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感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第4章

「うーん……」

 康大は大きく伸びをする。

 窓から差し込む朝日で、いつもより早く目が覚めた気がした。


 昨日、康大達は宿には泊まらず、ボロネーゼの馬車で寝た。

 一応村にも宿はあったのだが、ひどい内装でこれなら馬車で寝た方がマシという結論である。欲を言えばお姫様の館で泊まれるとよかったのだが、機嫌を損なってしまった以上、期待するだけ時間の無駄だ。


 康大的には早起きでも、例によって仲間達は誰もいない。

 馬車の中にいるのは自分1人だけだ。


 身体をぽきぽきと鳴らしながら康大が馬車から降りると、ちょうど朝市が開かれているところであった。

 市は商人たちが品物を売るだけでなく、村人たちが村の作物や狩りでの得物を商人に売ってもいて、それなりに盛況だった。


 ハイアサースはそんな屋台の一つにいて、いつもの様に豪快に朝食を食べている。


「おはよ」

「おはよう、相変わらず朝が遅いな」

「この体になってから、疲労が抜けなくてね」

 そう言って康太はとりあえずパンとミルクだけ注文する。

 ハイアサースの様に朝からがつがつ食べる気はしない。


「これからいつもみたいに説教したりするのか?」

「いや、ここでは難しいだろうな」

 そう言ったハイアサースの顔は、珍しく複雑な感情を宿してた。

 康大にはそれが気になった。


「どうしてさ?」

「昨日話していて分かったが、このあたりは土着の宗教を信仰しているようだ。そんな中で私が伝道師じみたことをすれば、村人たちもいい気はしないだろう」

「へえ、お前もお前で考えてるんだな」

「うっせえべ」

 康大の軽口をハイアサースはあっかんべぇで返す。

 苦笑しながら康大は、このセカイの宗教がハイアサースが信奉している宗教以外の信仰を、ここで初めて知った。


 大司教のインパクトが強かったため、欧米の様に完全に一つの宗教を信奉しているものと思っていた。

 実際比率的には圧倒的に多いのだろうが、まだ他も宗教は存在はしているようだ。

 康大は興味を引かれたので、さらに聞いてみる。


「まさか異端審問とか存在しないよな?」

「なんだそれは、聞いたこともない」

「だから無理やり改宗を迫って、聞き入れない人間は洗脳したり殺したり……」

「そんなのはただの狂人だろ……。強引な改宗を迫る神父も中にはいるが、そこまでする人間は聞いたことがない」

 ハイアサースは呆れた。


「私の田舎からこの辺りまで旅をしてきたが、そんな排他的な連中は1人もいなかったぞ。皆信じたいものを信じ、我ら教会の人間はそれを受け入れるだけだ」

「宗教に関してはずいぶんおおらかなんだなあ」

 このあたりは中世ヨーロッパというより現代日本に近かった。


 今まで会った大部分の人間も「困った時の神頼み」的な雰囲気であったし、このセカイの宗教観は大分緩いのかもしれない。そんな中であそこまで尊崇を集めている大司教はよっぽどだ。


「おおらかというかそれが当たり前だ。ちなみにここはウエサマの一族を神と見立てて信仰している感じがする」

「うーん、俺のセカイでいうところの神道みたいなもんかな」

「相変わらず何を言ってるか分からないが……と、ごちそうさま」

 そう言ったのと食事を終えたのはほぼ同時だった。

 先に食べていたとはいえ、話しながら、それも倍の量を食べていたのに康大より食事が速い。


「それで、もうこの村には見切りをつけてこれからすぐ出発するのか?」

「いや、それはさすがに……」

 朝市はかなりにぎわっている。

 それにもかかわらず自分達の都合だけで急遽打ち切りにするのは、少し抵抗があった。


「せめてここら辺の人が少なくなってから出発しようかなと。ここまで運んでもらったのに商売の邪魔するのも気が引けるし」

「だとしたら時間をつぶす必要があるな。ちょうど人もいるし、無駄足に終わりそうだが聞き込みを再開すべきか……」

 ハイアサースがそう悩んでいると、向こうからザルマが駆け寄ってくる。

 その隣には圭阿もいた。


「おお、起きたか。実は先ほど姫殿下からの使いがあってな、どうもまた俺達に会いたいらしい」

「へえ、何の用だろう。ところで圭阿、調査の結果はどうだった?」

「残念ながら、何も見つかりませなんだ」

「だろうなあ」

 伝説上の植物が、ついででそう簡単に見つかるとは康太もさすがに期待してはいなかった。

 そもそも見つけられる場所にあるなら、村人も知っているはずだ。


「それじゃあとりあえず姫様に顔を見せに行くか。昨日の今日で何言われるか予想できないけど」

「わがままそうだったからな。まあ貴族の子女なぞ大なり小なりあんなものだが」

 ザルマの話にはとてつもない説得力があった。

 本当にどうしようもないロリコンでなければ、今頃子供の1人や2人はいただろうに。

 彼に好意を寄せた女性達があらゆる意味で康大には哀れに思えた。



 登山同様の斜面を登り、再び康大達は姫の館へと向かう。

 今回はボロネーゼは同行しなかったが、康大……ではなくザルマのインパクトが強かったのか、同じように誰にも止められることはなかった。


「苦しゅうないですわ」

 前回と同じ手続きを経て部屋に入ると、また同じような態勢の姫が康大達を迎える。

 康大は居並ぶ侍女達を見ながら、普段彼女たちは何をしているんだろうと疑問に思った。


「一晩も経てば気が変わったでしょう?」

「いいえ」

「ぐぬぬ……」

 康大は姫の言葉を即退け、姫も姫で扇子を噛む。


「……まあいいでしょう、どうせそう答えると思っていましたもの。今日呼んだのはその件ではありませんわ。お前達、どうせこれから天城に行くのでしょう?」

「はい姫様」

「……あなたに姫様と呼ばれるのはどうも気持ちよくありませんわ。これからはエリザベス殿下と呼びなさい」

「はい、エリザベス殿下」

 姫改めエリザベスの要請を康大は素直に受け入れる。

 ここは別に意地を通す場面でもない。それぐらいの分別は康大にもある。


「よろしくってよ。それでは本題ですわ。寛大な私は、あなたが昨日私に泣いてすがった、お父様に会うための口利きをしてあげることにしました」

 そう言ってエリザベスはその薄い胸元から、一通の書状を取り出す。


 その体型では1ミリも興奮できない康大は、平常心でその様子を見守る。泣いてすがった記憶は欠片もないが、些細な事なので黙っていた。

 ただ、ザルマは少し興奮しているように見えた。


「・・・・・・」


「痛っ……申し訳ありません!」


『?』

 無言で圭阿にわき腹を抉られ、ザルマが興奮ぎみに謝る。

 部外者のエリザベスや侍女達は何が起こったのかさっぱり理解できない。康大も理由は理解できてもその性癖は理解できなかった。

 追及されるとあまりに面倒なので、康大から話を進める。


「口利きの件ありがとうございます」

 康大はエリザベスの厚意に素直に甘えることにする。

 だがエリザベスはすぐには書状を渡してはくれなかった。


「誰もタダで渡すとは言っていませんわ。本来ならお前が私の家来になったときに渡すつもりだったけれど、そのつもりはなさそうですし。だからこれは交換条件ですわ」

「交換条件……ですか」

 おそらくこのお姫様のことだから、それほど難しい条件を言ったりはしないだろう。


 そう思っていた康大は警戒もせずに話を聞く。


 果たして彼女の交換条件という名のお願いは、少女らしい、ひどくささやかなものだった。


「その、お父様に会ったら私のことを上手く執成(とりな)してくれないかしら?」

「執成す……ですか」

 康大はエリザベスと父親であるウエサマの事情は全く知らない。


 ただ推測はできる。


 ここは、本来なら皇女が住むような場所ではない。天城からあまりに離れているし、娯楽も花もなく、まるで幽閉されているかのようだ。

 そのくせ警備はあり得ないほど手薄である。


 彼女がここに追いやられたのは、おそらく何か問題を起こしたからだろう。理由もなくこんな場所に娘を追いやる父親など、()()()あり得ない。


 ただ、それでも実の娘からの書状となれば、無碍にはされないはずだ。親子とはそういうものだと親子関係が希薄な康大でさえそう思っている。


 次第に康大はこのお姫様に同情しつつあった。

 心情的にも断る理由はない。


「姉を名乗る薄汚い女の讒言のせいでこのような寒村にいるけれど、お父様もきっと本心では私を呼び戻したいはず。書状にも書いたけど、お前は私がどれだけお父様を敬愛しているか、そのよく回りそうな口でうまく丸めこ……説得しなさい!」

「分かりました。私にどこまでできるか分かりませんが、やれるだけやってみます」

「そ、そう、ならいいですわ。話は以上よ。さあ、とっとと天城に行きなさい!」

 そう言って侍女に持ってこさせた書状は、それこそ両腕からはみ出すほどであった。


 よっぽど言いたいことがあるのだろう。

 この分だと康大が話を盛る必要はなさそうだ。


「言うまでもないけれど、お前は決して見てはいけませんわ。お父様に聞かれたことだけうまく答えればいいのです」

「御意」 

 別に見たいとも思わないよと心の中で苦笑しながら、康大は頷く。


「あと、もしお父様の勘気……ではなく気が変わったら、すぐに戻ってくるように。分かりましたわね!」

「御意」

 父親のウエサマは全く分からないが、娘はこんな所に追いやられてもまだ父親を敬愛している。

 言動から色々問題はありそうな性格だが、普通の親なら可愛くて仕方ないだろう。


 それから康大達は手分けして書状を受け取り、商隊の馬車へと向かう。

 すでに朝市は終わっており、人はまばらで商隊も撤収作業を始めていた。

 作業を手伝おうかとも思ったが、何も知らない人間が手を貸したところで邪魔なだけだろう。


 康大は邪魔にならないところでぼうっと作業を見守りながら、渡された書状について考える。


「何が書いてあるか気になるっすか?」

 活字に関して並々ならぬ好奇心を持っているリアンが、珍しく話しかけた。

 康大はそれに首を振る。


「内容の方じゃないさ。ただどんな気持ちであのお姫様がこれを書いてたのかなって。俺も両親のことちょっと思い出した」

「子爵も人間の親がいるんすね」

「当たり前だ。というかリアンところも親とあんまりいい関係じゃないみたいだけど、手紙書こうとか思ったことはあるんか?」

「考えてこともないっす。そもそも字が読めるかもわからないっす」

「そこらへんは異セカイだなあ。まあ俺のセカイでも読み書きができない人はいるけど」

 そんなとりとめのないことを話しているうちに作業は終わり、ボロネーゼが康大達の元に駆け寄る。


「これからすぐに出発されますか?」


「はい」


 康大達は撤収作業終了と共にドゥエイ村を発った。

 今度来るときはせめてあの傲慢だが、幼い王女様に良い報告ができるようにと期待しながら。

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