感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第13章
最近目を覚ますと、妙にけだるいことが多い。
しかし、久しぶりにベッドで寝ることによって、康大はその理由に気付くことができた。
「……そりゃ馬車とか野宿とかかったい所で寝てたら、体もいたくなるよな。ゾンビとか抜きにして」
気付きはしたが、それは至極当たり前の理由だった。
そんなところで寝続けていれば、疲れが取れる訳もない。
しかも半端な時間の睡眠で、体内時計の混乱も馬鹿にならなかった。
康大が寝ていた部屋は二階にあるため、しまっている木戸を開き、深呼吸をする。
ソンチアーダからは開けるなとは言われていない。
「朝か……」
窓から差し込む日の光で、康大はようやく今の時間を知った。
このセカイでは時計が存在しないため、窓を閉めた室内にい続けると時間の感覚が完全にマヒする。
康大は腕をぐるぐる回しながら1階に降りる。
下ではちょうど食事の準備が行われていた。
「相変わらず遅いな」
食器を配っているハイアサースにいつものように文句を言われる。
ただ康大としては、テーブルに座っているだけで本を読み続けているリアンと、実質そこまで変わりはないのではないかと文句を言いたくなった。
「おはよう。他のみんなは?」
「ケイアとザルマはまだ戻っていない。ソンチアーダは奥で朝食を作っている」
「料理できるんだ」
「得意らしい」
「ふーん」
少なくとも厨房から流れてくる臭いは食欲をそそるものだった。
起きてからまだ1分と経っていないが、最近適度な運動……を通り越した地獄の責め苦が続いているため、朝起きてすぐでも腹が減っていた。
以前は疲れすぎて食欲すら出なかったが、この末期的な体も最近ではこの環境に慣れてきたらしい。
「おまちどうさまです」
大きなトレイに料理を乗せて、ソンチアーダが現れる。
「実は私料理が得意で、噂の異邦人から料理を習ったこともあるんですよ」
「あ、また何か嫌な予感が……」
ソンチアーダの言葉と皿に盛られている料理を見て、康大の背筋に悪寒が走る。
一方、純粋に食欲だけしか存在しないハイアサースは、ソンチアーダにその料理について聞いた。
「これは一体何なんだ?」
「タコス、という物らしいです。少し辛いですが美味しいですよ」
「ほう、それは楽しみだ」
「俺はこの後待ち構えている未来を想像すると、素直に楽しめないな……」
このセカイにタコスが元から存在するはずがない。
そして、圭阿のセカイにも当然あるわけがない。
極めつけに、こういう時に限って彼女は狙ったように席を外していた。
「あ、でもタコスなら持ち運びできるし、冷めても問題ないからいけるかも」
康大は妙案とばかりに手を叩く。
「どうしました子爵閣下?」
「いや、ここにはいない圭阿の分も作っておいてくれないか。彼女もきっと食べたがっていると思うんだ」
「はあ、材料に余裕はあるので構いませんが」
「コータはずいぶん気が利くな」
「お前はもっと気を利かせてくれ……」
そうしていれば、ハイアサースも圭阿から陰湿な嫌がらせを受けることもないだろうに。
それからその時アジトにいた全員で朝食をとる。
ここにいない人間達の分は食べ終わってから作ることになった。
今回のタコスは1人1つなので、ハイアサースに食べつくされることもない。
「うまいうまい」と言いながらすぐに食べ終わり、少し物足りなさそうではあったが。
「これ本を読みながら食べるのには便利っすね」
「貴族の娘とは思えないほど行儀が悪いなお前は。タコスのサルサソースが本にこぼれるかもしれないからやめとけ」
「確かに本が汚れるのは勘弁っす」
そんなことを言い合いながら、朝食の時間は進んで行く。
最近にはないゆったりした時間であった。
そして全員が食べ終わると、ソンチアーダは圭阿とついでにザルマの分を作るべく再び厨房に戻って行く。
今回は圭阿も念願かなって現代日本……もしくはメキシコの料理を食べることが出来そうだ。
一度食べれば次回見過ごしても、陰湿ないじめをすることもなくなるだろう。
そんな康大の呑気な考えはザルマの帰還によって雲散霧消する。
「大変だ!!!」
アジトの扉を開けると同時にザルマが叫んだ。
その表情もただ事ではなく、顔面蒼白で、今にも倒れそうであった。
外傷が見られないことから負傷が理由ではない。
何かとてつもなく悪い知らせを聞いたようであった。
「どうした藪から棒に?」
ハイアサースが康大に先んじてザルマに尋ねる。
康大は色々考えてから行動する分、ハイアサースの方が咄嗟の反応は速い。
ザルマは質問には答えず、コップに残っていた水を一気に飲み干し、
「げほっ! げほっ!」
思い切りむせる。
戦場での滑稽さを彷彿とさせる醜態だ。
普段のザルマらしからぬ姿である。
圭阿が絡まなければ、ザルマの日常での仕草は洗練されている。そうでなければあそこまで女性にモテはしない。
逆説的に考えれば、
「まさか圭阿に何かあったのか?」
この醜態は圭阿抜きには考えづらかった。
ザルマは鼻から水を垂らしながら、康大の言葉に激しく首を縦に振る。
そして自分を落ち着かせるように深呼吸してから言った。
「ケイア卿が殺される!!!!!!!!!」
ザルマの言葉にその場にいた全員が唖然とした。
あの圭阿が死ぬとは到底思えない。けれども、圭阿に関わることでザルマは冗談でもそういった話はしない事も皆知っていた。
「とにかく落ち着け」
「お、落ち着いてなどいられるか! ケイア卿が、ケイア卿が!」
「落ち着け大バカ野郎!」
康大はザルマを引っぱたく。
加減はしたが、ゾンビの力でザルマは吹っ飛び、強かに壁に背中を打ち付けた。
「あ、やべ」と康大は、やり過ぎたことを反省した。まるでホラーコメディー映画の一幕のようである。
康大は気を取り直して改めて聞く。
「俺達はずっとここにいて状況が分からない。とにかく何があったか具体的に話すんだ」
「うう……そ、そうだな……」
ザルマは背中をさすりながら立ち上がった。
痛みで頭も多少は冷えたようだ。
「今朝方ここに帰る途中、天城の近くでウエサマによる公開処刑の準備が始まっていた。そしてその台上に、磔にされたケイア卿がいたのだ。本来だったら何をおいても助けるべきだった。だが俺は臆病にも怖くなり、ここに逃げ帰ってきてしまったのだ……」
ザルマは自らの不甲斐なさに顔を顰めながら言った。
頭の中ではいつも颯爽と囚われの姫を助ける騎士の姿を思い描いていたのだろう。
だが実際は騎士どころか、情けないただの臆病者だった。
本人はそう思っているのだろうが――。
「ザルマ、慰めるつもりじゃないけど、俺はお前のとった行動は正しかったと思う」
「何故だ!?」
「お前は圭阿と違って完全にフジノミヤの人間だ。それで圭阿を助けたりしたら、フジノミヤがウエサマに対する反逆者になる。その責任をお前はとれるのか?」
「それは……」
康大の言葉にザルマの青い顔がさらに青くなる。
あの場で圭阿を助けるのは結局ただの自己満足に過ぎず、フジノミヤ人全ての立場を危機に陥れる愚行だったとようやく理解できた。
本来なら康大が言わなくとも――政治に疎い康大ですら思い至ったことである。
それほど今のザルマは焦っていた。
ザルマも自分の焦燥と間抜けさを理解したのか口をつぐみ、黙り込む。
今の自分がこれ以上は何を言っても泣き言にすぎない。
「しかしコータ、このままケイアを放っておくわけにもいかないだろう」
「その事なんだが、放っておくおかない以前に気になることがある」
「気になること?」
「ああ、なんで圭阿は生きてるんだ?」
「おい!」
そのあまりと言えばあまりの言い方に、ハイアサースでさえ康大に詰め寄る。
一方の康大は冷静だった。
自分の死に直面した時と同様、圭阿の死も高い位置から俯瞰的に見ることができていた。
激昂するハイアサースに構わず康大は話を続ける。
その瞳には、仲間達のような焦りや絶望は全くない。
ただ機械じみた合理性に基づく思考だけがあった。
「圭阿の事だから俺達やフジノミヤの素性は隠し通したはず。そもそも圭阿の性格を考えれば、捕まった時点で自害を選んだはずだ。それがこうして未だに生存し、わざわざ公開処刑までするのは色々と不自然だ」
『・・・・・・』
康大の冷静な分析に全員が黙り込んだ。
まさか旅の仲間で絶体絶命の窮地にいるというに、ここまで他人事の様に話せるとは。
何よりほかならぬ康大自身が冷静すぎる自分に驚いていた。
まるで死体の前で顔色一つ変えずに推理する名探偵になったかのようだ。
それでも思考を止める気はない。
自分以外、この場でまともに頭を動かせる人間がいないのだから。
「以上のことを踏まえると、ウエサマ陣営には圭阿を殺さず捕縛できる桁違いの使い手がいて、公開処刑は情報を得られなかった圭阿を囮に使った罠だと考えられる。無策で俺達が助けに行ったところで一網打尽だ。無視しても脅しにはなる。どっちに転んでもウエサマに損はないだろう」
「……ではどうする気だ?」
ようやく康大の半分ほどの冷静さを取り戻したハイアサースが、苛立った口調のまま聞いた。
理不尽と分かっていても、康大の冷静な態度が癪に触ってしようがない。
康大もその理不尽さを理解しながら、その点については特に何も言わなかった。
今はそんなくだらない事を言い合っている場合ではない。
「ソンチアーダ、今までの話聞いてたよな?」
「・・・・・・」
タコスを持ったまま呆然としているソンチアーダは、ただ首を縦に振ることしかできなかった。
「公開処刑はこれが初めてじゃないはず。今まではどういう段取りで行われていたんだ?」
「そ、そうですね……」
ソンチアーダは一端タコスをテーブルに置き、腕を組んで記憶の箪笥をほじくり返す。
幸いにも、というべきか不幸にもというべきか、それほど昔の出来事でもなく、すぐに説明を始めた。
「朝の間に布告し、日が最も高い位置にあるときに断頭台で首を刎ねるのが決まりです。公開処刑は儀式ですから、今回に限って早まることもないと思いますが……」
「つまりそれまでは時間があるということか」
普段はマイナス面ばかり見ている康大が、この時はプラス面のみを見る。
今の状況が崖っぷちにいるようなものなのだから、マイナスを探してもしようがない。
そう思えた。
「やはり助けるしかないだろう!」
「だ、だが、このまま行けばフジノミヤに迷惑……いや、それどころかウエサマとの戦争が始まるかしれん……」
「貴様は日ごろあれほど執着しているのに、無視するというのか!?」
「だ、誰もそんなことは言っていない!」
ハイアサースとザルマが珍しく怒鳴り合う。
最終目的は同じはずなのに、気がせいて口を開けば言い争いをしてしまう。
そんな2人を見ていると、さらに康大は冷静になっていく。自分は当事者ではなく、無関係の第三者のように思えてくる。
たとえ冷血漢と呼ばれようが、その冷静さはこの場において大きな力になるはず。
康大はそう信じて疑わなかった。
「みんな聞いてくれ。先に言っておくが今から圭阿を助けに行くことはない。絶対に、だ。圭阿自身もそれを望んでいるだろう。だがこのまま見捨てる気もない。圭阿を失えば俺達は何もできなくなる。そのために集めるんだ」
「何をっすか?」
今まで蚊帳の外に置かれていたリアンが尋ねる。
圭阿との関係が最も薄い異国人のため、康大同様彼女も取り乱してはいなかった。
……冷静ではあるものの、特にいい案もなく、それどころか見捨てた方がいいのではと思っていたが。
「ウエサマと公開処刑についてだ。とにかく情報が欲しい。小さなもの大きなもの何でもいい。圭阿を助けるため、フジノミヤを臭わせずにウエサマと交渉できる材料が欲しい。圭阿を殺したくなかったら、死ぬ気で集めてくれ。ここにいる全員で」
『・・・・・・!』
康大の言葉にその場にいた仲間達ははっとした。
結局自分達は騒いでいるだけで、圭阿を助けるために何らまともな行動をとれていないことに気付かされたのだ。
「ただ色々勘繰られると面倒だ。ソンチアーダとザルマはそれとなく聞いてきてほしい。俺とリアンとハイアサースはまた図書館に行く。ソンチアーダとザルマは昼近くになったらとにかくここに戻って来て、進捗を教えてくれ」
「分かった!」
「うわっ!?」
ザルマは強引にソンチアーダの手をつかむと、そのままアジトを飛び出していく。
その衝撃で圭阿の朝食がおじゃんになったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「図書館に行くのはいいが、そこにウエサマの情報はあるのか?」
「そうっすね。今上ウエサマのことはみんな怖くて都合のいいことしか本に書けないっすよ」
「目的は本じゃない」
2人の言葉を康大は否定する。
「リアンには本を当たってもらうけど、俺とハイアサースは人を当たる。ほらいるだろ、図書館にいつもいて、ウエサマのことをよく知ってる人間が」
「……アン殿下か!」
ハイアサースもすぐにその人物に思い至った。
「そうだな、彼女なら父親なのだからかなり詳しいだろう。分かったすぐに行こう」
「それじゃ自分は本を探すっす」
そして3人もアジトを出ていく。
その際床に散らばったタコスを踏みつけてしまったが、ハイアサースにさえそれに気づけなかった……。




