【短編】続・儚げ美丈夫のモノ。
こちら「https://ncode.syosetu.com/n8241iv/」の続編。
↑先に読んだ方がわかりやすいです。
私を膝に乗せる、白銀の髪の儚げな美貌の少年が、ライトブルーの瞳で慈しむように微笑んで頭を撫でてくる。
「僕のベルナ」
「ルシェお兄様」
正直、見目麗しい少年に私は懐いていた。可愛がられて悪い気はしないし、魔法を教えてくれる時間は楽しいものだった。
「ルシェお兄様は、どうして私だけに魔法を教えてくれるの?」
「ベルナが僕のモノだからだよ」
「???」
最初から彼がどうして可愛がってくれるのか、理解が出来なかった。
『僕のモノ』発言も、心底わからず、頭の上ではてなマークを三つ並べた。
彼がご褒美だと言って街へ遊びに連れて行ってくれた際、ゴロツキに囲まれて恐怖した。
転生してから令嬢として大事に育てられた私には、あまりにも恐怖体験だった。
「……僕のベルナを泣かせたね? 五体満足で帰れると思うなよ?」
その後の彼の方が怖かった。囲っていたゴロツキが血まみれで倒れることになったのだから。
ガタガタブルブル震えてその場から動けない私に向かって。
「もう怖くないよ! 僕のベルナ!」
返り血を頬につけて笑顔で言い退けた彼が、初めて『コイツはヤバい奴だ』と気付いた。
お前が怖いよ。サイコパスか。
事件は、彼の正当防衛がギリギリ認められた。
なんせ彼は宮廷魔術師だ。
初めての恐怖体験で、守るべき私もいたこともあって、加減が出来なかった。
ということになったらしい。
その後も週一で彼の元で魔法の勉強をすることを続けていたのだが、伯爵である父が恐る恐ると尋ねてきた。
「ルシェント公子様から、お前との婚約の話は出てないのか?」
と。一瞬宇宙に放り込まれた気分に陥った。
こんやく……?
初めて『僕のモノ』発言をする彼と婚約の可能性があることに気付かされたのだった。
ゴロツキの一件で、私と彼がデートをしていたと解釈されて、社交界ではその話で持ち切りになってしまっているのだという。
これがなくとも、週一で交流、もとい授業をしているが、それは私だけが特別。
そろそろ婚約の話が整っても不思議じゃないと、父達は待っていたらしい。
周囲の追究も増えたところだし、その答えを明確にしてほしいと言われてしまった。
要約、お前の方から訊いておいてくれ。
気弱な父は、いたいけな娘に丸投げしやがってくれた。
嫌々ながら、次の週に彼に尋ねてみた。
直球で。
「ルシェお兄様は、私と婚約する気でいるのですか?」
と、尋ねた。
目を丸めた彼は、にこりと柔らかく微笑んだ。
「ベルナは、僕と婚約したい?」
「いえ、全然」
「………………………………」
彼と婚約となると、公爵夫人になるということではないか。私には荷が重い。
ただでさえ人気を誇る美貌ではあるが、中身サイコパスじゃないか。マイナス面が多すぎる。
選べる立場なら選ばない。
そうハッキリ言ってしまったら、やけに怖い沈黙が作られた。
微笑んだまま動かない彼が怖い。
やがて「……そう」とだけ頷いた彼は、私の頭を撫でた。
なんだろう。怖いドキドキがした。
その後、ありのままを父に報告したが、何故か「納得いかない! 娘をここまで束縛しておいて責任を取らないつもりか! 物申してくる!!」と憤怒して公爵家に行く先触れを送り出した。
私のために怒ってくれるなら、最初からそうしてほしかったと思った。
しかし、物申しに公爵家に行った父は、燃え尽きた様子で「……婚約の話は、保留だ……」と言った。
役に立たない父である。
こうして、私と彼の婚約の話は保留となったのだ。
婚約者でもないのに毎週会っている私に、彼狙いの令嬢達は容赦なかった。
パーティーの隅っこで、私はリンチに遭ってしまった。
こんなこと、ゴロツキに囲まれるよりは怖くはない。なんだったら自己防衛で魔法で対処もやれば出来た。
ので、何様だと詰め寄られても、強気で「知りませんわ」と返したし、彼に付きまとうなと言われても「直接ルシェお兄様に言ってくださらない? 本人には話しかけられないのかしら」と、しれっと言い返してやった。
キレた令嬢の一人に突き飛ばされたら、床に膝を打って痛かったが、水魔法で水をお見舞いして仕返しをキッチリしてやれた。
その騒ぎで大人達が駆け付けつけて、それで終わりだと思ったのだが、続きがある。
数日の間に、私を囲っていた令嬢達の実家が取り潰しとなってしまったのだ。どんな手を使ったのか、彼が各家の悪事を暴いて追い詰めたという。
何故か私はその件で事情聴取を受けることになり、非公式で謁見した国王陛下と王太子殿下に「もしも害を加えられそうになったら、ルシェント公子がどう動くか、相手にキッチリ教えてやってくれないか。被害は少ない方がいい」と頼まれてしまった。
まだ見ぬ加害者の心配をしてしまうほど、彼が怒らせたら危険人物認定を受けたのだ。
起爆剤は、私。
カタカタブルブル。どうしてそうなった。どうしてそうなるの。
いや、わかるんだ。貴族の悪事を数日で暴くような宮廷魔術師なんて、普通はいない。重宝する逸材であり、敵に回せない存在が、彼なのである。
それから、私に害を与える人は現れなかった。
しいて言えば、やっかみの陰口ぐらいなもので、被害はないも同然。
しかし、乙女ゲームのヒロインを名乗る人が現れた。知らなかったが、ここは乙女ゲームの世界で、彼も乙女ゲームの攻略対象キャラなのだ。
納得いく外見だが、やっぱり理解不明である。
どうして、私に執着するのか。
そして、執着するくせに未だ婚約を保留する意味がわからない。
「ルシェお兄様……」
正直、彼を兄のような人だと慕っている。好きなのだ。
私をとことん甘やかしてくれて、目一杯可愛がってくれる、特別な素敵な人なのだから――――。
むぎゅっと抱き締めると「はぁー」とため息が上の方で聞こえた気がして、眠りに落ちていた意識が浮上する。
「あ、ごめん。起こしちゃった? ベルナがあまりにも可愛すぎて、ため息が零れちゃった」
「!!」
私は儚げ美貌の美丈夫のルシェント様に凭れながら腕を抱き締めている姿勢になっていた。
バッと、バンザイして離れる。
「ど、どうして、こうなって……!?」
「ん? ベルナが寝惚けながら甘えてきただけだよ」
「っ……! 起こしてください!」
真っ赤になってしまうが、サロンも夕陽に染まり切っているので、バレていないと願いたい。
「って、すっかり夕方!? どれくらい私寝てたんですか!?」
「んー? 一時間近くくらいかな」
「起こしてくださいよ!」
「だって可愛い寝顔と寝相だったんだもん」
ヘラリと笑う儚げ美貌の美丈夫。オレンジ色に夕陽に染まっていて、綺麗すぎる。
寝すぎた。私は顔を覆って呻いたあと、ハンカチで目元を拭っておく。
「終わったのなら起こしてくれれば……。どう対処したのですか?」
ゴホンと咳払いをして話を変える。
乙女ゲームのヒロイン(笑)と攻略された一行は、私を階段上から突き落とした現行犯逮捕で、生徒指導室へ直行した。
処遇を決めるのは、何故かルシェント様に委ねられたが、その後どうなったのやら。
「ああ、ちゃんと思い知らせて謹慎処分を言い渡したよ」
「そう……ですか」
思い知らせたってなんだろう。それは聞かないでおこう。
「帰ろうか」
立ち上がったルシェント様は、手を差し出した。
「え? 一緒に帰るんですか……?」
「うん、君の馬車に乗せて。一緒に帰ろう」
一緒に帰る……しかも、私の馬車で……。
どうせ拒否権はないのだろうから、仕方なくルシェント様の手に、自分の手を重ねて立ち上がった。
すっかり陽が傾く空の下、学園をあとにして馬車に乗り込んだ。
ルシェント様は転移魔法で学園に来たらしく、馬車はなかったので私の家まで乗っていったあと、そこから転移魔法で自宅に帰るという。
「真っ直ぐ帰らないのですか?」
「まだ僕のベルナといたい」
笑顔で帰れと込めて言ったのだが、キラキラの微笑で言い退けるルシェント様。
なんでだよ。そう思いながら、並んで馬車に揺れるのであった。
「学園側も、ベルナの悪評に関して対処してくれると言ってくれたし、もう大丈夫だよ」
「はあ……お手数をおかけしました、ありがとうございます」
「いいんだよ。僕のベルナのことだからね」
ヒロイン(笑)が言いふらしていたであろう悪評も、手を打ってもらってしまった。
別によかったんだけどね。陰口なんて今に始まったことではないし。
ルシェント様は相も変わらず、所有物発言である。
「もう暗くなってしまったね」
「ルシェント様が起こさないから」
「ベルナが気持ちよく眠っていたのが悪いよ?」
「ゔっ……だってポカポカしてたんですもん」
馬車の窓の外から見える空は、すっかりオレンジ色を失くして薄暗くなっていた。
「ベルナ。“ルシェお兄様”とは呼ばないのかい?」
「え?」
「さっき寝言で呼んでいたよ?」
「なっ……!」
寝言で呼んでいただと……!?
頬杖をついて、ニヤリと不敵に笑ったルシェント様。
グッと動揺していた時、馬車が急停止した。
「出てきなさい! ベルナ・ミーティ!!」
そして外から聞こえてくるヒロイン(笑)の声。
遠い目をしてしまう。せっかく謹慎処分で済んだのに、まだ火の中に飛び込むのか。ルシェント様に思い知らされたんじゃないのか。
ルシェント様、ちょっと加減したの? あのルシェント様が?
私が怪我したのに? やっぱり相手がヒロイン(笑)だから……?
チラリとルシェント様を見やれば、危うく悲鳴が口から出るところだった。
ストンと顔から表情が抜け落ちているルシェント様のゾッとする美貌があった。怖い。
「出て来い! ベルナ・ミーティ!! ひいっ!?」
無理矢理馬車の扉が開かれたが、開いた近衛騎士団長の息子は、まさかルシェント様も乗っているとは思わなかったのか、無様にひっくり返った。
同じくルシェント様の姿を確認した宰相の息子も侯爵令息も、そしてヒロイン(笑)も、ギョッと青褪める。
しかし、その一行は何故か揃って右手に包帯を巻いていた。
「どうしたのですか? その手の包帯」
「「「なっ!?」」」
「ななっ……! アンタが言うの!?」
「?」
思わず襲撃を置いといて尋ねてしまうと、絶句されてしまう。
私の右手を凝視されたけれど、意味がわからず首を傾げてしまう。
「はぁ……」
重たいため息を吐いたルシェント様は、馬車から降りた。
ひっくり返った騎士団長の息子も、ヒロイン(笑)一行も、後退りする。
「それで? 馬車を止めてまで、僕のベルナをどうしようとしたのかな?」
極寒の雰囲気を放つルシェント様のご機嫌は、すこぶる悪くなっていた。
猛吹雪の雰囲気に当てられた一行が、真っ青になってガタガタガタガタと震えている。
「正直に話すといいよ。もう君達の廃嫡処分は確定だから」
「「「ッ!!」」」
廃嫡処分発言に、貴族の公子である三人の顔は真っ白に悪くなった。
まぁ、同情の余地はないだろう。私の馬車を止めてまで何かしようとしたのは明白だ。
未遂だとしても明確な悪意があったのは、ルシェント様も感じ取っている。これで言い逃れなんて無理難題だ。
「違う! 違う!! なんでこうなるのよ!! この世界はあたしの世界なのに! どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの!? アンタのせいよ!! このバグ女!!」
追い詰められてタガが外れたのか、ヒロイン(笑)ことローリーが、ピンク頭を振り回して喚いた。
「知らないフリして! 本当は乙女ゲームを知ってるんでしょ!? アンタもルシェント様を攻略したんでしょ!? ふざけんじゃないわよ! このモブ未満の転生者が!!」
「君。一体何を言っているの?」
呆れた眼差しを注ぐルシェント様だったが、こちらを確認する目を向けてきたから、私は思わず目を背けてしまった。
「……ベルナ?」
目を見開くルシェント様。
しまった……。動揺を見せてしまった。
これではローリーの発言を肯定しているようなものだ。
「アハハ!! そうよ! この世界はアンタ達イケメンを攻略するゲームの舞台なのよ!! あたしもそのモブ以下の女も、攻略者なのよ!! 恋して当然なのよ! だって、攻略対象のアンタ達が、そういう運命だって知っているのだから!!!」
狂ったように笑うローリーは、とんでもない暴露をしてくれた。
「……ベルナ……?」
「……」
違う。私は知らなかった。ルシェント様達を攻略する乙女ゲームなんて知らない。
否定する言葉が出ず、口を噤んで俯く私に、ルシェント様の視線は突き刺さる。
「ロ、ローリー? 一体何を言っているんだ?」
「うるさい役立たず!」
理解が追い付かないのか、呆然と立ち尽くす一行に、ローリーは金切り声を張り上げた。
やがて。
ルシェント様は口を開いた。
「わかったよ、ベルナ。この女を消すね」
「え?」
え? マジで、え? なんでそうなるの発言が聞こえた気がするんだけど?
「この世界の中心みたいな存在のせいで、ベルナが僕の愛を素直に受け取ってくれないんだね。消そう」
と、殺気立った。殺気立っている。
いやそうじゃない。そうだけれどそうじゃない。
確かにルシェント様がワンチャン、ヒロインに心変わりするかもしれない可能性も捨てきれていなかった。
だからといって、消しておく発言はヤバい。やっぱりサイコパス。マズい。
物理的にここでヒロイン(笑)並び、重鎮の息子達が消される!!
私は慌てて馬車から降りて飛びかかるようにルシェント様に抱き着く。
「私はっ、ルシェ、様が好きですっ!」
人命救助の勢いで告白した私は、茹でられたように顔が熱かった。
これでもかとライトブルーの瞳が見開かれる。途端に、頬が両手で挟まれるように包まれた。
「やっとっ……やっと僕を受け入れたね! ベルナが僕のモノになった!」
恍惚と笑みを深めるルシェント様の目には、狂気が見えた。
そのライトブルーの瞳は瞳孔が開いているし、色白の頬は紅潮している。薄暗い夜空も相まって、あまりにも重たい狂愛を感じた。圧し潰されそうだ。
本来なら開放的に感じる夜空は、彼の狂愛そのものに思えて、息苦しい。
「待ちくたびれたよ……」
その吐息を零したかと思えば、ちゅっと唇を重ねてきた。思考回路、停止。
「でもこれでベルナはもう僕の恋人で婚約者だ。すぐに婚約を整えよう。ああ、次は結婚式が待ち遠しいね」と言い募って来たかとも思えば、またちゅっと唇を重ねてきた。ちゅっ、ちゅっと啄んできたかと思えば、ぐっと深く口付けて、舌をねじ込んできた。
「ん!? んんーっ!!」
「ん、じゅるっ……ベルナのちっちゃいベロ、かわい」
熱烈な口付けに腰が砕けそうになった。目を白黒させて抵抗するのに、この見た目詐欺の力は本当に強くて無駄な抵抗となってしまう。口の中の唾液ごと舌を吸われて、パニック。
「ふ、ふざけっ……ふふふふざけんじゃねー!!」
またもや叫ぶローリーは、バカだ。バカすぎる。
せっかく私が身を挺して犠牲になって庇ったというのに。
「ヒロインのあたしをダシにしてんじゃねー! ひぃいっ!!?」
邪魔されたルシェント様の虫けらを見る冷たい目に震え上がった。絶対に殺すと書いて、ヤるという目だ。
ルシェント様が彼女達に指を向けたから、私はすぐさま魔法術式を展開させて、一行を学園へ強制送還した。一行の姿は発光後、消え去る。
「わぁ、ベルナ。術式展開が早くなったね」
怒ることなく褒めるルシェント様は、頭をなでなで。
「さて。僕は各実家に映像メッセージを送らないとね」
と、私を片腕に抱き締めたまま、魔石で録画を始めてしまった。
面倒だから三人の実家に送りつける分を一つにまとめてしまう。何故か私も一緒に映る。
その録画の中で「僕の婚約者の馬車を襲ったんだ」と発言したので、録画が終わったあとに恐る恐ると「正確にはまだ婚約者ではないですよ?」と言ってみた。
「何言っているの? 僕達の婚約はベルナの同意だけを待っていた保留状態だったんだから、もう婚約成立も同然だよ?」
「私の返事待ちだったんですか!?」
聞いていない、と私は声を上げる。
「うん。ずっとベルナが婚約したいって言うの待ってたんだー」と頭にすりすりと頬擦りをしてくるルシェント様は、映像メッセージをコピーした後に、転移魔法で各家に送りつけた。
「な、なんでですか! あなたはずっと私を自分のモノと決めつけていたのに! どうして私が言い出すのを待っていたんですか!? 婚約する気があるなら、そう決めればよかったのに!」
僕のモノだと発言し続けていたし、自分のモノだと大事に独占してきたくせに、どうして婚約は保留にしていたのだ。
解せないと問い詰めたら、また両手で頬を挟むように包まれた。
「だって、僕のモノだからこそ、君が僕と婚約したいって思って欲しかったんだよ?」
「ッ……!」
とろけるような恍惚の微笑みで告げるルシェント様の狂愛に、ゾクッと身震いする。
そして、またむちゅっと唇を奪われた。
「さぁ、ベルナの家に帰って婚約が決まったことを報告しよう」
「!!」
真っ赤になっている私を抱え上げて、馬車に乗り直すルシェント様は座席に座ると。
「で? 攻略者や転生者とかって、なんの話?」
「ヒュッ」
その話に戻されて、虫の息になりながらも私は転生者だということを打ち明けるしかなかった。
「本当にベルナはその攻略するゲームの内容は知らなかったんだよね?」
「はい、本当に知りませんよ。別にルシェント様のことを攻略してませんからね」
もう自棄で膨れっ面で言ってやるが、愛おしそうに笑うルシェント様は向き合って座っていたのに、隣に移動すると。
「ルシェ様、でしょ。ベルナに攻略されるのも、それはそれでいいよね。僕のベルナなら、なんでもいいよ」
「…………」
愛がとんでもなく重い、この人。
攻略されてしまった私は逃げようにもないのだろう。
仕方ないのでまたルシェ様に、ポスンと凭れた。仕方ないのだ。そう、仕方なくである。
「……ふふ。大好きだよ、僕のベルナ」
ポンポンと頭を撫でると、ちゅっとそこにも口付けをしたルシェ様はそのままでいてくれた。
◆・◇◇◇・◆
もう一人の転生者は、投獄されていた。
学園に強制送還されたあと、途方に暮れていたら、騎士達に取り囲まれて攻略対象者達もろとも捕らえられてしまったのだ。
本来なら、学園内で秘密裏に処理されるはずだった令嬢への危害は、性懲りもなく外でも襲撃を行ったことにより、情状酌量の余地なしと判断された。各親はもう自分の子を切り離すしかなく、断腸の思いで格子越しに廃嫡を告げた。
このまま、熱を上げていたローリーといるつもりなら一切の援助はしないとも話した。逆に言えば、このイカれた令嬢と縁を切れば、生活の援助ぐらいはするということ。
元々、性懲りもなく外でも襲撃をしたのは、ローリーに誘導されたからだ。
治癒魔法も効かないように呪われた右手の痛みもあって、ローリーの浅はかな復讐計画に乗ってしまった。
なんとしてでもベルナを傷物にしたかったローリーと、理不尽に右手をへし折られた逆恨みを抱えた三人は、運悪くミーティ伯爵家の馬車を見付けてしまい、そして運悪く同乗していたルシェントに現行犯を捕らえられたのだ。
冷静になれば、廃嫡されて当然の行いだった。
三人はすんなりローリーと縁を切ることを選んだ。
「そんな! あたしを捨てるの!? 酷い! 捨てないで!」
「やめてくれ。私達は役立たずなんだろ?」
「君がそんなイカれた女だったとは知らなかった」
「世界がゲームの舞台だなんておかしなことは、もう言わない方がいい」
ローリーの本性を垣間見た三人は、もう籠絡された攻略対象者ではない。
現実を思い知らされた人間だ。
「ふざけんな!! ヒロインなのよ!? あたしはアンタ達のヒロインなのよぉおお!!!」
牢屋に響くローリーの叫びに、三人は振り返らなった。
それから叫び続けたが、声も枯れてつらくなったローリーは、やがて静かに涙を零す。
「やぁ、自称ヒロイン」
「!! っ!?」
音もなかったのに、格子の向こうにルシェントが現れて、ローリーは驚いてひっくり返ってしまう。
「聞きそびれたから聞きに来たんだ」
しゃがんで頬杖をつくルシェントに、ローリーはゴクリと生唾を飲み込んだ。これは形勢逆転かもしれない、と。
「僕のベルナの馬車を止めて、一体何をしようとしたの?」
しかし、現実は無情だった。
ローリーが期待するものではなく、ベルナへの未遂の仕打ちを聞きに来たのだ。
「も、もっと、聞きたいことあるんじゃないの?」
けほっ、と軽く咳を零しつつ、ローリーはなんとか期待へ持って行こうとした。
「いや別に」と、ルシェントはないと言い切る。
「もっとあるでしょ! 例えば、あたしとの本当の運命だとか!!」
「……」
「な、なによ、その目……あたしがヒロインなのよ? 本来結ばれる運命があたしなのよ?」
剣吞な光しか宿さないライトブルーの瞳に、カタカタ震えつつ、ローリーは決死で言い募る。
自分こそがヒロインだと。自分こそが運命の相手だと。
「あのね。自称ヒロインは所詮、自称ヒロインなんだよ」
ルシェントは薄っぺらい笑みで言い切った。
「僕にとって、君なんてモブ以下の存在だから、ちゃんと消えてね?」
……は? モブ以下? ヒロインなのに?
ローリーは、理解が追い付かなった。
ヒロインなのだ。ヒロインなのである。
この世界の中心で、それ以上でもそれ以下でもない。
ヒロインだから幸せにならなくちゃいけないのだ。愛されなくちゃいけないのだ。
だからこそ、ルシェントの言葉が理解出来ない。脳が受け付けられない。
「僕のベルナが、少しでも君の存在に不安を感じるんだから、消えてよ」
よいしょ、と立ち上がったルシェントに反応して「ヒッ!」とローリーは震え上がった。
しかし、ルシェントは何かをする素振りを見せない。足元に転移の魔法陣を浮かべた。
「え? 帰るの?」
「そうだよ? どうせ君、消されるし。僕、今機嫌いいし、もう帰る」
確かに機嫌のよさそうな笑みをしているルシェント。
「え……消される? 誰に?」
「誰だろうね。でも君、重鎮の大事な跡取り息子を廃嫡に追い込んだから、相当恨みを買ったよ。自覚ないの?」
「……っ! そ、そんなっ……!」
自分を見捨てた三人に叫ぶのに必死で気付かなかったが、その親に恨みを込めた眼差しを向けられていたのだ。どこから刺客を差し向けられてもおかしくない状態である。
「それに、君って王子にも唾つけようとしたよね?」
第二王子と王太子のことだ。
「王家だって君みたいな不穏分子を放置しないよ。だからこそ、僕に学園での事件を一任させてもらったけれど、まぁ結果的によかったよね。こうして投獄出来たし、あとは獄死だけだ」
「ぃやっ」
獄死のバッドエンドしかない。
ローリーは真っ青になった顔のまま、ルシェントに助けを求めようとしたが。
「僕が手を下さなくても、ちゃんとこの世界から消えてね。モブ未満」
笑顔で言い放つルシェントは、ローリーがベルナに言い放った言葉を返してやって、無情にも消えて行ってしまった。
モブ以下。モブ未満。
この世界からの消滅。
ルシェントは絶対に助けてはくれやしない。
例え、他の刺客から逃れられても、ルシェントが消しに来ると理解した。詰みである。詰んだ。
ローリーは頭を抱えて蹲り、その時が来るまで恐怖に震え続けた。
◆・◇◇◇・◆
無事、私とルシェ様の婚約は成立した。
父はようやく安心出来ると感涙していたが、目の前で結ばれた婚約契約書は約束を違えると死ぬほどの痛みを味わうものなんだけれど、どの辺が安心出来るというのだろうか。
逃さないっていう脅迫だよ、コレ。
学園では、宰相の息子と近衛騎士団長の息子と侯爵令息が廃嫡に伴い学園を退学となったおかげで、私に関わると廃嫡になるという噂が流れてしまい、余計孤立した。
「あながち間違いでもないだろ」
と、未来の義弟のロント様があんまりなことを言うので「廃嫡にしてやろうか」と脅してやったら平謝りしたので、それを目撃した生徒達に余計な噂を流されたのはまた別の話だ。
「ベルナ。僕、新しい魔法を作るんだけど、協力してくれない? してくれるよね?」
「拒否権がないとひしひしと感じるので仕方ありませんね、協力しましょう」
学園の中庭の藤の花がぶら下がる東屋のベンチにて。
ルシェ様の膝の上に乗せられている私は、読書をすることを中断して本を閉じた。
「よかった、ベルナの協力があればきっと完成する」
「私の協力が必要不可欠なのですか? なんの魔法ですか?」
「ん? 来世も巡り合う魔法だよ」
なんてことないみたいに私の茶髪に指を通しながら、頭を撫でながら言うルシェ様。
「は……え? ら、来世? 来世の魔法? なんで?」
「なんでっておかしなことを聞くんだね。来世のベルナも僕のモノだからだよ」
この人……ブレない……!!
「ベルナが転生者だと知れてよかったよ。これで来世もちゃんとあるってわかったんだからね。生まれ変わっても僕のモノだよ、ベルナ」
重い……! あまりにも重たい……!
愛に狂ったこの男に、来世まで独占されると知って、私は戦慄した。
「あ、あの、ルシェ様。結局、ルシェ様が私に執着する理由がわからないのですが……どうしてですか?」
どうして来世まで自分のモノにしたがるのやら。
どうして執着、もとい好きになったのかを尋ねてみる。
「――――来世までに、答えを見付けられるといいね?」
絶対に教える気ないな。
おかしそうに不敵に笑うと、儚げ美丈夫は私の唇を奪って、味わい尽くした。
end
あとがき。
答えは「僕が『君』という味を覚えてしまった愛に飢えた猛獣になったから」です。
GWだから書くぞー! と原稿を仕上げつつ、続編を書き上げられました。
最高にヤンデレ描写出来たんじゃないかと自画自賛。
無理ないスペースで就寝して、その最中に考えていたら、夜空の下のそのシーンを閃いた。
ルシェント。最高のヤンデレでは……???
過去一のヤンデレだと自負したかったのですが、過去作のヤンデレ達も最高のヤンデレなので一番は決めづらかった……。激重感情ヤンデレ最高。
このお話は、ちゃんと出会いから細かく描いて、街デートも書き下ろして書籍化、出来たらいいなぁーと思っているので、構想を練っておきたいですね。夜空の下のシーンなんて、コミカライズで見開きページで描写してもらいたい。やだ、ゾッコン。
そして、ベルナちゃん。なかなかのツンデレさんでは??? いや、クーデレ? どっち?
前世持ちだから大人びているのですが、ちゃんとヤバい奴だと感じるまでデレデレに懐いていた、はず。
これはヤンデレるわけだよ、罪深いベルナちゃん。書籍化したい。
ベルナちゃんの父が、最初婚約に関して公爵家に乗り込んだ時「婚約しないのなら~」的なことを言ってしまったがために「ベルナを僕以外の男と婚約させるつもりですか?」と冷笑で問われて恐怖を味わったので燃え尽きたんです。そういうことで、ベルナが言い出すまで保留という流れになったのでした。
もし書籍化したら買ってネ。
よかったら、いいね、ポイント、ブクマをくださいませ!
(2024年5月5日○)