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感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第9章

 幸いにも図書館は都でも有名なスポットで、道行く人に尋ねたらすぐに場所は分かった。

 街の区画も中心部は現実の京都同様碁盤目状であったため、康大達は迷うことなく図書館に到着する。



「ここが図書館っすか……」

 リアンは図書館を前にして感慨深げに言った。

 そこまで思い入れのない康大とハイアサースは、そこそこ歩いたかなぐらいの感想しかない。


 図書館は智と死の図書館のような学校同然の作りではなく、パルテノン神殿のような見た目をしており、開放的で人の行き来もそれなりにあった。


 図書館に入った康大達は、まず受付を済ませる。

 このあたりは現実セカイの図書館と同様であった。


 受付では名前と、出身国、そして官職を書くことを求められた。

 圭阿同様文字がまともに読めない康大には不可能な話で、代わりにハイアサースが記入する。

 もちろんリアンも記入は出来たが、見た目が貧相すぎる自分ではあまり相手に良い印象を与えないだろうと、ハイアサースに任せていた。


 ハイアサースが記入を終えると、受付はわざわざ一礼して図書館の説明を始める。


 ちなみにこれは康大がリアンから後で聞いたことだが、図書館は開放的に見えて誰でも使えるような施設ではなく、高貴な血統か爵位がある人間、もしくはその同伴者でなければ利用することはできない所だった。自分だけでは門前払いをされるのが関の山だ、と。

 康大がわざわざ丁重に出迎えられたのも子爵であったのためで、それより下の階級ではもっとぞんざいに扱われたろうという話である。


 そうとは知らない康大は親切だなと、そのサービス精神にむしろ感心していた。


 役に立つのか立たないのか分からない説明の後、受付を通って康大達はさっそく図書館を利用する。


 もっぱら本を探すのはハイアサースとリアンだ。

 文字が読めない康大は、基本待ちぼうけか、本を運ぶ手伝いである。


 傍から見れば、とても子爵になど見えない。

 せいぜい高貴な女騎士(ハイアサース)の従者がいいとこだろう。


 康大はせかせかと動いている女性2人を尻目に、椅子に座って大きなあくびをする。

 時刻は昼を過ぎており、図書館に行く途中で昼食代わりに屋台で適当につまんでいた。

 柱から差し込む日差しも暖かく、寝るには良い環境である。


 そこまで油断していたせいだろう。


 思い切り伸ばしていた腕が、後ろを通りかかっていた人間にぶつかってしまったのは。


「きゃっ!?」


「うおぉ!?」


 康大は思わず振り向いた。


 腕がぶつかった相手は女性だった。

 歳は若い……を通り越してやや幼い、中学生ぐらいの少女である。

 可愛げのある顔をしているが美少女と言うほどでもなく、赤毛でそばかすがある純朴そうな子だ。

 着ている服は上等そうであるものの、地位の高い人間しか利用できないこの図書館には、似つかわしくない風貌であった。


 まるで自分のように。


「こちらの不注意で申し訳ありません」

「ああ、いや、こっちこそごめん」

 少女がまず謝り、続けて康大もすぐに謝る。

 ここを利用するのだから身分は高いはずだが、それにしてはずいぶん腰の低い少女だった。

 それがこのセカイでは珍しくかったので、康大は思わず少女をじっくり観察してしまった。


「なんすか、コウタ子爵は自分達が調べてる間にナンパっすか?」

「あのなあ……」

 戻ってきたリアンの皮肉に康大は呆れる。

 年齢を考慮すれば将来有望かもしれないが、現時点はそこそこかつ素朴すぎる彼女から、あまり女性としての魅力は感じられなかった。


「え、そうなんですか!?」

「いや、君も本気にしないで」

「そ、そういうことではなくて、子爵様って……」

「あーそっちか」

 確かにこのセカイでは初対面の人間が自分をどう思っているかより、その人間の身分の方が大事だ。

 前者を気にするのは、本当に平和な現代社会ぐらいである。


「知らぬこととはいえ無礼な態度申し訳ありません!」

 少女は髪が床につくほど腰を下げ謝る。

 ここまでされると逆に自分の方が悪いように思えてくる。


「いや、気にしなくていいよ。ぶつかったのはお互い様だし。えっと……」

「アンと申します。その、いちおう聖主……ウエサマの娘なのですが……」

「では貴方が……」

 康大はすぐに威儀を正す。


 これまで聞いた話からエリザベスに姉がいることは理解していた。

 ただ、エリザベスが毛嫌いしていたイメージと実際の彼女とでは、かなりかけ離れているように見えた。 

 少なくとも、知らない人間がぶつかったら謝るあたり、常に尊大な妹よりはまともだ。

 ソンチアーダが言っていた噂も本人を見ると信ぴょう性が増す。


「貴方が聖主のご令嬢なら私の方が身分は下です。子爵と言っても田舎の国のなんちゃって子爵にすぎません」

「いえ、私なんて庶子ですし、こうして図書館を使わせていただくだけでも身に余ることです。父……聖主からも、そこまで期待されているわけではありませんし……」

 少女――アンは申し訳なさそうに言った。

 そんなことはないだろうと康太は否定ようとしたが、その一方で彼女の話には確かに頷ける点があった。


 まずその恰好は上質の素材を使った服だということは分かるが、ウエサマ――現実セカイにおける天皇の娘が着るにしては質素すぎる気がした。

 せいぜいどこかの貴族の娘がいいとこだろう。


 そして何より康大がぶつかった時、誰も何の反応もしなかった。


 本来なら警護やお付きが駆けつけてしかるべき身分である。

 実際、追放されたと言われているエリザベスでさえ、彼女の下で働く人間達が大勢いたのだ。

 

 庶子ということを差し引いても、彼女の今の境遇は軽んじられすぎている。

 それはあまりに不自然であった。


「私の母は貴族ですらない奴隷上がりの侍女です。天城に住めないとはいえ、今こうして人並みに生活できるだけでも、十分聖主に感謝しています」

「・・・・・・」

 康大はアンに対しどう思っていいのか迷った。


 確かに同情するほどひどい境遇ではない。

 しかしウエサマの娘としてみれば、扱いがあまりに悪い……というか放任すぎる。

 まるでどこで犬死しても知ったことではないといった風だ。どちらの娘に対しても愛情の欠片も感じられない。


「アン殿下はずっと図書館を使ってるんすか?」

 相変わらずリアンが、今までの流れを一切無視した空気の読めない発言をする。


 尤も今回の様にそれがいい方に働く場面もある。


 この話を続けていると、何か暗い方向に思考落ちそうな気がした。リアンの話題転換は康大にとってありがたい。


 アンも突然の問いかけに面食らったようであるが、とりあえず「はい」と答える。


「それだったら例の事聞いてみたらどうっすか?」

「例の……ああ」

 言うまでもなく"例の"とはレッドハーブのことだ。

 リアンもその点だけは空気を読んで、言葉を濁してくれたらしい。


 ……残念ながらレッドハーブを探していることを知られたところで、現状康大にそこまでのマイナスないのだが。


「アン殿下、実は私はレッドハーブという植物を探しています。心当たりはありませんか?」

「レッドハーブ……聞いたことがある気がします」

『!?』

 康大とリアンの顔色が変わる。


 都に来て、初めて有力な情報を手に入れた。

 康大の掌にも自然と汗がにじみ、肉球が変な音を出した。


「今のは?」

「靴が擦れた音です。それよりどこで見たんですか!?」

「あれは確か……。それよりもまず勘違いの可能性もあるので、しばしお待ちを」

 そう言って去って行ってアンと入れ替わるように、ハイアサースが戻ってきた。


「あの子は何者だ?」

「アン殿下。例のウエサマの娘の……」

「ほう、つまりあの方がエリザベス殿下が悪し様に言っていた姉君か。ずいぶん毛色が違っているな」

 彼女が姫であることには驚かず、ハイアサースはそうアンを評した。

 ハイアサースの言葉に康大は頷く。


「性格も想像とは大分違ったよ。何事も控えめでいかにもな苦労人のお姫様って感じだった。なんか童話の主人公になりそうな感じ。あの子に比べるとエリザベス殿下は完全に敵役だなあ」

「さて、人の家の事情など他人の私達にはわからないさ。ただ、私はあのお姫様は嫌いではないぞ。良くも悪くも裏表がない。村の子供達もあんな感じだった」

「お姫様も村人Aと一緒にされちゃたまんないな」

 康大は苦笑する。

 そんなことを話しているうちにアンは戻ってきた。


 アンはハイアサースに軽く一礼して、読書用の台に持ってきた本を広げる。


「子爵様のおっしゃられたレッドハーブはこれでよろしいですか?」

「・・・・・・」

 康大は無言でリアンに読むよう指示する。

 自分は読んでいる風で挿絵の部分だけ見ていた。


 アンの言うとおり、本に載せられている植物の絵は茎から葉先まで真っ赤で、話に聞いたレッドハーブに近い気がした。

 ただ、リアンの黙読が終わるまでは確認する術はない。

 初対面のアンに文字が読めないことを告白するのは、いくら何でも格好が悪すぎる。


(ああ、文字の読めない人ってこういう気持ちだったのか……)


 思わぬところで文盲の人の気持ちが分かる康大であった。


 やがて該当箇所を読み終えたリアンが、康大に対して頷いた。


「どうやら本当にレッドハーブらしいっす。ただ、どこにあるかまでは書いてないっすね」

「場所でしたらだいたい見当がつきます」

「本当――ですか?」

 再び大声を出しそうになった康大は、寸前で自分の口を押え、声を落とした。

 それでも話は聞こえたようで、アンは頷く。


「はい。以前聖主の植物園で見た気がします」

「その植物園は天城に?」

「いいえ、街から少し離れた場所にある、聖主の荘園にあります。ただそこは部外者がおいそれと入れる場所ではないので……」

「差し出がましいかもしれませんが、アン殿下からお口添えは」

「・・・・・・」

 アンは悲しそうに首を横に振った。


「私には自分から聖主に話しかける権利すらありません。どうか私のことはただの庶民の娘と思ってください」

「そうですか……」

 康大はがっくりと肩を落とした。


 しかし今回は落胆するばかりではない。

 こうしてようやく確かな情報が得られたのだ。

 むしろ大きすぎる一歩だった。


 その後、しきりに頭を下げるアンと別れ、康大達は図書館を出た。


 ――いや、康大とハイアサースは図書館を出た。


 予想通りというべきか、リアンは「ちょっと用が……」と言って踵を返し、本の森に戻って行ったのだ。おそらくグラウネシアの時同様、閉館時間までいるつもりだろう。


 自分という保証人がいないことに一抹の不安を覚えたが、退出時の受け付けは素通りだったし出るだけなら問題ないかと考え、結局本人の好きにさせた。

 ……リアンが梃子でも動きそうにないため面倒になったともいえるが。

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