感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第27章
「さて、お前はどこにいると思ってたんだ?」
アルバタール邸から少し離れたところでザルマが聞いた。
天城近くで長々と話をしていては、さすがにウエサマに睨まれる。たとえ用なしだと思われいても、軒先でグダグダされれば黙っているわけにもいかないだろう。
「おそらくまだ村から乗ってきた馬車と一緒にいると思うんだ。外から見た感じ、天城にはあれだけの馬車を収納するスペースがないし。姫様が天城にいなかったら、そこしかないんじゃないかって」
「康大殿」
未だ偵察中とばかり思っていた圭阿が、予想以上に早く戻ってくる。
どうやら自分の予想は当たったらしい。
ただし、全く予想に反することもあったが。
「康大殿の予想通り、あの山車のような馬車にまだえりざべす殿下はおりました。けれど、些かのっぴきならない様子。疾く向かった方がよろしいかと」
「分かった」
ほぼ確信の"ほぼ"がこの瞬間消え、予感は現実になった。
そうなってしまった以上、一刻も早くエリザベスと合流しなければならない。
圭阿に先導されエリザベスがいる場所へと走って向かう。
時刻は黄昏時で、往来の人々の姿もまばらだ。
それでも普段なら店がそれなりに開いているはずだが、今日はまったくない。
明らかに異常である。
おそらく、圭阿が言っていたのっぴきならない事態と関係しているのだろう。
胸騒ぎの段階は既に通り過ぎ、康大は最悪のケースを考えながら走る。
ゾンビになっても全く上がらない体力に不満を覚えながら圭阿の後を走っていると、やがて圭阿が前方でその場に止まるよう身振りをする。
どうやら目的の場所についたらしい。
ちなみにリアンははるか後方で自主的に行動を停止していた。
「あれを」
「・・・・・・」
康大は近くの小屋の陰に隠れながら様子を見る。
圭阿が視線で示した先には、康大達が村で見た山車のような馬車があった。これから騎馬になるのであろうか馬はもういない。
その馬車の周りに数人の人間がいた。
1人はエリザベスだ。
康大の現代人並の視力でも、一際小さい背と、その豪華で派手なドレスで遠目でも判断できた。
ただしそれ以外の人間達は、この場所からではよく分からない。
ザルマやハイアサースも目を細めているあたり、圭阿ぐらいしかはっきり見えていない。
康大は圭阿に説明を求めた。
「1人は言うまでもなくえりざべす殿下で、その隣にいるのは村にいた侍女の1人でござる。その立ち居振る舞い、身なりから侍女の頭でござろう。その周りをあるばたーるの兵達が囲んでいるでござる」
「アルバタールの?」
「左様。鎧は統一されていませなんだが、皆どこかにあるばたーるの家紋がついているでござる」
このセカイでは機械工業が進んでいないため、統一された装備はすさまじくコストがかかる。そのため、家来はオーダーメイドの鎧を自前で用意し、家紋なり旗指物でいずこの家中か主張していた。
もちろん問題はそこではなく、その状況だ。
「なんでアルバタールの兵士がエリザベス殿下を囲んでるんだ。そんな余裕があるなら、どう考えても邸宅の防備に回すべきだろう」
エリザベスが軽視されていることは、アルバタール陣営の誰もが知っていた。
しかも今はロシコによって邸宅の防備を第一に指示されている。
人質に使えないエリザベスに構っている必要性も理由も皆無であった。
「拙者からはなんとも。全員がこちらを向いていないので読唇術もできませぬ」
「となると………」
遠目でも切羽詰まった状況であることは理解できる。
このまま安全な場所で彼らのやり取りを見ているだけでは、エリザベスに何があるか分からない。
康大はエリザベスを失う危険性と、自分の身の危険性を天秤にかけ、すぐに結論を出した。
「とりあえず圭阿とリアンはここに残っててくれ。残りは俺と一緒に様子を見に行こうと思う」
最大戦力である圭阿はまだ姿を見せずに、隠しておいた方がいい。
逆にザルマは交渉から、ハイアサースは回復魔法から必要だと判断した。
3人は黙って頷く。ようやく追いついたリアンは話は聞いていなかったが、自主的にその場に座り込んだ。
それから康大は残った圭阿に物騒な指示を出し、ゆっくりとエリザベス達の元に近づく。
そしてちょうど声が聞こえる地点まできた時、侍女長の叫びが聞こえた。
「そのような偽装を見破れないと思っているのですか! あなた方は聖主の手の者でしょう!」
そこで侍女の頭――おそらく侍女長の様子とその辺りの様子も分かってきた。
侍女長は老齢の上品そうな女性だが、その顔は血にまみれ、藍色の服が所々濡れていた。
赤黒くなっている地面を見れば、それが水で濡れたわけではないことは明らかだ。
エリザベスはそんな彼女に、自分が汚れるのも忘れ怯えながらしがみついている。
その姿はどう見てもただの幼気な少女だ。
ザルマは顔をしかめ、ハイアサースが反射的に侍女長に駆け寄ろうとする。
だが、康大はそれを止めた。
まだ状況が分からないのに、むやみに接近するわけにはいかない。
康大達が現れたたことに、その場にいる人間達も気づいた。
無駄だと思いつつも、康大は自分の身分を詳らかにする。
「あんたらはアルバタール閣下の兵士だろう。俺もさっきアルバタール閣下に下った。いったい何をしている?」
『・・・・・・』
康大の問いかけに答える者はいなかった。
ただ全員が警戒したまま、じっと康大を見つめている。
口を開いたのは彼らではなく侍女長だった。
「……貴方方はドゥイエ村に来た。なぜここに?」
「簡単に言うと、ウエサマに捨てられたところをアルバタール閣下に拾われました。そしてアルバタール閣下はエリザベス殿下の保護を私に命令しました」
「なんと……」
侍女長は康大の言葉に心底安堵したような表情を浮かべた。
まさか敵対していた相手に助けられるとは、夢にも思わなかったのだろう。
そこでようやくだんまりを決め込んでいたアルバタール? の兵士が口を開く。
「……エリザベス殿下、こうなった以上は仕方ありません。一刻も早く御自害を」
しかしその口から出た言葉は最悪の内容だった。
これには康大も反射的に彼らを睨む。
そんな康太など意に介さず、兵士は話を続けた。
「聖主はここで殿下が死に、それをアルバタールの責任とすることで、この戦いの大義名分を求めています。聖主の御聖断に従って死んでください」
口調は丁寧でも内容は劣悪に過ぎた。
戦端を開く正当性のために、自分の娘に死ねと言っているのだ。
とてもまともな父親の思考回路だとは康大には思えなかった。
「聖主がそのような指示をされるわけがありません!」
侍女長が文字通り血を吐きながら反論する。
その姿を見てハイアサースの顔が曇った。
ただ単純に同情したわけではない。
回復魔法を使える人間として、彼女がもはや手遅れであると悟ったのだ。
「貴様ごときが聖主の御心を語るな」
「いいえ言わせていただきます! これは聖主の、ウエサマの問題ではありません! 人の親としての問題です! 私は子ができない体でした。ですがそんな私でさえ、我が子の尊さは分かります! 聖主から直接お言葉をいただかない限り、この場から動きません!」
「……仕方あるまい。所詮ただのクソガキか」
アルバタールの兵士――偽装したウエサマの兵士が、もったいぶってゆっくり手を上げようとする。
おそらくそれを合図に一斉に斬りかかるつもりだろう。おそらくその兵士が指揮官だ。
もちろん抹殺の対象には秘密を知った自分達も含まれているはずだ。
その兵士が手を上げるより先に、康大は無言で瞬時に右手を上げた。
合図を決めていたのは彼らだけではなかった。
「――――!?」
後方に控えていた圭阿の苦無が、まず2人の兵士の喉に突き刺さる。
この奇襲は完全に予想外で、ウエサマの兵士達は目に見えて動揺した。
その時間は一瞬であったが、圭阿にとっては十分すぎる一瞬でもあった。
苦無の第二撃も、寸分たがわず兵士を絶命させる。
それでもまだ兵士達は死角を移動し続ける圭阿を把握できない。
しかも見えている位置には康大がいて、咄嗟に動き出している。
康大はその緩慢な体に鞭打って、エリザベスの元に走り出したのだ。
結果的に囮になった康大に惑わされ、兵士達の状況把握は大いに遅れた。
それでも康大に反射的に殴りかかろうとした兵士はいた。
康大にとって幸いだったのは、その兵士の武器がこん棒だったことである。
こん棒を振り下ろそうとした兵士に向かって、康大は全力のパンチを放つ。
ゾンビ化によって極限まで高められた筋力は、こん棒を粉々に粉砕し、その勢いのまま兵士を吹き飛ばす。
もしこん棒による干渉がなければ、鎧ごと体を貫いていただろう。また剣の場合は拳が裂けた可能性もあり、康大はグロテスクな人殺しも肉体進化もせずに済んだ。
康大の予想外の怪力に兵士達はひるむ。
ザルマは追い打ちをかけようとするが、こちらは焦って柄から剣を抜くことすらできない。
一方ハイアサースは震えるエリザベスに駆け寄り、傷の確認をした。
そして無傷であることが分かると、安どの息を吐く。
兵士達はおよそ10人以上いたが、一方的な展開で次々と倒れていく。
これは当然圭阿の苦無の腕によるものが大だが、司令官役の兵士を初手で殺した事も大きい。その瞬間指揮系統が完全に崩壊し、兵士達の混乱を収める人間がいなくなったのだ。
手を上げるタイミングが遅ければ誰が隊長か分からず、早ければ逆に康大が一方的に攻撃された。
余裕ぶって手を上げたことが、この戦いの趨勢を決めたのである。
たとえ訓練されていたも、こうなっては烏合の衆と同じ――とまでは残念ながらいかない。
後方にいた兵士は未だ無傷で、馬車の近くにいる康大達に向かって、火がついた弓矢を遠慮なく射ってくる。
あれほど時間をかけて備えた飾りが、簡単に燃え広がる。
このまま馬車の傍にいれば焼け死ぬだけだ。
康大は目の前の死体を盾の代わりにしながら、ザルマとハイアサースに2人を連れ建物の陰に移動するよう指示する。
まだ温かい体が気持ち悪かったが、背に腹は代えられない。倫理観に関しては元のセカイに9割方捨ててきた。
ハイアサースが指示を出す前に矢避けの魔法を使ってくれていたので、全員がかすり傷程度で安全な場所まで移動できた。
また火をつけたことで位置を知られた射手は、ことごとくが圭阿の苦無によって葬り去られた。
やがて、日も完全に沈み、辺りは暗くなり、矢を当てる事が難しくなる。だからと言って火を灯せば、圭阿のいい的だ。
圭阿に任せ、隠れてやり過ごそうとしている康大には絶好の状況である。
それは何よりもウエサマの兵士達が理解しているのだろう。
接近戦に持ち込もうと迂闊に近づいたところを、圭阿の苦無で絶命させられた兵士が出た頃、指笛が辺りに響く。
それを合図に、兵士達は死体と重傷者を残し、潮が引くように路地裏に消えていった。
圭阿は敵の戦意が喪失したのを確信すると、姿を見せ康大達に近づく。
康大もそこでようやく安全になったと確信し、今まで世話になった気持ち悪い死体を投げ捨て、ほっと息を吐いた。
2人の態度から安全を理解したハイアサースは、侍女長に呪文をかける。
しかしそれは回復魔法ではなかった。
「お気……遣い……感謝いたし………ます。ですが……結構。痛みがある……方が……意識を……保てるので……」
戦いが終わり、緊張が解けたためか侍女長の言葉が絶え絶えになる。
もう長くないことは康大にも明らかだった。
ハイアサースは頭を下げながら呪文を止める。
自分の命が到底助からないことは早い段階から覚悟していたのか、それとも先ほどの時点で死ぬつもりだったのか。侍女長の顔に悲壮感はなかった。
だが本人以上にそれを受け入れられない人間がいた。
「何をおっしゃるの!? 貴女が死ぬわけないじゃない! 魔術師なら何とか助けなさい!」
そう絶叫したのは、今までただ怯えているだけだったエリザベスだ。
この2人の関係には親子以上の絆があったのかもしれない。そう思わせる必死さだった。
「お金ならいくらでも差し上げますわ! だから助けない!」
「・・・・・・」
エリザベスに詰め寄られても、ハイアサースは沈痛な面持ちで顔を背けることしかできなかった。
我知らず鼻水を垂らし、目から全ての水分が失われそうなほどの涙を流している少女にかける言葉を、彼女は知らなかった。
「ねえ!」
「・・・・・・」
「……姫様」
そんなエリザベスに、侍女長が手を差し伸べる。
その表情はどこまでも優しく、まるで聖母のようであった。
「……姫様、申し訳……ございませんが……私は……ここまで……です」
「そ、そんな!? ばあや!」
「本来なら……聖主に……後を……頼む……ところですが……今の……状況で……は……それ……も……」
「それ以上しゃべらないで! 誰か……誰か!」
「姫様」
エリザベスの手を握る侍女長の手がさらに強くなる。
その手から流れる血が、まるで遺産であるかのようにエリザベスに伝わった。
「不本意ながら今はアルバタール閣下に頼るほかありません。先立つ不忠をお許しください姫様」
「ばあや!?」
最期の言葉は残った命を絞り出してのものだったのか、はっきりと、とてつもなく力強かった。
侍女長は言い終えると同時に目を閉じ、完全に生き物としての活動を終える。
人から物になった侍女長の手を未だ離せず、呆然とするエリザベス。この出来事が幼い少女の心にどれほどの傷を負わせたのか、想像に難くなかった。
だが自体はそんな少女の立ち直りを待ってくれるほど、優しくも人道的でもない。
「康大殿、あまりここにいては……」
「そうだな」
康大は頷き、エリザベスに立ち上がるよう促す。
しかしエリザベスは、康大が近づいたことさえ気付かない。
冷たくなった侍女長の手を握ったまま泣きはらし、嗚咽を漏らし続けている。
そんな彼女を康大は結局無理やり立たせた。
エリザベスは生気のこもっていない目で康大を見る。
「姫。ここにいては追手が来ておそらく殺されます」
「でも……ばあやが……」
「そのばあやさんの命が無駄になります。とにかくここから離れましょう」
「・・・・・・」
返事はない。
康大はそれを無言の了承と強引に受け取り、今回あまり役に立たなかったザルマに背負わせると、仲間達と共にその場から走り出した――。




