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人生をかけたプロポーズ

 朝、目が覚めてまず考えるのは、今日学校を休む理由が何かないかだった。

 どこか体の具合が悪くないだろうか? 知らぬ間に台風が来てたりしないだろうか? 遠い親戚に不幸があって急遽葬式に出なきゃいけなくなったりしないだろうか? 何なら最悪、登校の際に命に関わらない程度に交通事故に遭ったりしないだろうか? と、いつもそんなことばかり考えていた。

 

 だけど今日は違う。今日は決意の朝。そして俺の人生で特別な日となる。


「俺は決めた、愛美ちゃんにプロポーズする」

「絶対、ダメ」

「どうして⁉」

 

 しかし隣から水を差すのは居候女、夜空マリエ。

 どういった手を使ったが知らないが、母をだまかして俺の家に侵入してきたのだ。彼女曰く、両親がトロピコ星人に攫われたため当分の間は雨神家でお世話になるとのことだ。

 

「そういうところだぞ、竜介」

「何がだよ?」

「あなたが女子にモテナイの」

「はぁ? やんのかテメェ」

「いきなりプロポーズなんてマジありえない。あなた、時たま人との距離感………特に女性とだけど、おかしいことがある」

「………え……」

「竜介に勧められたゲーム……なんて言ったっけ、ディズニ◯シーで暴走海水浴?」

「『ディズニ◯ランドで暴走ラブバトル』な。ふっ、アンドロイドのくせに記憶メモリが乏しいんだな」

「うるさい。とにかく昨日そのゲームをやってみたんだけど、要は同じことなの」

「何が?」

「ゲームが始まって早々に、主人公が大して仲良くないヒロインにいきなり告白したらどう?」

「そりゃあ、くそシナリオだな。俺だったらシナリオライターを叩く」

「そうそう。普通は段階を踏むでしょう? それはゲームでも現実でも同じ」

「いや、違うな」

 

 俺が余りにもキッパリと言い放ったので、夜空はドギマギしだした。

 

「な、何だぁ⁉︎  私に口答えか? 生意気だぞ、竜介!」

「生意気って……俺、一応お前のマスターだよな?」

「マスターは未来におけるあなたであって、現在のあなたは私にとって単なる雨神竜介に過ぎないから」

「あっそ」

「で、何が違うの? 竜介」

「さっきから馴れ馴れしく呼び捨てにすんじゃねぇよ。さんを付けろ、さんを!」

「竜介、竜介、竜介、竜介、竜介、竜介!」

 

 はぁ…。コイツ本当にアンドロイドか? だってロボットってこう、もっと無機質なもんじゃないのか。コイツの場合は人間臭さが鼻について仕方ない。

 

「………………彼女は俺に惚れている」

「あのヘンテコ眼鏡ちゃんが?」

「ああ。だからゲームで例えるならばチートモードだ。ヒロインは初めから好感度マックス!」

「ふーん」

「あれ? 何、その素っ気ない反応」

「別に」

「いやいや、何が気に食わないんだよ⁉ 言えよ!」

  

 しかし夜空は無視する。

 

「おい⁉」

「行ってきま~す」


 そして朝っぱらからのんびりしている俺なんかとは違い、彼女は学校に行く準備などとっくに終えていたので、靴をトントンと履いては颯爽とあいさつをして家から出ていってしまった。

 

「行ってらっしゃ~い!」

 

 少し遅れて母が応えるのと同時に玄関のドアがガチャリと閉まる。

 

「ちょ、待てよ!」

 

 俺も慌てて身支度をして後を追いかける。

 ……………………しかし何だ? どうして後を追いかける必要があるんだ? 何も一緒に登校しようって訳でもないのに、正直あの女のことなんてどうでもいいだろ。と、玄関から一歩出た瞬間、急に思い直した俺は結局ゆっくりと歩いて行くことにした。

 別に急がなくても学校には余裕で間に合うのだ。


 ふぅー、それにしても今朝は良い天気だ。日に日に寒さが厳しくなっていくけど、まだ雪が降らない分マシだな。本格的な積雪シーズンが来たら雪かきをしなくちゃならんからなぁ。クソ寒い中、しかも大雪なんて降ってみろ、下手したら一日中やらなくちゃいけない。めんどくせー。ウチもいい加減、除雪機が欲しいなぁ。

 あっ、そうか。除雪機じゃあないけど、雪かきなんて夜空にやらせておけば良いんだ。アンドロイド(自称)だから寒さとか感じなさそうだし、それに居候の身なんだからそれくらいやらせてもバチは当たらん。うん、良いアイデアだ。

 ん? でもアイツいつまでウチにいるつもりなんだろう。仮に、俺がプロポーズに成功し、愛美とトントン拍子で結婚までいったら……………いやそこまでいかずとも付き合うことになったら、お役御免として未来に帰ってしまうのだろうか。

 だとしたら、フッ、残念。どうやら雪かきをさせる前に帰ることになりそうだな!


「…………つまらない」

「は?」

 

 家の門先で夜空が仏頂面で立っていた。


「最初から好感度マックスなんて、つまんない」

「いやつまんなくねぇよ⁉ 俺は楽しいもん!」

「私はつまんない。せっかく未来からはるばる来たのに、もうクリア寸前なんてズルい」

「お前、俺を孤独から救いに来たんじゃねぇのかよ」

「そうだけど……」

「だったら別に………はうあ⁉」


 気付かぬ間に、俺達の前には一つの人影が。


「おはよう、リュウスケ君」

「あ、愛美ちゃん!」


 噂をすれば何とやら。不思議と、いつにも増して可愛く見える未来の花嫁が登場。

 へへっ、彼女ったら、俺に手なんか振っちゃって~。もう~ダイチュキ! 今だったら、そのダサダサ眼鏡すら愛せるよ!

 

「昨日はありがとうね」

「はぇ?」

「図書室の戸締りしてくれて」

「あ、ああ…べ、べつに……」

「お陰様で門限には間に合ったよ」

「あっ、そう……」

「うん。リュウスケ君も、あの後ちゃんと帰れた?」

「ま、まあ……」

「それなら良かった」

「ああ……」

 

 わかっている。もう少し、ちゃんとしゃべれと言いたいんだろ。

 でもさ、誰しも好きな人と接する時には、下手なところを見せまいと緊張しちゃうだろう? しかも俺の場合、そもそものコミュ力の低さが相まって、結果全ての言動がぎこちなくなってしまうんだ。

 しかし言い訳は不要! 『口は禍の元』というが、正確には『口は禍福の元』。ただ黙っているばかりでは幸福も訪れない! ならば今イクしかないだろ‼

 

 Let to Propose!


「愛美さん、僕と!」

「ところで……何でリュウスケ君と夜空さんが一緒にいるの……?」

「エッ⁉」


 今世紀最大の見せ場となるはずだったのに、ふいっと出鼻をくじかれた俺はすっかり存在を忘れていた夜空へと目を向ける。


「………………………」


 夜空は無言無表情で愛美を見つめていた。こちらとしては何か気の利いた返答をしてくれれば非常にありがたいのだが、しかしそれは俺も同じこと。


「い、いや……あや…あの……その……!」


 どう返すべきかアワアワと考えるが、焦るばかりで何も浮かばねえ! 

 そうこうしているうちに、何だか次第に愛美の顔色がどんよりと曇っていく。いや顔色どころか、瞳の奥まで陰鬱一色に染まってきている!


「どうして? 何で? もしかして恋人なの? でも一昨日会ったばかりでしょう?」


 彼女はそれから「横取り…横取り…横取り…横取り…横取り…」と、深夜人気のない神社で流れていそうな呪術の言葉をひたすら繰り返す。

 おいおい、どうすんだこの空気⁉ ヤバいよ、マジでヤバイよおぉ! こんなの俺じゃ無理だおおおおぉぉ! 何とかしてよ~マリエもん~‼


「ぐふふぅ、違う違う。いとこだよ」


 やはり願う者、信じる者は救われる。神様、仏様、夜空マリエ様! 

 ここにきてやっと彼女が口を開いてくれた!


「いとこ?」

「そうそう、だから安心して」


 夜空は愛美に優しく微笑みかける。その時、俺は天照大神を見たような気がした。この世を慈愛の光で包み込む女神様のお姿を。すると愛美もその輝きに癒されて心の暗雲が晴れていったのか、鬱々としていた表情が徐々に和らいでいく。


「な、なんだぁ……あはは、私ったら」

「私とキモオタ竜介が付き合ってると思ったの?」

「……うん。ごめんなさい、つい取り乱しちゃって」

「フフ」


 しかし女神の微笑みは、いつしか魔女の冷笑へと姿を変える。


「まあ、いとこ同士でも結婚は可能だから、なろうと思えば恋人にもなれるけど……」

 

 場が再び凍った。

 愛美が夜空を何とも言えない目付きで見つめる。敵意? 警戒? それとも好奇心だろうか? 一方、夜空も彼女を見つめ返していたが、その瞳の意味はわかりやすい……。 

 からかいだ。


「そ、そういえばお兄さんは⁉」


 ここで竜介選手、ようやく口を開いて、場の空気を変えようと別の話題を持ち出す! 初回の失点を覆すには遅すぎる立ち上がりのようにも思えるが、どうだ⁉ 

 

「え? さあ……いつも別々で登校しているから」

「そうなんだ!」

「うん」

「……………いいね!」

「は?」

「ア…いえ……何でもありません………」


 ああっと、これは失敗か⁉ 会話がもう途切れてしまいそうだ!

 

「…………………あのね、リュウスケ君! 今日の放課後って空いてる?」

「え? あ、うん」

「じ、じゃあ……放課後、図書室に来てくれない?」

「別にいいけど」

「ありがとう…」

 

 それから愛美は、もう一度夜空を一瞥すると足早にタッタと去ってしまった。

 

「あっ」

 

 唐突に、夜空が驚きの感嘆詞を上げる。

 

「何だよ?」

「雪……」

 

 見れば空中にひらひらと小さな、まるでダイヤモンドのカケラのような氷の粒が太陽に照らされて美しく輝いていた。


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