感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第8章
「ただいま」
「これはお早いご帰還で」
別に皮肉でもないだろうが、微妙な言い回しでソンチアーダが康大達を迎える。
このあたりの無自覚な口の悪さも、出世を妨げているのかもしれない。
「戻ってそうそうだけど、ソンチアーダに聞きたいことがあるんだ」
「私に答えられることなら何なりと」
そう言って康大に対しソンチアーダは一礼する。
口は良くなくても礼儀作法は上流階級の人間だけあって、しっかりしている。
「聞きたいのはエリザベス殿下の事とウエサマの関係についてだ。いくら仲が悪いとはいえ、さすがに娘からの書状まで門前払いするのはおかしいと思ってさ。あの2人に何があったんだ?」
「なるほど。確かにその点は事前に話しておかなければなりませんでしたね。これは大変失礼しました」
ソンチアーダはぺしっと自分の頭を叩く。
あまり反省しているようには見えなかった。
「それについて話すには、まず当代のウエサマについて説明しなければなりません。当代は一言でいえば傑物です」
「傑物……」
「はい。先代はアルバタールの傀儡のような方でした。しかし当代のウエサマは積極的に政に取り組み、アルバタールの影響を排除して、大昔のウエサマ独裁政治を復活させようとしています。いま都周辺、いえ、いずれ全国に広がるであろう争いは、ほぼ当代ウエサマが原因と言えるでしょう。当代アルバタールにはそもそもウエサマと事を構える気すらありませんから」
「つまり今の状況は一方的にウエサマが権勢欲から喧嘩を売ってるわけか」
「そう考えて問題ないかと」
「なるほどね……」
康大は今の都の状況を現実セカイの歴史に置き換えてみた。
その結果、幕末が一番近いのではないかという結論に至る。
天皇であるウエサマが一方的に徳川将軍であるアルバタールに宣戦布告したという状況だ。現実セカイではその結果天皇方が勝ったが、果たしてこちらのセカイはどうなるか。
都に来たばかりの康大には読めそうにもない。
ただ、あまりに事が大きすぎて、さすがに今回は絡むこともないだろうなと思った。
「またウエサマは自身が有能であるだけでなく、能力があればどんな人間でも採用するとも言われています。その分無能な人間には厳しく、肉親に関しても冷徹と言われていますが……」
康大は話を聞きながら、織田信長みたいな人間なんだろうなと、ウエサマを分析した。このセカイで会った人間だとアムゼンに近いタイプだということも念頭に入れておく。
「それでエリザベス殿下についてですが、都にいる間は良い評判を聞く方ではありませんでした」
「つまり素行が悪かったと」
「・・・・・・」
ソンチアーダは少し考えてから頷く。
「まあ俺達も第一印象はそんな感じだから、意外ではないな」
「お姫様には悪いが、村の悪ガキと同じ感じだった」
ザルマとハイアサースがしみじみと言った。
ただ、憎めなさのようなものもあり、2人とも嫌悪感までは抱いていない。
それもこれも、言動や見た目がテンプレートなお嬢様というのがよかったのかなと、現代日本のオタクである康大は思った。
「で、具体的にどんなことしたんだ?」
「ウエサマには3人のお子がおられるのですが、その内、庶子の姉君に毎日嫌がらせをしていたとか。天城でもわがまま放題で、始末に負えないお姫さまでした。可愛がっていたのは唯一の男子で正嫡である、未だ赤ん坊の弟君ぐらいです。ついに姉君に毒を盛ったのが露見し、追放されたとのもっぱらの噂です」
「なるほど。ただ、会った印象だとそこまでの子には見えなかったんだよなあ」
典型的な俗にいう悪役令嬢の振る舞いだが、康大には釈然としなかった。
「正直噂は鵜呑みにできないけど、話半分としてもお姫様の力を使ってウエサマに会うのは難しそうだな。今のまんまならウエサマに会うことは不可能っぽいし、こうなったら先にアルバタールに会うか」
「いや、それは止めた方がいい」
康大の方針にザルマが反対する。
「なんでさ?」
「ウエサマとアルバタールの関係を考えると、先にアルバタールに会えば、以後アルバタールの手先であると思われる可能性が高い。そうなったらもう側近とコネを作ることすら不可能だ」
「完全な濡れ衣だけど、そう思われてもまあしかないか。となるとどうやれば会えるか……」
「話を聞いた限り、ウエサマの目に留まるような特筆すべき活躍をすればいいのだが、まずその目に留まる機会がない。俺の常識的な考えでは現状八方ふさがりだが、お前には何かいい案がないか?」
「右に同じ」
康大は乾いた笑いを浮かべる。
「とりあえずウエサマにもアルバタールにも会えないことはわかった。ならばこれからどうするんだ?」
一応結論だけは理解したハイアサースが康大にそう尋ねる。
康大は腕を組んでうんうん考え、ひねり出した結論は、
「今はこの件に関しては諦めよう」
だった。
「諦めるってお前……」
「まあまあ。そもそも俺達はアムゼン殿下の命令がなくとも都には来る必要があったんだぞ。その理由を思い出せ」
「……ああ、そっちの方か」
ザルマはすぐに得心がいったようだった。
圭阿やリアンも口には出さずとも康大が何を言いたいのか理解している風だ。
唯一ハイアサースだけがピンと来ていない様子だった。
康大を含め、このセカイでたった2人の当事者であるにもかかわらず。
「どういうことだ?」
「レッドハーブだよ」
「ああ、先にそっちを探すのか!」
ハイアサースもようやく康大の意図を理解する。
ただ、完全に部外者のソンチアーダはそういうわけにもいかなかった。
「レッドハーブ……ですか?」
「ああ。俺達はそれを探してるんだ。聞いた覚えはないか?」
「いえ、寡聞にして知りません」
「となるとこの広い都で聞き込みかな……」
おそらく一朝一夕には終わらないだろう。
その間、政治情勢もどう変わるかもしれない。
康大がそう予測し、さっそく行動に映そうとしたとき、
「ちょっといいっすか」
リアンが不意に康大に話しかけた。
「どうした?」
「あの、レッドハーブについてなんすけど、ここはまず都の図書館を調べたらどうかなって」
「都にそんなものがあるのか?」
「はいっす。薬草学に関してはグラウネシアに劣るっすけど、その規模はあの伝説の智と死の図書館に次ぐほどっす!」
「へえ……」
以前訪れた伝説の図書館を思い出しながら、康大はそう返した。
あの図書館に次ぐ広さなら、かなりの蔵書が期待できるだろう。
ただ、自分達が実際に行ったことを言えば色々面倒そうなので、黙っていた。
康大は。
「うむ、あの図書館はだだっ広かったから、それでも十分な大きさなのだろう」
「え、まさか行ったことあるっすか!?」
予想どおりのハイアサースの反応にこれまた予想通りの反応をするリアン。
どうしてこの婚約者は余計なことを黙っていられないのかと、康大は泣きたくなった。
そんな康太の気持ちなどどこ吹く風で、ハイアサースは話を続ける。
「ああ。ここにいる人間はお前以外全員行ったぞ。私なんか本を読む手伝いをさせられて本当に大変だった」
「なんでそこに自分はいなかったんすかね……。どうしてグラウネシアから来てくれなかったのか……。ちなみにもう一度行く予定は?」
「ない。ここから遠いし調べるべきことは調べ用もない。そもそもあんな危険な場所は二度とごめんだ」
「っす……」
リアンはがっくりと肩を落とす。
そんなリアンを見て、意外な人物が同情した。
「りあん殿、はいあさーす殿はこうやって人の心を折るのが楽しくてしようがない、鬼のような女なのでござる。拙者もその気持ちが痛いほどわかるでござるよ」
「人を悪魔みたいに言うな」
食べ物のことで散々絶望感を味あわされてきた圭阿が、リアンに共感する。
自覚がないハイアサースにとっては、いわれなき誹謗中傷にしか思えなかった。
「……ごほん、まあ智と死の図書館の件は置いておいて――」
「置いておかないでほしいっす。自分絶対行きたいっす。事が終わったら、絶対連れて行ってくださいっす。死んでもいいんで」
「考えておく」
そう玉虫色の発言でお茶を濁し、康大は強引に話を戻す。
自分がどんどん嫌な大人になっているなと思いながら。
「その図書館にレッドハーブについて書かれている可能性があるんだな?」
「まああくまで可能性の話っす。ただ、都に咲いている植物なら、都にある図書館に一番詳しく書かれた書物があるんじゃないかなって」
「正論だな。それじゃあこれからみんなで図書館に――」
「あー、ちょっといいか。俺はその前に、今まで仲介役になっていた貴族達にも顔を通しておきたい。使い物にならなくなったとはいえ、フジノミヤとしての義理もあるからな。そこからウエサマに繋がる可能性もひょっとしたら見つけられるかもしれん」
「然らば拙者は改めて街の偵察に出ていくでござる。字が読めない拙者がいても、役には立ちますまい」
「そうだな、こうして拠点も見つかった以上、今まで通りの別行動を開始するか」
康大はすぐに結論を出す。
実際に街を歩きソンチアーダから話を聞いた限り、圭阿の護衛が絶対に必要な状況にも思えなかった。
この戦乱も街の中だけは未だ無風状態だ。
それがいつまで続くかは分からないが。
「ソンチアーダは俺に付き合ってくれ。お前がいた方が話も早いだろう」
「分かった。まあ私は直接顔を合わせたことは、数えるほどしかないんだけどね」
「それでは拙者達は先に行くでござる。御免」
そう言ってまず圭阿が出ていき、その後にザルマとソンチアーダが続いた。
そして3人だけがアジトに残される。
しばらくして康大はリアンに言った。
「そういえば図書館の場所リアンは知ってるの?」
「知るわけないっすよ。都に来るのは初めてっすから」
「ですよね~」
康大はソンチアーダに場所を聞かなかったことを猛烈に後悔するのだった……。




