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短編

異世界転生させる側の神ですけれど、欲しい能力はございますか?

作者: 雨野 雫


 私は神様です。

 そして、ここは天界です。


 天界には、いろいろな神様がいます。

 恵みの雨をもたらす神、知恵を授ける神、悪人を罰する神――役割もいろいろです。


 その中で私は、不運な死を遂げた人間に特別な能力を授け、転生させることを仕事としています。


 そして今日も、たくさんの人間さんたちが天界へとやって来ていました。

 私の前には、転生を望む人間さんたちの長い列ができています。


 私はいつものように、皆さんの希望を聞き、望み通りの力を与え、そして望んだ場所へと転生させていきます。


「チート能力をくれ! 魔法の世界に行って、無双したいんだ!」

「聖女になってイケメン王子に溺愛されたい!」

「もう人間は良いかな。お金持ちの家の猫になりたい」


 人間さんには、いろんな願望があります。それを可能な限り叶えてあげるのが、私の仕事です。

 転生先で幸せそうに生きている人間さんを見ることが、私のやりがいです。


「次の方、どうぞ」


 そう言って次に現れた人間さんは、長身で体格が良く、とてもお顔立ちの整った男性でした。


 あれ、この方は知っています。だって、もうお会いするのが七回目なんですもの。

 

 基本的に私の元に来る人間さんには、一回限りしかお会いすることがないのですが、この方は余程不運な星の生まれなのか、何度転生してもその度に不運な死を遂げているのです。


「また君に会いに来た」


 美しい瞳を私に向けながら、彼はそう言いました。「会いに来た」というのは、どういうことでしょう? 彼の発言の意図がよくわからず、私は目をパチクリしてしまいました。


「ええと、人間さんが意図的に私に会いに来るのは、かなり難しいと思うのですが……」

「ああ、そうだな」


 そう言うと、彼はなぜか楽しそうに笑っているのです。よくわからないので、私は自分の仕事を進めることにしました。


「今回はどのような能力をお望みですか? もう七度目なので、そろそろ欲しいものもありませんか?」


 この方には、もう六回も能力を与えてきました。


 一度目は知恵の泉を、二度目は強靭な肉体を、三度目は誰にも負けない戦闘能力を、四度目は国を率いる才能を、五度目は天候を操る力を、そして六度目は世界を統べる力を。

 

 生まれ変わっても能力はその方に蓄積されていくので、人間さんの中でこの方に敵う人はもういないのではないでしょうか。


「君が欲しい」


 眼の前の彼に唐突にそう言われ、私はいよいよ意味がわからなくなりました。


「え?」

「君が、欲しい」


 私が聞き取れなかったと思ったのか、彼はもう一度同じ言葉を言いました。

 あなたの言葉は聞こえています。その意味がわからないのです。


「あの、私の能力が欲しい、ということでしょうか? 申し訳ないのですが、流石にそれは難しく……」

「俺と結婚して欲しい。アステリア」


 けっこん………? 彼とのやり取りが終始意味不明すぎて、私の頭は停止寸前です。

 最初にお会いした時に彼に名乗ったことはありましたが、よく私の名前を覚えていたなあ、と感心するくらいには、思考が逸れてしまっていました。


「俺は今回の人生を経て、ようやく神になった。神同士であれば、婚姻も結べるはずだ」

「はえ!?」


 私は驚きのあまり、とても変な声を出してしまいました。だって、神になった、だなんて。


「最初に会った時に君が教えてくれたんだ。人を助け、善行をし、徳を積んだ人生を七度繰り返せば、神になれると」


 確かに一度目に彼に会った時、神になる方法を聞かれてそう教えましたが、そんなことを実践出来る人間さんはまずいません。この方は一体何者なのでしょうか。


「初めて会った時から、君に惚れていた。どうか俺の妻になって欲しい」


 彼はとうとう跪いて私の手を取り、真摯な瞳で私を見つめるのです。誰かから求婚されるなんて初めてのことで、私はどうすれば良いかわかりませんでした。顔がとっても熱い気がします。


「ええと、まずはお友達からということで、いかがでしょうか……?」




〜〜 男視点 〜〜



 一度目の人生は、本当に悲惨なものだった。


 貧しい家に生まれた俺は、子供の頃から働きに出ていた。しかし、働けど働けど生活は良くならず、むしろ悪化の一途を辿っていた。それでも幼い妹と弟に食わせるために、懸命に働いた。

 

 俺が十七歳になった頃、流行病で両親と弟が死に、妹と二人だけになった。


 両親が生きていた頃からその日暮らしが続いていたが、とうとう食事にありつけない日も出てくるようになった。

 俺は妹のために死に物狂いで働いた。


 悲劇が訪れたのは十八歳の時だった。


 働くためだけに生まれてきたような俺でも、友と呼べる人間がたった一人だけいた。

 ある日その友人に、儲かる仕事があるから紹介してやると言われ、とある貴族の家に住み込みで働くことになった。


 友人に騙されたと気づいたのは、働き始めてすぐのことだった。屋敷の主人に殺されかけたのだ。主人は所謂サディストで、何人もの使用人を痛めつけ殺したことがある人物だった。俺は、友と思っていた奴に売られたのだ。


 命からがら家に逃げ帰ると、そこには見知らぬ男たちと、変わり果てた妹の姿があった。


 男たちに犯されたのか、妹の服はズタズタに破れ、首には絞められたような跡があった。すでに息絶えた後だった。


 男たちの中に友と思っていた人物を見つけると、俺は荒れ狂ったように襲いかかった。しかし、その男に心臓をナイフで刺され、あっけなく死んだ。




 次に目が覚めたとき、そこは雲の上だった。

 あたり一面に雲の絨毯が敷き詰められていて、見上げれば真っ青な空が広がっている。とても美しい光景だった。すぐに天国なのだと悟った。


 すると、よくわからないまま長い列に並ばされた。列が捌けるまでしばらく待ったあと、とうとう自分の番が来た。


 そこには一人の少女がいた。とても美しい少女だった。長い白銀の髪はサラサラとなびいていて、大きな金色の瞳は誰よりも慈愛に満ち溢れていた。きっと女神なんだと思った。


 傷一つなく美しく、汚れを知らない彼女を見て、俺の中の何かが弾けた。


 気づくと俺は、少女の肩を乱暴に掴み、これまでの全ての不満をぶちまけていた。彼女に向かって己の悲運を嘆き、自分の人生を洗いざらい全て話した。


 これで死んだ家族が救われるわけではないということはわかっていた。しかし、そうでもしないと自分の中の何かが壊れてしまいそうだった。


 全てを吐き出した俺は、酷く息が上がっていた。

 しばらく肩で息をし呼吸を整えると、ようやく冷静になってきた。冴えてきた頭で眼の前の少女を見遣ると、俺は驚きのあまり目を見開いた。


 彼女の大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れていたのだ。


 俺のために涙を流してくれたのは、君だけだった。君だけが、俺のために泣いてくれた。


「それは……お辛かったですね……」


 そう言いながら、彼女はまだ涙を流し続けている。鈴の音のような、とても可愛らしい声だった。

 少女を泣かせてしまったことに今更焦りを感じ、どうしようかとオロオロしていると、ふとこの少女が一体何者なのかまだ聞いていないことに気がついた。


「君、名前は?」

「? アステリアと申します」


 彼女は名前を聞かれたことに不思議そうな顔をしながらも、涙を拭きながら答えてくれた。

 アステリア――。とても美しい名前だと思った。


「君は一体何者なんだ?」

「私は神様です。不運な死を遂げた人間さんに、特別な能力を授け、転生させることが私の仕事です」


 やはりこの子は女神だった。俺にとっての、たった一人の女神――。今ここで彼女と出会えただけで、前世の悲運が全て報われた気がした。


「何かお望みの能力はありますか? 行きたい世界などあれば、教えて下さい。可能な限り叶えさせていただきます」


 望む力。行きたい場所。それはもう、君に会った瞬間から決まっていた。多分、一目惚れだった。


「神になるにはどうしたらいい?」


 そう聞く俺に、彼女はきょとんとした表情を浮かべていた。そんな彼女も、非常に愛らしく感じた。彼女のもっといろんな表情を見てみたかった。


「人を助け、善行をし、徳を積んだ人生を七度繰り返せば、人間さんでも神になれる、と聞いたことがあります」


 神になる方法なんていう突飛な質問でも、彼女は馬鹿にすることなく丁寧に教えてくれた。


 そして俺は決心する。神になって、君の隣に立つと。


 俺は彼女の大きな瞳をじっと見つめながら、自分の決意を口にした。


「アステリア。俺は何度生まれ変わっても、不運な死を遂げて君に会いに来る」


 俺の言葉の意味がわからないというように、彼女は不思議そうに首を傾げていた。

 そして、困ったように苦笑しながら言葉を発した。


「私は、転生先で幸せそうに生きているあなたを見られる方が、余程嬉しいのですよ」

「わかった。幸せに暮らす。約束する」


 生まれ変わったら、幸せに暮らし、徳を積み、不運な死を遂げる。それをあと六回繰り返す。

 そして、神となり、アステリアに求婚する。


 自分の指針が決まった俺は、彼女に欲しい能力を伝え、一回目の転生を遂げた。



 知恵の泉を手に入れた俺は、二度目の人生では薬師となって多くの患者の命を救った。しかし、疫病が蔓延する地域で救命活動を行ううち、自分も疫病にかかってあっけなく死んだ。

 

 強靭な肉体を手に入れた俺は、三度目の人生では聖職者として世界中を渡り歩き、貧しい人々を救った。しかし、旅の途中で野盗に襲われてまたあっけなく死んだ。


 誰にも負けない戦闘能力を手に入れた俺は、四度目の人生では騎士となり多くのか弱き者を守った。しかし、腐敗した王家の政権争いに巻き込まれ、無実の罪で処刑された。

 

 国を率いる才能を手に入れた俺は、五度目の人生では国を治め民を正しき道に導いた。しかし、類を見ない干ばつにより、民は死に国は滅んだ。


 天候を操る力を手に入れた俺は、六度目の人生では天候を操り多くの者に実りを与えた。しかし、大陸全土を巻き込む世界大戦が勃発し、命を落とした。


 世界を統べる力を手に入れた俺は、七度目の人生では世界を統一し、国同士の戦争を無くした。そして天寿を全うした。


 こうして七度の人生を繰り返した俺は神となり、今アステリアの前にいる。


 彼女に会うために、すべての人生でわざと不運な死を遂げられるよう仕向けたのは、神になるに当たっては特に問題にならなかった。

 そして俺は七度の人生で、一度も妻を娶らなかった。俺の愛は、いついかなる時でも彼女に向けられていたからだ。




〜〜 そして現在 〜〜


「ええと、まずはお友達からということで、いかがでしょうか……?」


 突然の求婚に困り果てた私は、まずは彼とお友達になるところから始めようと思いました。

 だって彼のこと、何も知らないんですもの。


 神になった彼は、アルミティという名前を授かりました。

 アルミティは毎日毎日、私に愛の言葉をささやきに来ます。


「ああ、俺だけの女神。なんて美しいんだ」

「愛している、アステリア」

「君以外に望むものはもう何もない」


 そんな言葉をかけられるたび、私の心臓はうるさく高鳴り、顔は真っ赤に染まるのです。


 彼はあまりにも私のところにいる時間が長いので、神としてのお仕事は大丈夫なのかと心配しました。しかし彼はどの神よりも有能のようで、すぐにその日の仕事を終わらせてしまうようでした。


 そりゃそうです。私が六回も能力を授けたのですから。


 他の神々もアルミティの存在には驚いていました。人間が神になるなど、そうそう無いことですから。

 しかし、彼はひとを引き付ける魅力を持っていたので、他の神々ともすぐに打ち解けたようでした。


 ある日、神の友達から、彼は有能で人柄も良いし、そんなに愛されているなら試しに付き合ってみてはどうかと言われました。


 いきなりお付き合いすることは、色恋と無縁だった私にとって、とてもハードルが高いことでした。しかし、確かにお話してみないことにはお友達にもなれないので、お仕事がない時間はなるべく彼と一緒に過ごしてみることにしました。


 そして、少しずつ彼のことがわかってきたのです。


「俺は、君の側にいるために神になった」


 彼は、自分の今までの人生について教えてくれました。

 最初に会った時に私に一目惚れをし、私に求婚するために全ての人生で善行をし、不運な死を遂げ、神になったのだと。


「そんなことのために、六度も非業の死を遂げたのですか……?」


 自分のせいで彼に六度も辛い思いをさせてしまったことを知り、私は心を痛めました。

 人間にとって、それは途方もない時間と苦労を伴うことだったでしょう。そして、神になるなんて偉業を成し遂げるには、並外れた努力と強い精神力が必要だったことでしょう。


 一体どんな覚悟を持って、彼は生きてきたのでしょうか。


 私が物憂げな表情を浮かべていると、彼は真剣な顔でこう言うのです。


「俺にとっては、そんなことのためではない。一度目の人生で絶望した俺にとって、アステリアはまさに女神のような存在だった。俺の心を救ってくれたのは、君だけだったんだ」


 そんな大層なことを、私はできていたのでしょうか。

 でも、知らず知らずのうちに誰かの心を救えていたというのは、神としてとても喜ばしいことでした。


 そして、七度の人生を経てもなお私のことを愛してくれている彼の一途さを知りました。

 すぐにこのひとの気持ちに答えられないことが、何よりも申し訳なく思いました。


「少しずつでいい。俺のことを知っていってくれれば。そして願わくば――」


 彼はそこで言葉を止め、私の手の甲に口づけを落としました。

 そんなことをされたことのない私は、それはもう顔が真っ赤になっていたことでしょう。


「俺のことを、好きになってもらえると嬉しい」


 彼はとても熱い眼差しを私に向けて、そんな甘い言葉を口にするのです。


「そのためなら、俺はなんだってしよう。七度の人生を君に捧げ、神になったように」


 彼の熱を帯びた瞳に射られた私は、心臓がうるさくて、顔が熱くて、思わず手で頬を覆いました。

 そんな私を見て、彼は愛おしそうに笑うのです。


「愛している。アステリア」



 ――どうやら、この方の溺愛から逃れることは難しいようです。



最後まで読んでいただきありがとうございました!

楽しんでいただけたなら幸いです。

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[良い点] やっぱり神が人間と付き合うものって言って初めはこのすば見たいなバカする物語かなと思いましたが最後まで見たら人間が神になりこの人に告白するという短編小説にしては完成度が高いなと思いました面白…
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