たった一人の合格者
どうして商業高校に入ったかって? そりゃあゲームを作りたかったからさ、ギャルゲーをね。だって商業高校にはパソコンの授業があるって聞いたんだもん。そりゃあ期待しちゃうだろ? だから友達と一緒に受験したんだ。ああ……その頃は、まだ俺もぼっちじゃなかった。
友達A「ドユユユゥゥフフw 竜介どの流石でござるなぁ~実にわかりやすいでござる」
友達B「右同w やはり勉強は頭の良い者に教えてもらうに限りますなぁ~」
中学生俺「オウフwww そんなぁ~褒めすぎでござるよ~」
友達A「敬礼! 偉大なる竜介先生に敬礼でござる!」
友達B「敬礼www これで明日は無事乗り切れそうですなぁ~w」
中学生俺「ドユフフwww Thank you so much,(ネイティブ)」
友達A「キターーーー! キタコレw 先生のネイティブ英語!」
友達B「これはハーバード留学待ったなしwww!」
中学生俺「wwwwwww だけど、おぱいらwww 高校受験一夜漬けは流石に無理なのでは?」
友達B「でも諦めたらそこで試合終了ですよ(真顔)」
中学生俺「どひひひひょょょょょほほほほおおwwwww」
友達A「名言! 出た! 名言出た! 名言出たよ~www」
友達B「I've never been afraid to fail.(失敗を恐れたことは一度もない)」
友達A「ドワァwww マ・イ・ケ・ル・ジ・ョー・ダ・ンwww お主~先生仕込みのネイティブ英語が早速板についてきたでござるな~www」
中学生俺「いや、いける! いけますぞお~www これはwwwwww」
中学生俺、友達A、友達B「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
それで見事合格したという訳さ。俺は。
一緒に受験したダチどもは壊滅。やはり一夜漬けではダメだったのだ。また友達以外にも受験会場にはチラホラと男を見かけたんだが、残念ながらそいつらも落ちてしまったようだ。結果、俺はたった一人の(男の)合格者となった。
まあ中学の頃は、俺も人並みに勉強は出来たし? 今と違って……そう今とは違って、あの時は勉強も部活も友達も………学生生活そのものが充実していたっけ……。
だけど中学を卒業すると俺の人生は転落していった。
仲の良い友達とも離れ離れになってしまって、ご存知、女だらけの高校に入ってしまって、おかけで学校に馴染めずぼっちとなり不登校気味の引きこもりとなり、次第に成績もガタ落ちし、そして、とうとう担任に呼び出しをくらうまで落ちぶれたのだった。
「雨神君、最近調子はどう?」
放課後の無人の教室で、机を二つ突き合わせて一対一の面談。
相手はメガネを掛けた、何だかインテリっぽい印象を受ける女の先生。歳は三十前半ぐらいだろうか、全体的に地味だが、良く見るとわりかし美人である。
………………………イケる。
「先生は、ご結婚されているんですか?」
「うん……そうなんだ…………って、え?」
左手薬指に指輪をはめていない。だからまだ独身だとは思うが、念のため。
「そ、そんなこと今は関係ないでしょう⁉」
「いえ関係あるんです」
「え?」
「僕……このままいけば生涯独身らしくて……」
「独…身……」
「そうなんです。それで………」
「何が悪いの‼」
「はうあ⁉」
机を突き飛ばす勢いで、いきなり先生が身を乗り出して迫ってくる。
「独身の何が悪いの! 生涯独身だって良いじゃない! ちゃんと働いて、犯罪にだって手を染めず、回転寿司ペロペロもせず! まっとうに生きているんだったらそれで良いじゃないの‼」
「せ、センエイぃ…」
「だからね、雨神君。勉強はちゃんとしなきゃダメよ。例え暗い青春を送ったとしても勉強さえしておけば将来困ることないんだから!」
そう言って先生は俺の腕を掴む。グッと痛すぎるぐらいに。
「そうよ……………何も考えず学生時代遊びに遊んでいたアイツらなんかよりも……真面目に勉強した私の方が……何倍も……………何千倍も…………………………」
「先生?」
「あっ、と…とにかくね! 私が言いたいのは、雨神君はまだまだこれからだってこと。あなた、まだ一年生なのよ? 今から頑張れば一流の商科大学だって目指せるわ!」
「商科大学⁉」
「そう、しかも一流よ、一流!」
「すげぇー!」
「うん、だから頑張って。先生も応援してるから」
「はい!」
という訳で図書室に来た。
俺はどうやら少し動揺していたようだ。まさか先生を狙うなんて、いくら同年代の女子が苦手だからって年増のババアはないだろう。
まあ突然現れた謎の転校生に、あんな不吉なことをいきなり言われたら誰だって動揺ぐらいするか。しかも聞きたいことが山ほどあるっていうのに、当の本人は今日学校を休んでいねぇし、色々とモヤモヤを抱えたまま平常心を保てっていうのも無理なこった。
「だけど今は勉強に集中しなきゃ!」
カバンから教科書とノートを取り出し机の上に広げる。
「よ~し! やるぞ!」
それから数分後。
シーンと静まり返った教室内。時計の針の音すらも聞こえない静寂の世界。そこで俺はまどろみ、よだれを垂らしながら心地良く船を漕いでいた。
「リュウスケ君?」
「むにゃ……うそぉ……あった……番号あった……」
「ねえ、リュウスケ君?」
「やった……合格だ………これで夢の大学生…! よっしゃー! ペニスサークルに入ってヤリまくるぞおおおおおおおおおおおお‼」
「リュウスケ君!」
「はっ⁉」
目を開けると女の子が隣に座っていた。見慣れた顔だ。
彼女の見た目は幼い頃から少しも変わらない。今日だっていつものように、長く流れる髪を左右三つ編みにしては、髪留めの青いゴムで着飾って、それでいて………………余りというか、かなりのレベルで似合っていないダセェ丸眼鏡を掛けている。
「たまちゃん……」
「………………ううん。愛美だよ」
彼女の優しい笑顔でおはよう!
「ご、ごめんね! 起こしちゃって」
愛美は申し訳なさそうにして手の平をちょこんと合わせた。
その仕草、表情。正直、萌えます。
メチャンコココココココオオオオォかっわぃくてたまらない‼ が、うーん、こうなってくると眼鏡が邪魔だなぁ~。
「でもここ居眠り禁止だから……ごめんね」
「居眠り?」
「うん」
「じゃあ、夢だったの⁉」
「夢?」
「俺が一流商科大学に合格したこと!」
「そう……みたいだね」
ショックだ、こんなのって! せっかくあんなに勉強して(夢の中で)……努力して(夢の中で)! やっと合格を勝ち取ったのに(夢の中で)‼
「ご、ごめん……。でも私、一応図書委員だから見逃す訳にはいかなくて……。本当にごめんなさい!」
「別に愛美ちゃんが謝ることなんてないよ」
「リュウスケ君……」
「ただ、どうせ全てが夢に過ぎないんだったら…………ずっとそのまま起こさないで欲しかった……永遠に夢だけを見ていたかったなぁ……」
「ううっ…」
愛美と俺は幼稚園の頃から互いを知っている。いわば幼馴染だが、といってもぶっちゃけ彼女とは余り話したことがない。それは俺がコミュ障故なのだが、だけど彼女だって俺と視線を交わすだけで妙によそよそしいというか、何だか気恥ずかしいという態度をとる。
だから俺達は幼稚園から小学校、中学から高校とずっと一緒だったのに会話どころか目を合わすことすら避け続けていた。しかし互いの家が比較的近所なので時々道でバッタリと出くわすこともあるのだが、その時の気まずさといったら……。
「…………………………」
「…………………………」
「…………愛美ちゃんって図書委員長だったんだね」
「……うん」
「クラス委員長もして図書委員長もして、何だか大変そうだね」
「ううん、どちらも自分がやりたいと思って立候補したことだから」
「そうなんだ…」
「うん…」
「…………………」
「…………………」
「ほ、本とか好きなの?」
「り、リュウスケ君、大学目指しているの?」
被った……。
「ごめん! 何て?」
「ううん! 私の方こそ、ごめんなさい」
「あはは……」
「うん…」
「……………………………」
「……………………………」
「…………………リュウスケ君は大学目指しているの?」
「えっ、うん…まあね」
「ふーん……」
「愛美ちゃんは?」
「私? 私は………まだわかんない」
「まあ俺達、まだ一年生だからな」
「うん」
「……………………………………」
「……………………………………」
そしてまた、なが~い沈黙が続く。
仕方ないじゃん! 陰キャの俺が、女の子とマトモに話すなんて出来っこないお〜! ああぁ、でも沈黙が重たい! ど、ど、ど、どうすれば⁉
チャラ男「女とする会話のコツは、とにかく褒めまくること」
そうか‼
「昼、何食べた⁉」
「おにぎりと玉子焼き」
「いいね!」
「うん」
……………………いや、これじゃあダメだ‼ もっと会話の幅が広がるようなネタを持ち出さないと!
「そ、そそ、そ、そういえば、ずっーと気になっていたんだけど!」
「うん」
「どうして商業高校に入ったの⁉」
「え、どうしてって?」
「愛美ちゃん、めちゃくちゃ頭良いのに‼ なんで商業高校なんかに……ていうか、実家、確か神社だったよね⁉ だったら尚更……」
「ほ、ほらっ‼ 私の家、神社っていっても宗教法人だから! そう、節税のためにもね。会計学を学ぼうと思って!」
「なるほど、やっぱり頭が良いんだな~!」
「うん!」
「流石~頭良い~!」
「うふっ」
「頭良い‼︎」
「もう〜そんなことないって! えへへ…………………むぎゅむぎゅ…でもリュウスケ君に褒められて愛美嬉しいぽん……(=^^=)」
「え?」
「ううん! 何でもない!」
「でも、今変な顔文字が……」
「何でもないから‼︎」
愛美は頬を赤く染めながら慌ただしく頭を左右に振る。すると、くそダセェー眼鏡も一緒にブルブルと震え出し目元から少しずつずれていった。
「………そう?」
てか、何で赤くなってるんだ? 俺なんか変なこと言った?
彼女はオドオドとした様子で眼鏡を元の位置に掛け直す。
「そ、そんなことより、リュウスケ君ずっと勉強してたの?」
「んっ、ま、まあね……」
勉強していたっていうより、机に突っ伏したままうたた寝していただけなんだが……。
「まあちょっと小休憩がてら昼寝してたけどね」
「そうだったんだ。睡眠大切だもんね。勉強したこと記憶に残りやすくなるって言うし」
「そうそう! 睡眠大事!」
「……………………私、教えてあげようか?」
「は、何を?」
「勉強……。余計なお節介かもしれないけど、良ければ……」
「別にいいよ。悪いし」
「……そう」
どうしてか、愛美はひどくがっかりしたように肩を落とした。
そんなに俺に勉強を教えたかったのだろうか? まあ優等生は何やかんや落ちこぼれには優しいからな。
彼女の頭の良さは一年生にして簿記一級の資格を持っていることからもわかる。普通、商業高校の学生は卒業するまでに二級を取得していれば良い方だ。なのに愛美はその更に上の超難関な一級を既に取得しているのだ。これで頭が良くないはずがない。
俺? 俺は勿論、二級はおろか三級すら持ってないよ。当たり前だろ。
「愛美ちゃん、放課後は毎日図書室にいるの?」
「うん。図書委員長だからね」
「暇じゃない? ここって人来るの?」
「そりゃあ、本を借りに訪れる人ぐらい少しはいるよ」
「へえ~物好きな人もいるんだね。ははっ、本なんて読んで、何が楽しいんだろうw」
「う、うん……」
彼女は困ったように笑った。
「………………あと、一応ここでクラブ活動もしているの」
「クラブ⁉」
「クラブっていっても大したものじゃなくて! メンバーも私一人だけだし……」
「クラス委員長もやって図書委員長もやって、その上クラブ活動までしているなんて、愛美ちゃんって意外とアクティブなんだなぁー。へぇ~どんな活動しているの?」
「あの…歴史クラブなんだけど……」
「歴史?」
「うん。この学校にまつわる歴史や伝承を調べるの」
…………………メチャつまんなさそう。
「へーいいんじゃない? 楽しそうで……」
「本当? ふふ、実は今ね、ニャン様について調べてるんだよ」
「にゃ……何だって?」
「ニャン様」
「何それ?」
「えええっー、リュウスケ君、知らないの⁉」
「まあ…」
彼女の口振りからして、どうやら相当な有名人らしいが、しかし俺はニャン様なんてヘンテコな名前耳にしたことがない。
「そのニャン様って、誰かのニックネームか何か?」
「ニックネームというか呼び名かな。神様の………」
「神様⁉」
「うん。学校にお社があるでしょう? ほら、あの赤い…………」
愛美のクソ長えぇー話しを要約すると。
この学校には何故かお社がある。正門から入ってすぐの場所に、ひっそりと置かれているのだ。しかもどうやら随分と古いもののようで、歴史深い我が校が設立されるよりもはるか前から存在していたらしい。
そしていやはや、そこに祀られているのは結構な神様であること。
なんと黒猫だそうだ。
ああ、猫だからニャン様なのか……。ちっ、くだらねぇ。けど、もう一つくだらねぇことといったら、ニャン様には不思議な言い伝えがあるのだという。
「言い伝えではね。選ばれし童貞、星々に願う時、永劫の彼方よりニャン様は顕現されて、人類はニャン様に、救済のニャンニャンを受け………そして世界はニャンとも大変なニャンニャンに成り変わる……。って話しなんだ」
「へー」
ニャンニャン?
「ああああああああああああああああああああああ~あああああああああああああああああああああああああ〜あああああああああああああああああ~ああああああああああああああああああああああ~ああああああああああああああああああ~あああああああああああああああああああああ‼ 私、一度でも良いからニャン様に会ってみたいなぁ〜」
「……………………ハハ…」
「リュウスケ君も会いたいよね⁉︎」
「そ、そう……? なんかヤバそうな感じがするけど……」
「それでね! この学校って他にも色々と不思議な言い伝えがあって……………」
その後も、愛美の延々と繰り出される学怖的都市伝説を適当に相づちを打ちながら聞き流していると、
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。
「いけない、もうこんな時間!」
何やかんや夢中で話し込んでいたみたいだ。時計の針は既に十八時を指していた。
「帰らないと!」
「そうだね」
愛美は、あたふたと帰り支度をし始める。
「そんなに慌てなくても」
「ううん。私、門限があるの。だから急がなくちゃ!」
「そうか……だったら、ここの戸締り俺がしておくよ」
「えっ⁉ いやでも……」
「鍵も職員室に返さないといけないんだろ? 俺がやっておくよ」
「そうなんだけど………でも………あの………………」
「ほらほら、後は任せて。愛美ちゃんは帰りな」
しかし、どうしてか彼女は躊躇っていた。それでも俺がしつこく促すと、ようやくお礼を言いながら一人図書室を後にした。
「…………ヨシ。では俺も……」
「君は女心がまるでわかってないね」
俺以外、ここには誰もいないはずなのに……どこからか声が………。
「誰だ⁉」
「ありゃダメだよ」
後ろか⁉ 背後を振り返る。
「あなたは⁉」