恐ろしく早いからね。まあ、色々あったが最近じゃ、外といい距離感ってやつを保ててるんじゃないかね」
「そうなんですね」
なんだか、どの世界でも時代の移り変わりというのは両方の性質を持つようだ。
「そうだ。もし君が森の精霊様から力を借りることができれば、その聖樹の枝から弓を造り出せるかもしれないね」
「え?」
出掛ける際に念のため腰に差しておいた聖樹の枝。
それを指差す職人エルフ。
「い、いや……神聖なものだし。それに、足りないし……」
そう。弓にするには長さが足りない。
俺の作る弓どころか、エルフたちの使う弓にすら足りない。
それに──
「木々や植物を司る精霊様なら、お手の物さ」
「あ、はは……」
にっこりとそう言われ、森の精霊の力とやらが上手く想像できない俺は笑う他なかった。




