感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第6章
ソンチアーダは往来を堂々と進み、特に人目を避ける様子はなかった。この街で隠密行動をしているというわけでもないらしい。
最終的に康大達を連れて行った場所は、現実セカイでいうところの雑居ビルのような廃屋同然の建物が並んだ一角だった。
そのうちの、同じような建物の1つに招き入れる。
「さあ狭い我が家ですがどうぞ」
しかし、中に入ってその印象は一変する。
確かに外からは今にも崩れそうな建物に見えたが、内装は廃屋どころか高級住宅を連想させ、家具も立派なおそらくそれなりに高いものが使われていた。
また、家具以上に存在感のある本棚に隙間がないほど書物が納められ、ここが何らかの事務的な空間であることは明らかだった。
ただの隠れ家にしては上等すぎる設備である。
「ここは?」
「まあフジノミヤの都における前線基地……アジトといったところかな。今までの経緯や都の情勢なんかが、書類にまとめられている。あと場合によっては接待もしないといけないから、まあこんな金かけた作りになってるんだ」
「なるほど……」
ザルマは感心したようにうなずいた。
康大の見た限り、このセカイに大使館の概念はまだ存在していない。
そのためこうしてスパイのアジトと大使館が重なったりするのだろう。
……現実でも似たようなところがないとは言えないが。
「さて、それじゃあ改めて自己紹介を。私はソンチアーダ・バナタス。今はここで殿下の指示で都の情勢を探っています。えっと……貴方が話にあったコウタ子爵ですよね?」
「あー、はい」
康大は頷いた。
そして改めてソンチアーダの人となりを見る。
第一印象はいかにも真面目な公務員タイプの人間だった。
不細工でも美男子でもなく、本当に一般人その1で片付けられるような容姿をしており、印象にもあまり残らない。
また、体も大分やせ形で、戦力としては期待できそうにない。
ザルマの親友ということを合わせればなおさらだ。
ただその存在感の無さには共感を覚えた。
「それで、とりあえず他の以外の人間にも会いたいんだが」
「それは……」
ザルマの言葉にソンチアーダが目を泳がす。
その態度に康大の不安が否応なしに増す。
どう見ても、悪い知らせがあるようにしか見えない。
「どうしたというのだソンチアーダ?」
「いや、まあ、そもそもなんで私がここに配置換え……というか左遷されたかって話からした方が、現状が分かりやすいかなと思って」
「いきなりなんだ?」
「とりあえず聞いてくれ! 子爵閣下も!」
そう言って、親友の問いかけをソンチアーダが制す。
2人は仕方なく、ソンチアーダの気のすむまでしゃべらせることにした。
「そもそも私の転任当時、ここは閑職だったんです。国はアムゼン殿下派とコアテル殿下派、そして陛下派という名の日和見の三つに分かれ、猟官運動する金があるなら兵士を雇うって状況でしたから。逆に関所の方はいつ争いが起こるか分からず、とても私みたいな無能じゃ務まらなかったんです」
『・・・・・・』
ここまでの話で、ソンチアーダが置かれていた状況と左遷の理由は理解できた。
ただ、まだ他の人間達を紹介しない理由は分からない。
せっかちなハイアサースは話を理解できているのか怪しいくせに先を促そうとしていたが、康大が目配せしてとりあえずそれを止める。ハイアサースが口を開けば余計本題から逸れることは分かり切っていた。
「それでまあ、私以外にもここに来ている方々はその、あまり上から重視されていない上、コアテル殿下派と日和見派ばかりでした。そんなものだからコアテル殿下の失脚を知ったとたん、皆さん急いで保身のためにフジノミヤに帰って行ったわけです。……って君めちゃくちゃコアテル殿下派じゃないか!?」
話の途中でザルマの立場を思い出し、ソンチアーダは大げさに驚く。
また彼の話を聞いて康大も全く違う意味で衝撃を受けた。
(何が有能な家臣だよ! 役立たずの集まりじゃねーか!)
今王都で悠々としているであろうアムゼンを思いながら、康大は心の中で恨み言を吐く。
結局アムゼンが出発前に行ったことはほぼ全て嘘だった。
「俺に関しては気にするな。元々インテライト家はアムゼン殿下に内通し、ここに来たのもアムゼン殿下の御命令だからな。それで、結局ここには他に誰がいるんだ?」
「……いない。私だけだよ。数少ないアムゼン殿下派の人も、私に全て任せてフジノミヤに帰ってしまった。そして国内が落ち着き、ようやく増員が来ると思ったら国境閉鎖……。それをかいくぐって唯一こられた子爵閣下が、必然的に責任者になります……」
「ひどい有様だな」
ザルマは呆れてため息を吐いた。
助っ人の当てにしていたつもりが、助っ人の責任者にされた康大はそれだけでは済まない。
「えっと、ソンチアーダさん。今すぐアムゼン殿下に騙されて腹が立ったから帰ります、とっとと代わりの人間よこしてくださいって、伝えてくれませんか?」
「そ、そんなことできませんよ! そもそも都への出入りが出来ないんですから! それと私にあまり慇懃な態度をとられても困ります。私など爵位すらない三男坊のごく潰しですから」
「……分かった、これからはそうしよう」
このセカイに来てから康大は相手が年上かつ礼儀を守っていれば、基本的に敬語を使うようにしていた。
元々は年上なら態度が多少悪くても我慢してそうしていたが、パンデミックが起こってからはその方針を変えた。
好き嫌いを口に出して即座に敵か味方か決めた方が、生き残るために都合が良かったのだ。
何かあった時迷わず見捨てられるから――。
そうなったときに、殺すのを躊躇わないから――。
その流れがこのセカイでも生きていた。
下手をするとソンチアーダより野蛮な考え方かもしれない。
「それで、お前は今ここでどんな仕事をしてるんだ?」
「え、あ、そうだな、1人になる前は記録係だった。1人になってからは今まで他の人がやっていた街の散策や、付け届け兼顔見せもするようになったよ。私に合っているのか、我ながらうまくやってると思うんだけど」
「ではウエサマに会うよう段取りをつけてくれないか?」
「それなんだが……」
ザルマの言葉に、ソンチアーダは再び難しそうな顔をする。
もうこれ以上悪いこともないだろうと思っていた康太は、「何か都合が悪いことでも?」と自分から聞いた。
「我がフジノミヤは今までウエサマとアルバタール両方に顔が利く貴族を仲介役として使っていたんですが、今回の対立でウエサマがそういった貴族達を退け、あくまでウエサマに忠誠を誓っている譜代だけで御辺を固めてしまいまして。現状接触する手段が……」
「そりゃまた……」
こういう時、政に疎い康大には何をどうすべきか分からない。
一方、こういう時こそ頼りになるザルマは、すぐに算段が出せた。
「コウタ、今更だがお前から預かっている賄賂を含めた有り金全部、これから私が勝手に使ってもかまわないよな?」
「え、ああ、いいけど」
そう答えると、ザルマは持っていた宝石類と出発時にアムゼンからもらった資金を全てテーブルに置く。
「ここにある金を全て渡す。だからお前でうまく他の貴族に渡りをつけてもらえないか?」
「これはまたすごい額だな。でもすまない、無理なんだ」
ソンチアーダは頭を下げた。
「フジノミヤの人脈では、いくら金を積もうが今のウエサマの側近にすら近づくのは無理なんだ。フジノミヤは今まで都を軽視し過ぎた。新しい人脈作りにはまだまだ時間がかかる」
「面倒だな……。まあいい、とりあえずこれはお前に預けておく。使わない物を持っていてもしようがないし、お前は昔から金勘定が得意だろう」
「ああ分かった。実は私もなんで商人の家に生まれなかったのかと思ったぐらいだよ。これは背筋を持って預かっておく」
そう言ってソンチアーダは金庫のようなものに、康大達の有り金全てをしまう。
後ろから康大がその様子を見ると、中にはすでにかなりの金銀財宝があった。どうやら本人の言う通り、金銭のやりくりは得意なのかもしれない。
「あのー……」
その様子を黙って見ていると、不意にリアンが申し訳なさそうに康大に話しかける。
「どうした?」
「いや、今まで口を挟むタイミングがなかったんすけど、自分がここまでフジノミヤの話を聞いていいものかと……」
『あ』
そこで康大とザルマは彼女の出身国を思い出す。
リアンが今まで黙っていた上、話に集中していたのでそれをすっかり忘れていた。
「まあ聖約を結んでいるから、そのあたりは大丈夫なんじゃないか?」
そう適当に言うハイアサース。
だがそれをリアン本人が否定する。
「聖約の範囲は多分あの時のことだけっす。しかも相手はグラウネシア人限定っす」
「ぐぬぬ……、だが私は今まで苦楽を共にしてきた旅をしてきたリアンを信じる!」
「じゃあ自分は余計なこと言ってしまう前に、問題が解決されること祈ってるっす」
「つくづく不安になる答えだな……」
康大はため息を吐いた。
そんなことをしている間にソンチアーダの蓄財管理も終わる。
幸いにも2人の話は聞こえていなかったようで、特にリアンを警戒したりはしなかった。
「えっと、私が言えた義理でもないのですが、とりあえずこれから如何されます? もちろんできる限りの協力はしますが」
「そうだなあ……」
康大は少し考えてから頭に思い浮かんだことをそのまま口に出す。
「とりあえずダメ元でウエサマの所に、天城に行ってみようと思う」
「何だ、お前にしては珍しい乳女のような行き当たりばったりな意見だな」
「なんだとう! 人を考え無しのように! 私だってよく考えてから行動している!」
そう言って文句を言ったのは当然康大はなく本人だ。
彼女としてはアレでも思慮の上での行動らしい。
康大は苦笑しながら説明をする。
「確かにそうだけど、今ここでグダグダしててもしようがないだろ。とりあえず行ってみないことにはどんだけ無理かもわからないし」
「康大殿の言う通りでござる。思慮が足りないのは貴様の方だ抜け作」
「・・・・・・」
当然のように圭阿に罵倒されるザルマ。
それを見て苦笑するソンチアーダ。
王都にいた頃から見慣れた光景なのだろう。
結局康大の決定はなし崩し的に認められ、天城へ向かうことになった。
天城で何が待つのか。
(そりゃウエサマだろう)
康大は分かりきった自問自答に、わずかに苦笑するのだった。