感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第19章
「当然何があったか話してくれるな!」
あれから処刑場から聞こえる声すら届かなくなった街外れの原っぱまで5人は移動した。
そして、再会を喜ぶことすらせず、ハイアサースは怒り顔のまま説明を求めた。
康大は苦笑し、ハイアサースにもわかるよう簡単に今までの経緯を説明する――。
――ハイアサースは話をあらかた聞き終えた後、「なるほど……」といつものように分かったようで全く分かっていない顔をした。
具体的な質問をするのはザルマの役目だ。
「つまりウエサマにはお前の存在だけでなく、フジノミヤの関与もお見通しだったわけか。証拠隠滅は徒労以外の何物でもなかったのだな……」
「俺達が右往左往してる姿はさぞ滑稽だったろうなあ」
他人事のように康大は乾いた笑いを浮かべる。
文句を言う気力すらないザルマも同じような顔をせざるを得なかった。
「しかしよく分からんがとにかく圭阿もコータも無事だったんだろう。だったら結果的には良かったではないか」
自分の無理解を結局吐露し、ハイアサースは落ち込む男2人にそう言った。
確かにハイアサースの言う通り、圭阿を助けるという目的は達成する事が出来たのだ。
そのために大きな厄介事を背負う羽目になったとしても、失敗ではなかった。
「そ、そうだな、確かにお前の言う通り、とにかく今はケイア卿の無事を喜ぶべきかもしれん。無事で本当に良かったです!」
「無事だからいいというものでもないがな」
目を潤ませるザルマと対照的に圭阿はドライだ。
差し伸ばされた手を握り返そうともしない。
圭阿にしてみれば、今回の顛末は失態以外の何物でもない。
それでも死ねばその責任も贖えると思っていた。
その機会が失われたのだ。
忍者として嬉しさなど微塵もなかった。
つれない圭阿の態度に肩身が狭くなるザルマ。
そのため、逃げるように康大に話しかけた。
「そ、それでお前はこれからどうするつもりなのだ?」
「どうするも何もウエサマに言われた通りするしかないだろ。監視付きかどうか知らないけど、こっちの状況は筒抜けなんだぞ。お前なんもかんも捨ててあの怪物から逃げ切れる自信があるのか?」
「・・・・・・」
ザルマは黙り込んだ。
彼の政治術をもってしても、ウエサマは到底対抗できる相手でないと思っているようだ。
せめて反論してくれればよかったのにと思いながら、康大はため息を吐く。
「そういうわけで、俺達の今後の方針はアルバタールに会いに行く一択だ。けどまあ今すぐってわけでもない。命令が出たのついさっきだから、ウエサマから例の協力者に話がまだ通じてない可能性もある。だから、しばらくの間はアルバタールの事を調べてようと思う。というわけで――」
いつも通り圭阿に偵察、ザルマに情報収集を頼む。
またザルマにはソンチアーダと再び連絡を取ることも頼んだ。
こちらの素性が完全に知られているのなら、もはや関係を隠す必要はない。むしろ連絡を密にしてこれからの対策を取るべき、康大はそう考えた。
ザルマは分かったと言ってその場から離れ、圭阿は知らぬ間に姿を消していた。
「さて、これから私達はどうすべきかだが、その前にコータに言っておきたいことがある」
珍しく康大が今後の方針を立てる前に、ハイアサースが口を開いた。
腹が減ったから何か食べようとでも言うんだろうなと思いながら、康大は話を聞く。
「今回ウエサマに私達の情報が筒抜けだったみたいだが、私は思うにアン殿下から情報が漏れたのだと思う」
「え……?」
意外にもハイアサースの話は、今回の件とは無関係な食欲優先の話などではなかった。
むしろ重要な指摘とすら言えただろう。
だが、康大にとっては食事の話以上にくだらない話だった。
「またその話か……」
康大はうんざりした。
ハイアサースと違って、今の康大にはアンを疑う気持ちがもはや欠片もない。
それにハイアサースの口から他人を貶めるような話は聞きたくもなかった。
「俺には彼女を疑う気は毛頭ない。たとえウエサマに話したとしてもそれは彼女の父親に対する善意からだ。これでこの話は終わりだ」
「・・・・・・」
ハイアサースは大分不満そうだったが、何も言わなかった。
康大も少し悪い気がしたが、聞いていて不快になる話を聞く気もない。
「……私が今言いたいのはこれぐらいだ。それで、コータはこれからどうするんだ?」
話はハイアサースの方から変えられた。
文字通り不承不承といった風だが、康大はそこは無視してその流れになる。
「さっきも言ったけど、とにかくまずはアルバタールについて知りたい。俺はウエサマだってよく知らないのにアルバタールはなおさらだ。圭阿とザルマに調べてもらってるけど、自分でもある程度調べないと――」
「だったら図書館が一番っす! 自分どうしても調べたいことがあるっす!」
目を輝かせながら、康大の話を遮ってリアンが言った。
どうやら隙あらば図書館に行く機会をうかがっていたらしい。
康大は少し考えた。
他に何かいいアイディアが思い浮かぶわけでもない。閉館時間が決められているか分からないが、もう夕方も過ぎ、あまり遅いと問題がありそうだ。考えている暇があるなら、とりあえず行った方がマシだろう。
そう結論付けた康大は、リアンの提案を受け入れ、以前と同じメンバーで再び図書館へと向かった。
――結論から言ってしまえば、図書館での調べ物はあまり意味はなかった。
やはり閉館時間は存在し、時間が全く足りなかったのだ。
文字が読めない康大はほとんど待ちぼうけ、読めるハイアサースにしてもどこから手をつければいいのか分からず、読んでいる時間より図書館内を右往左往している時間の方が長かった。
そんな2人など全く存在しないような態度で読書に没頭するリアン。
ただ表紙が読めるハイアサース曰く、読んでいたのはほとんど歴史や植物に関する書物で、あきらかに趣味を重視させていた。
いちおうアルバタールについても調べてくれてはいたようだが、その情報は圭阿達がもってきたものと大差はなかった。
いや、それどころか生の情勢をつぶさに見聞してきた分、彼らの方がはるかに有益であった。
「……つまりアルバタールの方は対立姿勢どころか、関係を修復したがってると」
『・・・・・・』
圭阿とザルマ、そして調査の途中で合流したソンチアーダは無言でうなずく。
開けて翌日――。
ここは、かつて康大達が使っていたあのアジトとは違う場所にあるもう一つのアジト。何かあった際にこうして予備のアジトを用意していたのだ。
ただ予備だけあって来客用には作られておらず、以前の家と比べると何とも殺風景で、最低限の生活しかできそうにはなかった。
皆が戻ってくるまで寝ていた康大も、一晩で使えなくなった旧アジトの上質のベッドに泣きそうになった。
「過去アルバタールとウエサマの関係がこじれたことは幾度もあった。むしろ蜜月だった時の方が珍しいぐらいだ。だがそれでもアルバタールの方に力があったため、歴代ウエサマは全て不承不承アルバタールの意向を受け入れていたそうだ。それが今になって大きく変わった」
「まああんだけ有能でおっかないからな」
「それ以上に、今までお飾りだったウエサマが強力な私兵を持つようになったことが大きい。今までは文句を言ったところで、周りにいるのは阿諛追従するだけの貴族しかいなかったからな」
「それでござる」
次いで圭阿がその軍隊について話し始めた。
「拙者が見た限り、この街にいる軍人の割合はむしろあるばたーる派の方が多いと思われるでござる。長年都を守ってきたのですから、それも当然と言えば当然。うえさまも現状のままであるばたーると戦を始めることは出来ぬでしょう。しかしうえさまに大義名分が――あるばたーるから仕掛けたのなら、それも覆るかもしれませぬ」
「だとしたら俺達のスパイ云々は口実で、何とかしてアルバタールを暴発させたいのかもしれない、か」
「如何様」
圭阿は頷いた。
「あの、ところで国にはどう報告しておきましょう……」
おそらくこの場で最も青い顔をしているソンチアーダが恐る恐る口を開いた。
それも当然だ。
隠し切ろうと思っていた康大とフジノミヤの関係はすでに知られ、それどころか完全にこちらの内情も把握されているのだから。
現場責任者の彼としては、どう報告したところで自分の首が無事で済むとは思えない。
康大はソンチアーダの質問に少し考える。
……本当に少しだけで結論が出るのは速かった。
「……正直に話すべきだろう」
「・・・・・・」
ややもして言った康大の言葉に、青い顔をさらに青くさせ、ゾンビのような顔になる。
その表情があまりに健康上危うかったので、康大すぐに理由を説明した。
「隠したところで殿下にはいずれ確実に知られる。だったら最初に素直に報告すべきだ。それに何を言っても俺達を国に呼び戻すことはできないし、人を送ることもできない。国境が閉鎖されてるんだからな。まああの合理主義の殿下の事だから、たとえ失敗したとしても「責任とって死ね」とは言わず「そのまま残ってなんとかしろ」って言うだろう」
「・・・・・・」
ソンチアーダはアムゼンの側近ではない。あくまで家がアムゼン派なだけである。
さらに厄介払いのように左遷される程度の立場、話すどころか会ったことさえなかった。
そのため、康大の説明はあまり納得できなかったが、それでも信じることにした。
……信じなければ遠くない未来に自分の首が物理的に飛ぶ事が確定してしまうのだから。
「で、まあ俺達としては現状をなんとかするために、嫌でも罠でもアルバタールに会わないといけない。あんまり遅くなるとウエサマにあらぬ疑いをもたれるし、そろそろ話が通じてるかもしれないから今から行って――」
「何とも殺風景な部屋だな」
『 ! ? 』
突然聞こえた仲間以外の声に、全員が瞬間的に身構える。
……いや、リアンだけは達人のように全く動じなかった。
もちろん本当に達人だったのではなく、あまりに戦闘経験が無さ過ぎて、反応するだけ無駄と脳が怠けていただけであったが。
「確かアンタは聖主の傍にいた……」
「よくも逃げずにいたもんだな。そこは褒めてやってもいい」
康大はすぐに闖入者が誰か思い至る。
声をかけた誰かは教会で会ったあのローブの男だった。
今回は最初から砕けた口調だが、声と全く同じ格好から間違いようもない。それに砕けているのは口調だけで、立ち居振る舞いから感じる不気味さは、あの時と同じだった。
また、不気味なだけでなく、能力も疑いようがない。
圭阿がここまで近づかれるまで全く気付けなかったのは、尋常の事ではなかった。康大達は知らなかったが、このセカイでこれが出来たのは、あのアサシンを含めて2人だけだ。
本当にその場に滲み出たような――。
(いや、実際魔法で突然現れたんだろうな)
魔法に詳しくない康大には該当呪文は分からなかったものの、それ以外の方法は思いつかなかった。
本当に逃げ場がないなと思いながら康大は話に応じる。
「どうせ逃げたところで無意味だろう。それよりとっとと内通者に会わせろ」
「ほう、あの時は借りてきた猫のような態度だったが、仲間がいる今は強気だな。その変わり身の早さ、俺は嫌いじゃないぜ。だが残念ながら、そちらからのアプローチには問題が生じた」
「問題?」
「ああ、当てにしていた者が不慮の事故に遭い、昨日死んだ」
「・・・・・・」
その話を聞いても康大は驚かなかった。
神出鬼没のこの男の事、事故に見せかけて殺すことなど容易いだろう。
理由は推測することしかできないが、接触してみたら二重スパイだったのが分かったとかそんなところだろう。
重要なのは誰が何で死んだかではなく、自分達の与えられた命令に対する影響だ。
「……だったら俺達が会う口実もなくなったな」
「いや、それがそうでもないのだ」
ローブの男は何が楽しいのか、「くくく……」とくぐもった声で笑う。
この男がすると、どんな仕草もとてつもなく不吉に見えた。
「聖主としてもお前達がアルバタールと会わないことには、何も始まらないのでな。わざわざお前らを正式な使者に任命し、紹介状までご用意された。ありがたく受け取れ」
そう言って男は蜜で封がされ折りたたまれた紙の束を康大に投げたよこす。
とてもありがたみが感じられない扱いだ。
康大はそれを何とか受け取った。
「たとえ緊張状態でも、聖主の使者をアルバタールは蔑ろにはできまい。さて、要件は以上だ。せいぜい聖主の為に気張るといい」
男はそう言うと、現れた時とは違い室内を歩き、玄関の扉を開けて、アジトから出て行った。
圭阿は念のためその後を追う。
康大はそれを一瞥した後、すぐに渡された紹介状に視線を移した。
ウエサマが保証人なだけあって、アムゼンからもらった通行証よりはるかに豪華で、また重々しかった。
そもそもただの紙ではなく、蜜蝋に宝石が埋め込まれている。
この書状だけでも1年間遊んで暮らせそうだ。
康大が色々な角度で眺めていると、すぐに圭阿が戻ってきた。
果たして圭阿は「不覚にも見失ったでござる……」と悔しそうに予想通りの報告をした。
「だろうな。圭阿も分かってるだろうけど、あいつはハンパじゃない。それよりこうして書状が手に入った、というか押し付けられた以上、すぐにアルバタールに会いに行かなくちゃまずいだろう。ソンチアーダ――」
「は、はい!」
「アルバタールのところに案内してくれ」
「わ、分かりました!」
ソンチアーダは何度も首を縦に振る。
もうここまで事態がひっ迫した以上、余計な口は挟まず康大達に全て任せようと腹に決めていた。
「コータ、出発の前に一つ言いたいことがある」
アジトから出て行こうとした康大を、不意にハイアサースが真剣な表情で止めた。
康大は知らずに唾をのむ。
いつも能天気なハイアサースとはいえ、最近は時と場所を考えて言うべきことも言う。
今回もそんな感じに思っていたが――
「康大の件で昨日は朝から動きっぱなしの上、まともに食べていない。腹が減っては何とやら、まずは朝食を食べないか?」
――どうやら買いかぶりすぎだったようだ。
康大は苦笑しながら「そうだな」と婚約者の提案を全面的に受け入れることにした……。




