感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第2章
「そうです、せっかくですから姫に顔を見せられては?」
馬車を降りる際、ボロネーゼは不意にそんなことを言った。
なお、今回の旅は康大達だけでなく隊商を組んでの移動であり、他の馬車は村に落ち着くのと同時に商売を始めていた。
さすがに物のない山奥の村だけあって、アルデンテ商会が商売を始めた瞬間、家々から次々と村人が出てきた。
彼らは一様に粗末な衣服で、栄養が足りないのかひどく痩せている。その代わり、というわけではないが、大部分の村民が剣を帯びていた。
康大が今まで通って来た村々でも帯剣者は珍しくなかったが、ここまで多いのはドゥイエ村だけだ。
なかなか物騒な村である。
そんな村の様子横目に、康大はボロネーゼに詳しい話を聞く。
「姫と言うのは?」
「この村にはウエサマのご息女がおられるのです。皆さまが何の目的で天城に行かれるか存じ上げませんが、会われて損はないかと……」
「・・・・・・」
康大は即答せずに、ボロネーゼの言った言葉を考える。
本音を言えば、これ以上権力者と関係を作り、より面倒くさい人間関係に悩まされたくはない。
ただ、アムゼンから与えられた使命を思えば、会う必要性は感じられた。何のツテもない今の康大にとっては、僥倖とすら言える対面かもしれない。
康大はしばらく考えてから、
「分かりました、会います」
と、ボロネーゼの勧めを受け入れることにした。
「そうですか、それは良かった、ではこちらへ」
そう言ってボロネーゼは、ドゥエイ村の急な斜面を登っていく。
自衛を第一にしただけあって、この村の移動は本当に面倒くさい。
どこに行くのも急な斜面の上り下りが必要で、敵も苦しめられるが住民も来訪者も例外なく苦しめられる。
ハイアサースや圭阿の様に山育ちはそこまで苦労しなかったが、康大やリアンのような生来の運動音痴はひぃひぃ言いながら斜面を登った。
「ここです」
歩るくというより、登山を体験しながら康大達が村の最高地点まで到達すると、そこには上部が反り返りった崖に寄りかかるよう建てられた大きな屋敷があった。
屋敷は大きいだけでなくこの村で最も堅牢そうで、重要人物が住んでいることは誰もが聞かずとも分かっただろう。
家の前には衛兵らしき剣だけでなく槍も持った村人がおり、警備もまた厳重である。
ただし、ボロネーゼが顔を見せると、また康大達が拍子抜けするほど簡単に通される。
康大はあまりの無警戒ぶりに、本当にウエサマの娘が住んでいるのかと疑問に思った。
建物の中にまではさすがに傾斜はなく、普通の家同様平らな床である。
ただし、その分階段が多く、入ってすぐ上らされ、最終的に都合5階分は登り、ようやく姫がいるという奥の部屋にたどり着いた頃には、康大の脚がパンパンになっていた。
部屋の前には門番の代わりに女官がいた。
この寒村には似つかわしくない上等な服を着た女性で、康大もようやくこれから会う人間がお姫様であることを実感する。
ボロネーゼは女官に取次を頼む。
女官はしばらくそこで待つように言うと、自身は部屋へ入っていった。
(……どんな方だろうな?)
ただ黙って待つのが退屈になったのか。ハイアサースが耳元で話しかけてきた。
少しくすぐったい気持ちになりながら康大は「さあ」と適当に答える。相手が女性である以上、ここからはザルマの役目だと決めつけ、どんな人間か知ろうとも思わなかった。
やがて数分ほどすると部屋の中から扉が開かれ、先ほどの女官にどうぞと入室を促される。
康大達は女官に一礼して室内へと入った。
部屋にはこのセカイの金持ちのテンプレートのような赤く丈のある絨毯が敷かれ、ガラスの花瓶や陶器の壺といった高級調度がそこかしこに飾られ、部屋の両脇には女官達が何人も控えていた。
そして一段高くなった場所にある豪奢な椅子に、まだ幼なさの残る少女がちょこんと座っていた。
「ご機嫌麗しゅう姫様」
ボロネーゼはその少女に向かって、恭しく頭を下げる。
康大達もそれに倣って頭を下げた。
「苦しゅうないですわ、面を上げなさい」
そう言った声は甲高く、あまり威厳はない。
康大は顔を上げ、改めて姫様と呼ばれた少女の顔を見る。
歳は小学校高学年ぐらいだろうか。エクレッドより少し上の印象だ。……もちろん実年齢ではなく、見た目の話である。
自分の体重より重そうな煌びやかなドレスをまとい、宝石がちりばめられたティアラやプラチナの指輪をしている、小柄で、悪く言えば貧相な少女である。チェリーの様にブクブクに肥え太ったお姫様よりはマシであるが。
まだ話しかけられたばかりなのでその性格は分からないが、典型的な外見からだいたい予想はできた。
「商人は暇でいいですわね。本当にうらやましいですわ。おーっほっほっほっほ!」
そう言って少女は笑う。
康大は素で「おーっほっほっほっほ」と笑う人間を初めて見た。
どうやらこのお姫様は予想通りの人間らしい。
少女は美少女に含まれる顔をしているが、吊り目で富士額、人を食ったような態度と、テンプレート的傲慢な貴族の令嬢そのままであった。何よりどうやってこのセカイで整えているのか分からない強烈な縦ロールが、彼女の内面をこれ以上ないほど表している。
ヒロインのお姫様には到底なれず、そのヒロインの噛ませ役で物語を終えるような、そんな少女である。
そのあからさまにあからさまな容姿に、康大は内心噴き出したほどだ。
「なにかしら、そこの貧相な男は。とつぜん震えだして」
「そ、それは姫様の御威光によるものでしょう」
ボロネーゼは慌てて取り繕う。
康大も笑いをこらえたまま、首を縦に振った。
「……何か癪に障りますが、まあいいですわ。それで、お前が顔見せに来たのは分かりますが、他の珍妙な連中はなんなのかしら?」
「・・・・・・」
ボロネーゼは少し困ったように康大に目配せする。
道案内を頼まれただけで、詳しい事情まで聞かされていないボロネーゼは、何と答えていいのか分からない。今までの会話から康太がフジノミヤの子爵であることは理解したが、ただそれだけだ。
ボロネーゼの視線を受け、康大は予定通りその視線をそのままザルマに中継する。
ザルマはわずかに溜息を吐いてから、スッと立ち上がり口を開いた。
「私達はフジノミヤよりの使節でございます。ウエサマの御威光に肖るべく、東の田舎より罷り越しました。この上は殿下の御拝謁までいただけるとは、光悦至極にございます」
立て板に水で話すザルマ。
その堂々とした姿とハンサムな容姿に、居並ぶ女官達がざわついた。
ここには粗野な男しかいなので余計だろう。
ただし、残念ながらお姫様の心にはそれほど響かなかったようだ。
「それは良い心がけですわね。それで、ただ口先だけなら何とでも言えますわよ?」
「・・・・・・」
ザルマは無言で懐から小袋を取り出し、それを侍女に渡す。
直接渡さないのは、貴人に対する当然のマナーだ。見ず知らずの人間が近づけば、そのまま命を奪われるかもしれないセカイである。呪術物という可能性すらある。
このあたりの気配りは康大には到底できなかった。
受け取った侍女は中を確認し、明らかに頬を緩ませてからその後少女に渡した。
「……真珠ですわね」
「つまらないものですが」
「ま、いいんじゃないかしら」
少女もまんざらでもない表情をする。
そんな2人のやり取りを見ながら、康大は真珠を小分けにして贈物として準備していたザルマの周到さに感心していた。
本来康大からすれば、カチョウからもらった真珠を勝手に使われたことになる。だが別に大したこだわりはなかったので、その点に関してはこれといった感情もなかった。
「これからも励みなさい。私に良くすれば、天城におられる至高のお父様の覚えも良くなりますわ」
「ありがたき幸せ」
ザルマは深々と頭を下げ、他の仲間達もそれに倣った。
本当にこういう仕草に関しては、その一挙手一投足が様になる。
実際、女官達もうっとりしたような顔でザルマを見ていた。
まさかこのグループの最高権力者が自分だとは誰も思わないだろうと、康大はむしろおかしくなる。
そしてさらに康大を面白くする展開が、この後待っていた。
「ところでフジノミヤといえば、風の噂で聞きましたが、他国の紛争を次々に解決している知勇兼備の名将がいるらしいですわね。こんな所にいるぐらいなのですから、それはお前の事ではなくて?」
「それは……」
ザルマは言葉に詰まった。
代表として受け答えることと、康大の名を騙ることはまた別だ。
ザルマが後ろを向き康大を見ると、文字通りの素知らぬ顔をしていた。
しかしその目は「面白そうだからそのままいけ」と、強く訴えていた。
ザルマは康大を睨みながら仕方なくそのまま話を進めようとしたが、
「ですが、私の元にも一騎当千の強者どもがおります。せっかくですかから、ここで手合わせしてなさい」
その言葉で考えを改めた。
「いえ実は――」
「子爵様頑張ってください!」
康大はザルマの言葉を遮り、そう言った。
絶対に戦いたくない、お前がやれ。
血走った目が如実にそう言っていた。
ザルマは目で「ふざけるな!」と文句を言ったが、それを康大は「お前が始めた物語だろ!」と目で言い返す。
しまいにはザルマの視線をスルーしてそれを圭阿に送った。
「・・・・・・」
圭阿は無言のまま首をわずかに縦に振る。
諦めてそのまま死ねと、冷たい目が言っていた。
そのサディスティックな対応に、一方で恐怖し、もう一方で歓喜しながらザルマは「微力ですが」と少女の申し出を不承不承受け入れる。
康大は内心でガッツポーズを取った。
まあ本当に死ぬようなことになったら、圭阿が何とかするだろう。
ちゃんと命綱は用意してある。
「良いでしょう。あの者達を連れてきなさい!」
「畏まりました」
侍女の1人が部屋を出て、その強者どもを呼びに行った。
彼らは元から屋敷にいたのか1分もしないうちに現れる。
見た目は山賊同然の、いかにもな荒くれ者達だった。極限まで体重を削っているような村人と違い、皆恰幅も良い。
獲物は斧だったり大剣だったりとまちまちだ。いずれにしろ、この狭い室内では逆に不利だろうと思われるような代物ばかりで、康大の目から見てもそれほどの使い手には見えない。
圭阿が相手だったら武器を抜く前に苦無で瞬殺だ。
(まあたいした連中でもないだろうな)
康大は余裕をもって彼らをそう評した。
現実セカイで会ったなら震えあがり、すぐに逃げ出したかもしれないが、このセカイに来てから身の毛もよだつような本当の猛者どもと何人も会ってきた。
彼らにはライゼルのような威圧感も、フォックスバードのような底知れなさもない。
今の自分でもぎりぎり何とかなりそうな気さえした。
ザルマにしても今まで修羅場をくぐってきたのだから――
(駄目だなこりゃ)
――チャンスぐらいあるだろうと思ったが、その青くなった顔を見れば、期待するだけ無意味そうだった。
しかし、青くなったのはザルマだけではない。
「あ……あ……あ……」
「おい、どうした!?」
自称猛者どもの1人が不意に顔を青くし、それに困惑した隣のもう1人が話しかける。
青くなった男は指を康大達――正確には康大に指を向け、歯をガチガチと鳴らしていた。
「こ、こいつは……いやこの方は……」
「おいどうしたんだよ!?」
「ふ、フジノミヤの殺戮子爵血みどろのコウタ卿!」
「ぶっふぉおおお!!!!!!!!」
突然言われた無茶苦茶な二つ名に、フジノミヤの殺戮子爵は思わず吹き出す。
そんな康太を置き去りにしたまま、青ざめた男は話を続けた。
「おりゃちょっと前までグラナダの湖族だったんだが、この方はそん時の総大将だ。コウタ卿にはアイチの王様だって一目置いてるし、あのダイランドの旦那だって逆らぇねえ。あの人に面と向かって「黙れハゲ」なんて言えるのはこの人ぐらいだ……」
「ま、マジかよ!? あの皆殺しが!? いや、コウタ子爵の噂は俺も聞いてたけど……」
「・・・・・・」
康大は彼らの話を黙って聞いていた。
今のところ、そこまで誇張した内容ではない。
グラナダ湖の船上でダイランドから「さすがにハイアサースとセックスしたんスよね」とダイレクトに言われたとき、「うるせえ包茎禿、お前の亀頭は下ネタしか考えられねえのかよ、頭だけじゃなく体全体腐らすぞ!」と最低の切り返したことがある。
あのやり取りを知っているとなると、出奔したのは最終決戦の直前ぐらいだろう。
それを踏まえれば、ここにきて一週間も経っていないはずだ。
そんな人間を股肱の臣下のように言うあたり、このお姫様の元にはよっぽど人がいないらしい。
戦士としては使えそうな村人は近くにいるというのに。
康大の分析とは関係なく男の話は続く。
それもとんでもない方向に。
「ここにいるってことは、あの化け物も皆殺しにしちまったに違いねえ! やべえよ……噂通りだ……。この人は目障りになったら、人間もモンスターも一瞬で殺しちまう。しかも殺した相手は全部喰っちまったって話だ。そうだ、この人は毎日生き血を吸わねえと生きていけないんだ! フジノミヤ王も持て余して追放したって誰かが言ってた! ま、まさか逃げた俺を始末しに!? た、助けれくれえ!!!」
勝手に自己完結した猛者どもその1の元湖族は、階段を転がるように降り、そのまま館から走り去って行く。
その場にいた人間全員が呆然とした。
「……では腕だめ――」
「ああ、すいやせん姫様、ちょっと用事を思い出して……」
少女に言葉を最後まで言わせず、猛者その2あたりが慎重に階段を下りていく。
その後、堰を切ったように他の猛者どもも階段を下りて行った。
結局その場には康大達と少女、そして戦力には到底なりそうもない侍女だけが残る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
少女は何とも言えない表情をした。
それを見た康大もなんとも言えない表情をする。
この場合何を言うのが正解なのか、両者が頭をひねる。
「まあ――」やおら少女が口を開く。
「あ、あの者達はその、あー、えーっと、お、お遊びみたいなものですわ! それよりお前、コウタとか言ったわね」
「コウタはこの者の方です」
ザルマはここで康太の正体をばらす。
康大も仕方なくザルマに全責任を押し付けるのをやめ、自分が少女と話をすることにした。
「お前が噂の将軍なの? あの者達が言っていたほどの人間には見えませんわ」
「よく言われます」
康大はぶっきらぼうにそう切り返す。
どうもこの少女に対しては、そこまで慇懃になる必要もない気がした。
「まあいいでしょう、私の様に能ある鷹は爪隠すもの。それで、どうかしら、あの者達の代わりに、私に仕えてみては。私がお父様に頼めば、今の領地の倍あげますわ」
「丁重に辞退します」
康大は即答する。
今の自分に新しい領土など必要ではない。
そもそも現状あるのは爵位だけで領地はなく、0を倍にしても0だ。
たとえ領地があったとしても、鞍替えしてアムゼンの恨みを買う方がはるかに恐ろしい。
「何よ、私がここまで言っているのに首を振るの!?」
「はい。申し訳ありません」
「ぐぬぬ……」
少女は持っていた扇子を噛み締める。
そういう態度をしていれば、やはり年相応の少女だ。
「なんなのかしら! 本当につまらないですわ! とっととどこかへお行きなさい! せっかくあの忌々しいアルバタールの首を挙げ、お父様に見直してもらおうと思っていたのに……」
「・・・・・・」
康大は少女の話を聞きながら、やはりウエサマの娘だけあってアルバタールを敵視しているのかと、少し悲しくなった。
こんな小さな子が親の敵対関係を自分自身にも持ち込むなど、決して良いことではない。
自分も子供同然だが、それだけは間違っていないと胸を張って言えた。
しかし、それを面と向かて言えるほど康大はお姫様との信頼関係を築けていない。
結局激昂した少女によって、ボロネーゼ共々康大達は屋敷から追い出されるのだった――。




