変態の気配
それから放課後。
テレビのニュースとかでカルガモの親子の行進を見たことあるかな。雛達が親鳥の後をひょこひょこと追いかけるアレだよ。あれってカルガモ親子からしたら命の懸った必死の大移動なんだろうけど傍から見る側としては、んまぁ可愛いよな。特にちっこい雛達が、お母さんの後をよちよちと健気に付いていく姿…………そう、コイツのように………。
うん。俺が何で急にカルガモ親子の話しをしたかというと、今まさにそんな状況だったからだ。
「カモガモ、ヨチヨチ」
「付いて来るなよ⁉」
俺の後ろを執拗に追いかけ回す夜空。
「お母さん、待って〜」
「誰がお母さんだよ⁉」
「お兄ちゃんが溝に落っこちゃったよ~」
「知らねえよ⁉」
「私も一緒に図書室行く~」
「何でだよ⁉」
「気になるからだよ⁉」
「俺の真似すんなよ⁉」
コイツ、マジで鬱陶しくてたまらん。
「それに私は竜介のアシスタントだし」
「何がアシスタントだよ…」
「マスターから竜介が童貞卒業するまで補助するように命令を受けたの」
「そうかい」
「そう」
夜空のドヤぁと胸を張っている姿がウザくて仕方ないが、まあ良いか。どうせ今日限りでお前は解雇だ。
今朝の愛美の誘いが気になって今日は一日ずっと悶々と過ごしていたが、ふっん……。考えてみりゃあ、女子からの放課後の呼び出しなんて、ギャルゲーではごくありきたりなイベントだった。
そう、つまり逆告白イベント‼
ヒュー、俺もまさか相手から仕掛けてくるとは思わなかったぜ!
「夜空……」
「ん?」
「思えば、お前と初めて会った日に告げられた不吉な未来のこと。それが、俺が将来について真剣に考えるきっかけとなったんだ」
「そう?」
「ああ。それから運命が動き出したんだ。真面目に勉強するため図書室に行くと、何とそこに愛美がいて、俺達は数年ぶりにおしゃべりをした………その結果が今日なんだ」
「竜介の話しは分かりづらい。結局何が言いたいの?」
「要は……ありがとうな」
「………………は?」
夜空、俺からのささやかなお礼だ。お前が未来に帰って、今回のことをマスターに報告しやすいよう、俺達ラブラブ新カップルの誕生シーンを拝ませてやるよ。
旧校舎の三階、東階段を登って二番目の部屋。
とうとう図書室のドアの前まで来た。
俺の隣には、ちっこい雛鳥が一匹。
廊下を見渡す。他に人影はない。
ドアを見つめる。たちまち胸が高鳴り、気が高ぶる。
手を伸ばす。ドアノブを握る。開ける。
部屋の中だ。本棚。長机。椅子。それと、ダサい眼鏡を掛けた少女が一人。
歩く。床が軋む。
彼女を見る。椅子に座る。
「ハニー、待たせた?(イケボ)」
「う…ううん……」
愛美の視線が隣の夜空へと移る。
「こんにちは、委員長」
「え、うん…こんにちは」
彼女はひどく困惑した様子だった。無論、夜空がいるせいだ。
「ごめん、コイツ勝手に付いてきて。外させようか?」
「ううんぅ……」
煮え切らない返事。
「で、何の用?」
一方、夜空はズバリと尋ねる。
「……うん…」
「早く言ってよ!」
「あの……」
「もう! 用がないなら帰るから‼」
コイツ、愛美に対してやけに厳しく接するなぁ。
ていうか、別にお前に用がある訳じゃねぇだろ⁉︎ 呼び出されたのは俺だぞ!
「あのね、リュウスケ君!」
「あ、はい!」
バカは放って置いて。
愛美は俺のことをマジマジと見つめた。
「本当は昨日言いたかったことなんだけど……」
「昨日言いたかったこと……?」
「うん……」
「な、何…?」
「私……と……」
「私……と?」
「うっ…」
彼女の心臓の音まで聞こえる張り詰めた空気。ドク……ドク………ドク。
いや、これは俺の心臓音だ。俺も今までにないぐらい緊張していた。
「わ、わ、私と……!」
ここで愛美は一度心を落ち着かせようと深く息を吸い込む。そして、呼吸を止めて五分、彼女は真剣な表情をした。
「ぷはっ‼ ゴオェェエエ! ウゴッ‼ ハァ…ハァ……リュウスケ君、お願い、私と!」
「ちょっと待って!」
しかし突然、夜空が待ったをかける!
「んぅんだよ⁉︎」
「誰かいる」
「はぁ?」
「この教室に誰かいる」
俺達は周囲を見渡す。しかし目に入るものといえば、本棚と閲覧用の長机と椅子。それと今気付いたが、何かの展示コーナーが隅っこにあった。新着図書の紹介スペースか? にしちゃあ、並べてある本が随分とボロイような……。まあ、いずれにせよ人の気配など全くしなかった。
「き、気のせいじゃない……?」
愛美が怯えた様子で言う。
「私がここに来た時は誰もいなかったし、それからリュウスケ君達が来るまでも誰も訪れては来なかったよ」
だが夜空は首を横に振る。
「ううん。絶対誰かいる、感じるもん変態の気配を」
すると夜空は席を立って、おもむろに歩き出す。そして先程触れた、部屋の隅っこにある展示コーナーへと向かう。俺も好奇心から彼女に追従する。
「ふーん…」
展示コーナーには大きな机が一つ置かれていた。机の上には『おすすめ図書!』と印刷されたプラカードと一緒に、大量の書物がわざわざ表紙が見えるように並べられていた。
『エイボンの書』、『ルルイエ異本』、『妖蛆の秘密』、『屍食教典儀』、『1%の努力』などなど……。こりゃあ、どう反応して良いかわからんラインナップだな。
おっ、洋書まである。
『The King in Yellow』
俺は手に取ってページをパラパラとめくってみたが、当たり前のことではあるが全部英語で書かれていたため直ぐに元の場所へと戻した。
一言。 こんなの誰が読むんだ?
ご丁寧に展示スペースまで作って。どうせなら、もっとみんなが興味を持ちそうな本を置けば良いのによぉ~。
「私が選んで作ったの」
振り返る。
愛美が腕を後ろに組んで、もじもじと恥ずかしそうにしていた。
「ちょっと、私の趣味に偏り過ぎちゃったかもしれないけど……」
「へ、へえ……じゃあ、俺も一冊借りてみようかなー」
「そう⁉ 嬉しい! あっ、私その本が一番好きなんだ。そうそう、それ!」
愛美の一番のお気に入りとやらを手に取る。
『死霊秘法』
………………………………………………………。
「つんつん」
誰かが俺の肩を叩いた。といっても、夜空に決まっているのだが。
「何だよ?」
「見てて」
彼女はしゃがみ込み、展示机に敷かれていたシーツの端を掴む。床までダラリと伸びたシーツだ。それをグッと上へ引っ張ると、
「あっ!」
なんと机の下には人が隠れていた。それも、おおっーすんげぇ美女⁉
「ほら~! やっぱりいた! ね! ね!」
「ひぃ………ご、ごめんなさい……」
女の子は、まるで天敵に発見された小動物のように体を震わせていた。可哀想に、オドオドと今にも泣き出しそうだった。
ふっーんぅ…だけど、どっかで見たような子だな……。
「お兄さん⁉」
エッ?
「愛ちゃん……ごめん…………」
「…………………健ちゃん? 健ちゃんじゃないか⁉」
昨日会ったばかりなのに、俺は直ぐに彼女の……じゃなくて、彼の正体に気付くことが出来なかった。
未だに脳が混乱している。イメージがこんがらがっているのだ。子供の頃、一緒に仲良く遊んだ活発少年な健ちゃん。そして現在、目の前にいる女装姿のメチャきゃわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわんな健ちゃん。全く異なる二つの点がどうしても結びつかない。
「お兄さん、何やってんのよ⁉」
「うっ…ううっ……」
あっーあ、妹にどやされて、とうとう健ちゃんはシクシク泣き出してしまう。
ふぅ…。でも美少女の泣いている姿って何か興奮するなぁー。俺は別にリョナラーの趣味はないけど、でもこうグッと来るものがある! てか、女の子が可哀想な目に遭っていると守ってあげたくなるのが男の性だろ。だからかもしれない、胸がキュンとするのは。
わかるおじさん「わかる」
やっぱ、わかってくれるか~。
そうあの時も、あなただけはわかってくれた……。
竜助丸「お疲れ様です!」
+リライト粛清の神+「あっ、竜助丸ちゃん。お疲れ様~」
わかるおじさん「おつかれ」
スポンジデブ「オッツーw」
+リライト粛清の神+「もう学校終わったの?」
竜助丸「はい。テストだったんで! 今日は早く終わりました(≧▽≦)」
スポンジデブ「テスト期間中にネトゲw」
わかるおじさん「草」
竜助丸「たしかに普通じゃないですよね(藁)」
+リライト粛清の神+「でもタスカル、タスカル、マダガスカル‼ これから一狩り行こうと思っていたから、ナイスタイミングだよ~(笑)」
竜助丸「ありがとうございます! だけどテスト思ったより大変で、もしかしたら赤点補習になっちゃうかもです。そうなったら皆さんとのゲームの時間が減っちゃうよ~~(>_<。)\」
わかるおじさん「草」
スポンジデブ「だったら俺、勉強教えたげようかw」
竜助丸「本当ですか? ウレシー!」
スポンジデブ「www」
当時の俺はネトゲにハマっていて、更にはギルドメンバーの竜助丸ちゃんに恋をしていた……。
竜助丸「わー、スポンジデブさんの教え方わっかりやすいー!」
スポンジデブさん「オウフw よく言われるw」
竜助丸「あ~あ、スポンジデブさんみたいな優しい人が、私のお兄ちゃんだったら良かったな~(≧﹏ ≦) そうしたらいつでも勉強を教えてもらえる!」
スポンジデブ「ドユフフwww」
竜助丸「それか…………彼氏だったら…………キャッ(*/ω\*)」
スポンジデブ「どひひひひょょょょょほほほほおおwwwww」
そしてある日、とうとう決意する。
スポンジデブ「俺、竜助丸ちゃんに告白しようと思うんだw」
わかるおじさん「草」
スポンジデブ「いやw マジでwww」
わかるおじさん「がんばれ」
スポンジデブ「ありがとうw」
+リライト粛清の神+「スポンジデブ君……」
スポンジデブ「なんすかw」
+リライト粛清の神+「そういうのはちょっと………やめてほしいかな………」
スポンジデブ「えw」
+リライト粛清の神+「僕たち、あくまでゲームを楽しむために集まっている訳で、そういう個人的感情を持ち込まれるとギルドの『和』が乱れるというか………」
スポンジデブ「…………す、すいませんw」
+リライト粛清の神+「いや謝らなくて良いんだよ? だけど、モンハンは遊びじゃねぇーんだよ、真剣にやりたいんだ」
スポンジデブ「はいw」
+リライト粛清の神+「うん。あとさあ、語尾にいつもwって付けてるけど、やめた方が良いよ。ウザイから」
+リライト粛清の神+ログアウト後。
わかるおじさん「でも、わかる。スポンジデブさんの気持ち」
スポンジデブ「え…?」
わかるおじさん「好きな人のこと思うと、居ても立っても居られず。胸が熱くなって、苦しくなって、もう頭がおかしくなりそう」
スポンジデブ「……………………」
わかるおじさん「それに、好きな人に好きって言うの大切」
スポンジデブ「…………だけど……」
わかるおじさん「溢れる想いが止まらないのは青春の特権。あなたと二人で歩んでいく人生は幸せの条件。だから、誰に何て言われようと自分を貫くべき」
スポンジデブ「…………………わかるおじさんさんwww」
その後すぐに、俺は竜助丸ちゃんにアタックした。だが、彼女から自分は四十九才無職のおっさんだとカミングアウトを受けて、発狂した俺は現実を直視できず暴れに暴れまくり、味方を妨害しまくる害悪プレイヤーとなった結果、+リライト粛清の神+からギルメンを追放されてしまったのだ。
それでも俺は今でも大切にしています。あの時のわかるおじさんさんの言葉を。
…………………何の話しだ?
そうそう、女の子がひどい目に遭っているのを見るのはすごく興奮するって話し。
あっ、だけど健ちゃんって女じゃなくて男だった。てへ☆ また間違えちゃった。
まあでも泣き顔健ちゃんがメチャカワなのは事実なのだから、この際性別なんてどうでもいいか! いやむしろ見た目が可愛いのであれば男の方が得だと思う! だって付いてるもん!
………………………………………言っておくけど俺は男の娘趣味もないからな。
「この変態!」
不意の罵声にビクっとしたが、見れば夜空が健ちゃんのことを足先で小突っついていた。
「この覗き魔め。JK視姦罪で警察に突き出してやるからな」
「ひ、ひぇーごめんなさい!」
「やめろ、やめろ、やめろ」
俺は夜空を健ちゃんから引き離す。
「でも健ちゃん……何でこんなこと………ていうか、もしかして昨日もそこで隠れていたのか?」
「………うん」
「どうして?」
チラッ。彼は妹に目をやった。
「愛ちゃんのことが心配で……」
「シスコンか、お前。このシスコン変態覗き魔」
今度は健ちゃんの頭をポンスカと叩く夜空。コイツ、随分と変態に厳しいな。
「ごめんなさい! ウチの兄が……」
「本当。お兄さんの責任を取って、眼鏡ちゃんには土下座してもらうから」
「ええ……私が、ですか?」
「当り前体操」
「…………わかりました」
「いやいや本気でやろうとしなくていいから、愛美ちゃん!」
床に正座して、今にも頭を下げようとしていた彼女を慌てて制止する。
「そんなことより! 告白の続きを!」
「告白?」
「さっき言いかけてたじゃん!」
「……………あ」
すると、愛美は戸惑った様子で顔を赤らめた。
「いや……あ、その……」
「ん?」
「あの……告白…じゃなくて…………」
「え?」
「あの……ね…リュウスケ君も私と一緒にクラブ活動……つまり…………歴史クラブに入らない? って、誘いたかっただけなの………」
「…………歴史クラブ?」
「うん」
「………………………………………………」
「なんか、ごめんなさい……」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ツ。
「で、どうかな?」
愛美の歴史クラブに入りますか?
はい
いいえ
…………………………………………………。
はい←
「……うん。勿論、良いよ」
「あ、ありがとう」
愛美は物凄く嬉しそうな顔をしていたが、しかし俺はまともに直視出来なかった。
「……………………それじゃあ今日は帰る」
「ええっ⁉」
「じゃあ」
「待って、リュウスケ君もう帰っちゃうの⁉」
「うん、ちょっとね」
「…………竜ちゃん、大丈夫? 顔がすごく赤いよ」
健ちゃん、言うなや。
察してくれ。わかるだろ? 一連の流れを見ていたら、何故俺が顔を真っ赤に染めているのか。
「本当、熱でもあるのかな?」
しかし愛美も心配そうに顔を覗かせてくる。自分だって、まだ頬が赤いくせに。
兄妹そろって、俺のことを心配してくれるのはすごく嬉しいが………たのむ…! 今は放って置いてくれ……!
「竜介」
今度は夜空が何か言いたげな表情をしていた。
「何だよ?」
次の瞬間、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「勘違いって恥ずかしいね。ぷっw でも恋に浮かれて暴走しちゃうこと、良くある。大丈夫、大丈夫~」
「っつ‼」
……………………クソが。
「帰る!」
「あっ、ちょっとリュウスケ君⁉」
引き止める愛美達の声を無視して、俺は図書室から飛び出した。