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十話 弓師の標

 異世界にて、はじめての夜。


 あの後村をざっくりと見せてもらい、セローとその主の俺が休める家をエルフたちに提供してもらった。

 宿屋というよりは、外部からやってくる客人用の住居のようだ。

 日本でいうウィークリーマンションや寮みたいなものか。


 木造の家は落ち着く。

 同時に弓道場のような、どこか身の引き締まる気持ちもある。


「……」


 ベッドで仰向けになって、ぼんやりと考える。


 異世界に来ていろいろあったな。


 俺、帰れるのかな?


 そもそも帰りたいのかな?


 俺、どうしたいんだろう?


 だって、願ったよな?



 ──このまま、どこか遠くへ行けたらな



「……いやいや」


 でもまさか、異世界に行くことになるとは普通思わないが。


『コーヤ?』


 家の探検をしていたセローが戻ってくる。

 美形な風の上位精霊、セロムエラス。


 そういえばこの人は、どうして急に俺と契約だなんて言い出したんだろう。


「……なんで、セローは俺と契約してくれたんだ?」


 自分でも驚くほどスッと口から出てきた言葉。

 まるで、なにかを確かめたいかのようだ。


『……心地のいい音は、それだけで風の者にとって価値がある』

「そういうものか?」


 だいたい、なんであんな遠くに弦音が聞こえたんだ。


『標のようなものだ』

「しるべ?」

『人間にはわからんだろ。終わりなき時を風と共に生きるオレたちと、オマエの感覚はちがう。自由とは、有限の中でこそ光となるが、それが当たり前のオレたちにとっては標こそ光だ』

「……」


 セローの言わんとすることは何となく分かる。

 俺たちのような命に限りある種族は、その短い時間の中でなるべく思うままに生きたいと願う。


 でも、セローのような存在にとって自由とは当たり前のこと。

 俺たちと前提条件が違う。

 彼らにとっては、自分以外の意志に従うことも楽しみの一つなのかもしれない。


 つまり俺の不思議な弦音に興味を持った。

 だから俺としばらく行動してみようと。


 意外と単純な理由だが、それは風の者にとって恐ろしいほどの可能性に満ちた道筋の中で、光を放つたった一本の道となった。


「なんか、……ありがとう」

『? 変なヤツ』


 なんだか無性に嬉しい。

 誰かに自分を選んでもらったということが。

 弓師として致命的な欠陥を抱え、それでもなお選ばれたいと願った。

 俺の作った弓が誰かの、精神修養としての光となるようにと。


 でも叶わなかった。


 だからだろうか。


 偶然ながらも誰かに自分を見つけてもらえた。

 それが、無性に嬉しい。


『礼を言うヒマがあんなら、エルフたちの力にでもなるんだな』

「それもそうだな」


 ミラウッドさんもだ。

 よく分からない人間に、自分の半身ともいえる弓を預けてくれた。


 異世界という勝手の分からない不安も大きい場所だけど……。

 その誠意に応えたい。


 先ほどまでぐるぐるとめぐっていた考えが嘘のように、俺はすぅっと眠りに落ちた。




 ◇◆◇




「──……」


 驚くほどすっきりと目が覚めた。

 今が何時かは分からない。

 寝る前のスマホの時間を少しでも減らしたら、毎回こんな目覚めになるんだろうか。


「……そうだ」


 ここは異世界だ。

 スマホなんてもちろん無い。

 諸々入ったカバンは転移した時にどこかへいった。


 車や街の音は聞こえない。

 代わりに鳥や虫、木の葉のさざめきやエルフたちの声がかすかに聞こえる。


『起きたか』

「! セロー。おはよう」


 俺が眠りにつく前、身体を丸めて枕元で眠っていたはずのセロー。

 一足先に起きたのか、ベッド脇をスーっと漂っていた。


「えっと、時間って……」

『人の基準で言えば八時くらいか』


 セローは窓から見える陽の光を確認して教えてくれる。


「ちょっと寝すぎたか」


 休日ならともかく、昨日ミラウッドさんの力になりたいと改めて思ったばかり。

 どのみち元の世界に戻れる可能性があるとすれば、聖樹に関することだ。

 エルフたちへの協力は、自分のためにもなるはず。

 初出勤で遅刻はマズい。


 俺は慌てて衣服やベッドシーツなんかを整えた。


「! どうぞ」


 外へ繋がる扉から、誰かの来訪を告げる音が聞こえた。

 さすがにエルフの里で俺以外に怪しい人物はいないだろうと、すんなりと入室を促した。


「──コーヤ」

「おはようございます、ミラウッドさん」


 睡眠をとって、落ち着いた思考の元に彼の整った顔立ちを見ても、やっぱり美し過ぎてどこか気が引ける。

 なるべく目線を鼻筋あたりに寄せて、直視し過ぎないようにした。


「……」

「?」

「その」

「はい?」

「セロー様の主となったのだ。『さん』というのは、止めてもらえると助かる」


 たしかに真面目なミラウッドさんからすれば、そう思うのも無理ないか。

 なにせエルフたちにとって精霊というのは、俺が考える以上に尊い存在なんだもんな。


「えーっと、じゃぁ……ミラウッド?」

「ああ」

「よ、よろしく」

「よろしく、コーヤ。それと、もっと気楽に話してくれ」

「わかりま……わかった」


 へ、変な感じだ……。

 でも、昨日の俺は『怪しい外部の人間』って感じだったが、今は『招かれた外部の人間』って感じがする。

 ちょっとの変化だけど、どこか嬉しくなった。


「それにしても、いいタイミングでお見えですね」

『オレが風で呼んでおいたぞ』

「おお……すごいな」


 シゴデキというやつか。


「今朝、長老方の総意をうかがってきた。やはりコーヤとセロー様に、異変の調査に力を貸していただけないかと」

「もとより、そのつもりです」

『しかたねぇなぁ』

「ありがたい。方法は私に一任していただけるとのことなのだが……。おそれながらセロー様、なにかいい案はありませんか?」

『いい案、ねぇ』


 うーん、と短い手を組むセロー。


『そもそも、いきなり聖樹のヤツじゃなく根気強くその辺の精霊に呼びかければどうだ?』

「実は、既に行っておりまして……」

『ほー。なら、今度はそれをコーヤにやってもらうしかねぇか』

「お、おう」


 その辺の精霊って……どんな精霊なんだ。


「では、手配して参ります。一緒に朝食もお持ちします」

『おー』

「コーヤは、よければ村を見て回っていてくれ」

「! 勝手に見て回っても?」

「もちろんだ」

「ありがとう」


 他種族よりも精霊魔法に長けたエルフは、セローが意図的に自分の力を隠さない限り、その存在を感じることができるようだ。

 準備ができたら迎えに来てくれるらしい。

 さっそくミラウッドは準備に向かった。


『まだ見てないとこなー。なにがあるか』

「一か所、行きたいところがあるんだ」

『?』


 昨日、ほんの一瞬だけ案内してもらった場所。

 作業場がいくつか集まっているところで、その内の一つに弓師の工房があった。

 遠目でしか見ることが出来なかったが……やはり興味がある。


『場所は覚えてんのか?』

「ああ」

『んじゃそこで』


 俺は目的地への道筋を思い起こしながら、現場に向かった。


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