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感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第10章

「ただいまー」

 そう言いながら康太がアジトの扉を開けると、中には誰もいなかった。


 ハイアサースはふうと息を吐き、胸当てを外す。

 ナゴヤを出発してからほとんどつけっぱなしであったため、苦しかったのだろう。

 いつものように効果音入りで胸が解放され、文字通り暴れる。


 康大はその様子に、これもいつものように目が釘付けになった。


 いつもならここでザルマあたりが呆れたり、圭阿が親の仇を見るような眼でハイアサースを睨んだりして、()()()()()()にはならなかった。


 だがこの場にいるのは2人だけである。

 仲間達もいつ戻ってくるのか分からない。

 そしてハイアサースは婚約者だ。


 そのことを意識すると、康大の胸は早鐘を打つように激しく鼓動した。

 

 ハイアサースが何を思ったのか、背中を向け、普段しない髪をかき上げる仕草をする。

 流れる金髪が横向きの頬に微かに触れる様は、ひどく扇情的でより康大を興奮させた。


(もしかして誘ってるのか!?)


 康大は滅多に見ないハイアサースの女らしい仕草から、そう彼女の意図をとらえた。

 しかしその後、「童貞の分際で焦るな小僧!」という声が、脳内の童貞回路から聞こえた。


「み、みんな遅いな」

 最終的に少し前かがみの態勢で、声を裏ずらせながら言った。


 ハイアサースは康大の方を振り向くことすらなく、「そうだな」と答える。

 その後ろで康大の種の本能とメルヘンチックな童貞回路が「やれ!」と「やめろ!」人には言えないせめぎ合いをしていた。


「なあコータ」

 そんな情けない葛藤に苦しんでいる康大に全く気付いていない様子で、ハイアサースが振り返り、真剣な表情で言った。

 滅多に見られないハイアサースの態度に、康大の下心もいったん鎮火される。


「今まではこのゾンビ化も治す当てはなかった。だがこうしてそれもできた以上、その後の事も真剣に考えなければならないと思うのだ」

「その後のこと……」

「私は言うまでもなく予定していた村に行き、祭りを執り行う。それが終われば田舎に帰る。コータはどうするんだ?」

「俺は……そうだな」

 ミーレと話したように、今更現実セカイに戻る理由はほとんどない。両親の生存も分からずゾンビだらけで、こちらのセカイの方がまだ生きやすい。


 だからといって、このセカイで暮らしていく当てもない。

 フジノミヤの爵位をもらっていても、土地どころか家すらなく、具体的なプランも何一つもない。アムゼンに保険で恩を売っておこうとはしているが、その保険の使い道も具体的には分からない。


 少なくともこのセカイで本気で生きていくなら、さすがに今までのような根無し草では問題がある。

 平均的な日本人の康大はそう思っていた。


「正直あんまり深く考えてない。今はその余裕もないし」

「元のセカイに戻ろうとは思わないのか?」

「うーん。俺の住んでた所は今地獄みたいな状態だからなあ。身内も死んでる可能性高いし、それよりこのセカイで面白おかしく生きた方がいいのかなって思い始めてる」

「このセカイに残るのか……」

 ハイアサースは康大の言葉を聞いて、さらに深く考え始める。

 日頃能天気に生きている人間にそんな顔をされると、康大としても反応に困った。


 2人だけの沈黙は、大勢の沈黙より時の流れを遅くさせる。

 ひどく時間が経ったなと康大が思った頃、やおらハイアサースは口を開いた。


「私の村に来ないか?」

「え……」

 その時どういう顔をするのが正解だったのか。

 それが分かるほど康大は人生も恋愛経験も豊富ではない。


 ただその時の康大は完全に目が点になっていた。

 そんな康大を取り残したまま、ハイアサースの話は続く。


「流れで婚約者になってしまったが、私達はまだ会って1ヶ月程度しか経っていない。あまりにお互いのことを知らな過ぎると思うのだ。だからといって私がコータのセカイには行けない。だからとりあえずコータに私の村に来てほしい。それから婚約関係について改めて考えて欲しいのだ」

「……はい」

 康大は恐縮して頷いた。

 まさかハイアサースがそこまでお互いの関係を真剣に考えているとは、思いもしなかった。

 ふつふつと萌え上がっていた下心の芽も、今では畑に塩をまかれ、根から枯れている。


 この年で真剣に婚約、ひいては結婚について考えるには、康大はまだ幼すぎた。ままごとのような恋愛さえしていないのだ。

 セックスに関する妄想はできても、その先にある結婚出産育児までは完全に想像の外だった。


(でもそうなんだよな。婚約関係がこのまま続けばそうなるんだよな……)


 改めて父親になったエクレッドが大きく見える。

 それともこのセカイでは、家庭を持つことをそこまで大事だと思っていないのだろうか。誰でもいずれすることだと。


 なんにせよ、現代日本人の康大にとっては重すぎるイベントだ。


 1人でうなっている康大にハイアサースは苦笑する。

 少なくとも彼女はそこまで重大な話をしたとは思っていないようであった。


 康大がああでもないこうでもないと自問自答しているうちに、出かけていたザルマ達も戻り、結局ハイアサースとの話はなし崩し的に終わった……。



 全員が戻ってきたところで、さっそく康太は図書館での一件を話す。

 康大の話に最初に反応したのは、仲間の1人ではなかった。


「なるほど、アン殿下にお会いしたのですね」

 ソンチアーダがうんうんと頷きながら言った。


「ソンチアーダは当然アン殿下は知ってるんだよな?」

「はい。よく図書館におられることも。私の印象としては、とにかく目立たない方ですね。ウエサマの機嫌を気にされてか常に一歩下がった態度を取っておられます」

「実際会ってみてもそんな感じだった」

 ソンチアーダのアン評はおおむね康大と同じだった。

 ハイアサースのネガティブな評価が、理由を聞いても未だに理解できない。


「ハイアサースはあのお姫様は裏表があるって言ってるんだけど、全然そんな感じじゃないよな。単純にエリザベス殿下の逆恨みっぽい――」

「・・・・・・」

 康大の呟きに、ソンチアーダは賛成しなかった。

 それどころか、眉間にしわを寄せ、少し難しい顔をする。

 これには康大も無視するわけにはいかなかった。


「なんだ、本心は違うのか?」

「その、アン殿下の人となりが問題なのではなく、いつまでも天井の傍にいることが気になりまして……」

「なんでだ。母親が奴隷上がりでも実の娘ならいて当然だろ?」

「ご存じの通り、ウエサマは能力至上主義で使い道がない人間は肉親でもそばに置きません。現にエリザベス殿下は理由はなんであれ追放されました。もしアン殿下が見た目通りの方なら、とっくに政略結婚にでも使われ、都からいなくなっているのではないかなと……」

「なるほど、そういう見方もあるのか」

 ハイアサースの感覚的な説明よりははるかに共感できた。


 確かにウエサマとアルバタールが争っているこの状況で、無風状態でい続けるのは並の人間ではできない気がする。


「まあでもアン殿下と俺が関わることはあんまりなさそうだし、そこまで気を使う必要もないんじゃないか?」

「そうとも言えますが、もしその時が来た場合、子爵閣下も頭の片隅にはおいておいてください」

「分かった」

 ――そう口では答えたが、康大は結局何もわかっていなかった。

 その考えの甘さが、これから先どういう結果をもたらすかも。


「アン殿下のことはもうこの辺でいいでござろう。それより問題のれっどはーぶでござる」

 本当に珍しく圭阿が自主的に話題を変える。

 いつもの彼女は出された話題に対するリアクションしかしてこなかった。


 もちろんそうしたのには理由がある。


「現状、荘園に入る許可を取ることは不可能。然らばここは拙者の出番でござるよ!」


 つまり彼女は、活躍の場を求めていたのだ。

 最近は偵察ばかりで目立った功績を上げる機会もなく、その事を口惜しく感じていたのである。


 別に活躍したところで康大から褒美がもらえたり、叙爵されるわけでもない。

 ただの自己満足だ。

 それでも忍者としての矜持が彼女を突き動かしていた。


 康大は妙にやる気を出す圭阿の態度を不思議に思いながらも、「そうだな」と彼女の提案を受け入れる。

 今いる戦力で圭阿以外で荘園に潜りこめる者などいない。また、手助けしたところで足手まといになることも火を見るより明らかだ。


「まあウエサマも天城にいるだろうし、誰も植物園に興味なんか示さないだろうから、確かにそっちの方が現実的だな。うん、それじゃあ見つけたら首尾よくかっぱらってきてくれ」

「委細承知」

「いやまあ必要な事とは理解しているが他に言い方が……」

 ハイアサースが複雑な表情をする。

 それでも康大の治癒はそのまま自分の治癒にも影響しているため、反対はしなかった。


「ケイア卿、道中何があるか分かりません、是非ご注意を。このザルマ都でご無事を祈っております」

「貴様に心配されるほど衰えてはおらんわ」

 ザルマの言葉を圭阿は鼻で笑う。

 ただ、康大は少し気にかかった。


「珍しいなザルマ。普段なら「ご武運を」ぐらいのことしか言わないのに」

「いや、その、なんというか妙に嫌な予感がしてな……。都に初めて気が高ぶっているせいかもしれんが」

「お前そういう無駄なフラグは立てん方がいいぞ」

 康大の経験上、このセカイでは一度口に出してしまった心配が杞憂で終わったためしがない。このセカイの女神は、絶対に賽の目を面白そうな方に振っている。


「どういう意味だ。そもそもお前がよく使う"ふらぐ"という言葉自体の意味が分からん」

「そうだな、こっちのセカイ風に言えば、言霊とか呪いとかそういう意味が当てはまるか。実際に口に出したりそう考えてしまったせいで、嫌なことが現実になる可能性が高まる、みたいな。良い意味で使うときもあるけど」

「なるほど、つまり楽観的でいろということか。というわけでいま私の言った言葉はなかったことに――」

「いまさら遅いわ!」

「ですよね!」

 圭阿の延髄蹴りザルマにきれいに決まる。


 親友が顔から地面に倒れるさまを、ソンチアーダは何とも言えない顔で見ていた。


「……とりあえず私も今まで都で暮らしてきた人間として忠告するけど、絶対に見つからないようにね。私にはそのレッドハーブという物の必要性は分からないけど、見つかったらまずいことは明らかだから」

「そんなへまはしないでござるよ」

 圭阿は自信満々に答える。

 劣等感強めの康大にはできない表情だ。


 しかしそれも実力による根拠があればこそ。

 確かに、今までの圭阿の活躍を見れば、ザルマやソンチアーダの心配も康大には杞憂に思えた。


「それでは行ってくるでござる」 


 圭阿はそう言い、1人アジトを出ていく。


「それでは私達はどうする?」

「そうだな……。リアンもアレだし、しばらくは自由行動にするか」

「ならば私は教会に行ってこよう。音に聞いた都の教会は生きている間に一度は見てみたいと思っていたのだ」

「ならば俺はソンチアーダとともに、午前中の続きだ。話してみて分かったが前任者達はかなりの無能だったようだし、搦手を使えば何かできるやもしれん」

「そういえば君は昔からそういう交渉事が上手かったね。特にご婦人の垂らしこみ方が」

「誉め言葉と受け取っておく。役立たずと罵られるぐらいなら女衒(ぜげん)と蔑まされた方がはるかにマシだ」

「変わらないね君は。分かった、ご婦人達とも会えるよう私の方で手配しよう。世の中にはお嫁さんに頭が上がらない旦那もいるし」

 苦笑しながらソンチアーダはザルマとともにアジトを出ていく。

 その後にハイアサースも続き、残ったは康大1人になった。


「……よし寝よう!」


 1人になったところで、すぐにそう方針を決める。

 ゾンビになってから睡眠時間がより必要で、寝られるときに寝ておかないと、次にいつ寝られるか分かったものではない。


 幸いにもここには仮眠室どころか寝室が完備されていた。それもソンチアーダのようなそれなりの身分の人間達が使っていただけあって、寝るには申し分ないベッドもある。


 康大は目を瞑りながらベッドに倒れこむ。



 ……これから始まる恒例行事をすっかり忘れて。

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