感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第33章
《聞こえていますか仁木康大よ。今私はあなたの大脳皮質にニューロンを介して直接話しかけています……》
「え、なんか怖い。脳の手術かよ」
意識を失ったと同時に聞こえるミーレの声。
《アンタ私をマッドサイエンティストと勘違いしてない? ここがアメリカだった訴訟案件よ。加須であることに感謝すべきね》
「そんなことより今俺起きてるのか? 寝てるんだったら夢の中にまで出てきてほしくないんだけど。疲れてるんだよ……」
《はぁぁぁあ!? こんな絶世の美女の超ありがたい女神さまが夢の中に現れて喜ばないなんて、アンタ去勢されてるんじゃないの!? 真っ当な男子高校生なら夢精して翌朝が大変よ!》
「・・・・・・」
確かに見た目だけならミーレはハリウッド女優もかくやと思えるほどの美女だ。
ハイアサースほどではないにせよ、スタイルもかなり良い。
康大が日本人として普通の人生を歩んでいたら、絶対に関わることもなかった人間……ではなく女神だ。
そんな彼女だが、今の康大には耳元で飛ぶ蚊程度の価値しかない。
安眠を妨げるものは悉く敵だ。
《く……アタシだって仕事じゃなかったらとっとと家に帰って、「豚が狼になる毎日1分超簡単ダイエット法」を試したいわよ!》
「絶対効果ないやつじゃんそれ」
《そんなことより!》
強引に話題を変えるミーレ。やはり本人もイカサマダイエットだと理解しているのだろうか。
溺れる豚は藁をもつかむ。
男の視点からそこまで太ってるようには見えないミーレを見ながら、康大はそんなことを思った。
《こっちでちょっと問題が発生しちゃってるのよ。それがどうもアンタと関係してるみたいなのよね。悪いけど問題解決に付き合ってもらうわよ》
「手短にしてくれ。寝たいんで」
《じゃあ単刀直入に言うわよ。アンタアタシ以外の女神と契約した?》
「……は?」
ミーレの話は寝耳に水だった。
康大は契約どころか、ミーレ以外の女神と話したことすらない。ミーレ以外の女神との接点と言えば、ミーレの背後をたまに通り過ぎるのを見る程度だ。
そんな自分がいったいどこで契約したというのか。
睡魔で判然としない頭が疑問符で支配される。
「まったく思い当たることがないんだけど……」
《そうよねえ。アタシもずっと……ではないけど、まあ業務中と暇なときは見てるけど、そんな形跡どこにもなかったわ。でも上司が監査部からそういう報告があったって言うのよ。マジでなんでもいいから心当たりない? とにかく報告書でっち上げなきゃいけないのよ》
「そう言われてもないものはない。お前らの間違いだって言っとくしかないぞ」
《うーん、こうなったらログ漁って適当な出来事見繕ってやっつけるしかないわね……。ああ、今日早く帰れるっと思ったのに徹夜よ……》
とほほ……とミーレががっくりと肩を落とす。
同情はするが康大としても助けようがない。思い当たる節が何一つないのだから。
それはそれとして。
「ところでログが見れるってことは、俺のあらゆる行動が24時間365日監視されている上に、いつでも赤の他人に見られるってことじゃねぇかよオイ」
《・・・・・・》
「いや黙ってないで何とか――」
「康大殿」
そこで康大の目が覚める。
部屋に注ぐオレンジ色の明かりから、今が夕方頃だと気づく。
ミーレとのやり取りであまり寝た気はしなかったのだが、それでも現実時間ではしっかり睡眠をとっていたらしい。
康大は自分を起こした圭阿にとりあえず状況の確認をした。
「俺達が寝ている間に何かあったか?」
「それは当人から聞いてもらった方が早いかと」
「当人?」
【やあ】
本来なら鳥類が発することはない人間の声。
しかし、それを発したのは紛れもなく目の前の鳩だ。
こんなことができる人間……かどうか定かではないが、そんな存在を康大はこのセカイで1人しか知らない。
「フォックスバードさん」
【僕の協力があったとはいえ、見事ウエサマの魔の手から逃れられたみたいだね。正直言うと、僕が直接行かなければ厳しいかなと思ってたけど、杞憂だったみたい】
「みんなのおかげです。それよりフォックスバードさんも都に来てくれるんですか?」
【いやーー】
フォックスバード……の使い魔である鳩が首を振る。しゃべるだけでなく、行動も制御できるらしい。
【まだ僕は動けない。その時が来たらダイランド共々そっちに行くことになるだろうけどね。ただ、前に話してた協力者はようやくそっちに着いたみたいだ。今すぐ港に向かうといい】
「目印とかはないんですか?」
【行けばわかるよ。彼女はああ見えてかなりの目立ちたがりだからね】
いうだけ言うと康大の反応も見ずに鳩は飛び去って行った。
康大はため息を吐く。
結局詳しい内容は未だ何も分からない。
ただ、フォックスバードが自分のように杜撰な計画を立てるとは思えない。
とりあえずは信じていいだろうという信頼感はあった。
「それで如何なさるおつもりで?」
「如何も何も行くしかないだろう。みんなを集めてくれ」
「御意」
圭阿の手際が良かったのか、元からその場に全員いたのか1分もせずに集まる。
康大は仲間達にすぐに港へ向かうよう言った。
当然仲間達に反論はなく、エリザベスも疲れを押して素直に頷き、一斉に借の宿から出る。
――と当時に全員が街の異常に気付いた。
街が一面の深い霧に包まれていたのだ。
夕方でも夜でもなく、ただただ霧だった。
康大が起きた時は確かに夕日が室内に差し込んでいた。元から霧があったなら夕日も陰ったはずである。
しかし、出た瞬間としか思えないタイミングで霧が立ち込め、夕日どころか数センチ先も碌に見えなくなった。
これでは港にたどり着くことすらできないだろう。
今までのパターンなら、事前に街を偵察していた圭阿の出番だ。
だが今回は彼女の出番はなさそうだった。
なぜなら、霧は立ち込めているものの、あるルートだけは完全に霧が晴れていたのだから。
「誰の仕業か知りませぬが、あからさまな罠にしか思えないでござるなあ」
圭阿がぼやく。
康大も同意見だ。
……この霧を以前に見たことがなければ。
「ま、俺の記憶力と想像力が間違いじゃなければ、この霧は港まで通じてるんだろう。うん、せっかく案内してくれるんだからそれに従おうぜ」
「大丈夫なのかにゃ?」
圭阿同様このパーティーの警備部門を担っているロシコが、不審そうな顔をする。
彼女の守っている人間はこの国の趨勢を左右るするのだから、慎重になるのも当然だ。
加えて彼女に会ったこともないのだから。
康大は心配するロシコに「俺が責任を取るから大丈夫です」とあまり頼りにならない返事をする。
ロシコとしては別に康大が責任を取ったところでどうにもならないのだが、事情が全く呑み込めていない手前、結局反論はしなかった。
それでも警戒は怠らず、圭阿が先頭でロシコが最後尾という今までの隊列で進む。
突然街を支配した霧に住民の誰もが困惑しただろうが、不思議と誰ともすれ違うことはなかった。
まるで霧がある場所と今康大達が通っている無い場所とでは、セカイが隔絶されたかのように。
(いやでも――)
彼女ならそれぐらいできるかもしれない。康大にそう思わせるほどフォックスバードが用意した協力者の力は図抜けていた。
圭阿とロシコの警戒が無駄だったかのように、康大達は何の問題もなく港に到着する。
港も霧が立ち込め、船足の交渉をした船員どころか、船さえ見えない。
――いや、船に関しては一艘だけ、霧の被害を免れているものがあった。
そしてその船は、巨大であり、またとても動くとは思えないほどボロボロで船員達も生気の欠片もなかった。
「あれは……」
「ファックスバード殿が言っていたのは彼女のことだったのか」
「そういえば知り合いという話だったな。今の今まで忘れていた」
この船を見て、圭阿もこの後合う協力者が誰であるか気づく。それはハイアサースとザルマも同様だ。
まだ彼女と会ったことがないそれ以外の人間(一部例外もいるが)達は、全く見当がつかず、船の威容に警戒心だけが強まった。
「さっきから誰の話をしているのかしら? 目的地があの船ということは分かりますけれど、わ、私はあまり行く気になれませんわ……」
「自分はぜひ行ってみたいっス」
中でもエリザベスはそれが強く、一方リアンは好奇心が圧倒的に上回った。
「それでは康大殿からお先にどうぞ」
珍しく圭阿は康大が先に乗船するよう促す。
圭阿にとって、彼女はできればもう相対したくない存在であった。何よりあの魔術の前では、自分の力など何の役にも立たない。
それは康大にしても同様であったが、自分以外に応対できる人間がいるとも思えないので、しぶしぶ垂れ下がっていた縄梯子を上る。
その船――どこをどう見ても幽霊船にしか見えない船は、甲板まで上がるとあらゆる場所が清掃されており、塵1つ見当たらなかった。外見からの印象と内部がまるで違う。これも彼女の魔術によるものだろう。
その看板を幽霊船の乗組員達は感情が全くない顔で動き回る。
その中にはかつて康大と死闘を繰り広げたあの船長もいた。
康大も一歩間違えていたら、彼と同じ末路をたどっていただろう。
そう思うと身震いする。
全員が甲板まで上がったところで、船室のドアが開き、彼女――1人の高貴な女性とその執事が現れる。
康大は2人に向かって再開の挨拶をした。
「お久しぶりです、アビーさん、ホシノさん」
――そう、この船はフジノミヤに向かう時に乗ったあの幽霊船であり、フォックスバードの言っていた協力者とは女主人アビゲイルであった……。




