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童貞。それと素人童貞。

 放課後。


「なんて美しい夕日だ。それになんて美しい夕空」


 何段あるか知らぬ長階段の頂上で、両手を広げながら天を仰ぐ。

 ああ、雲のない晴れ渡った空も良いものだけど、しかし雲が一つもないというのもどこか寂しいもので、ちょっとはあの白いモコモコを大きな空のキャンバスに彩った方が賑やかになるというもの。

 だから俺は今日みたいな空が一番好きだ!


「最期にこんな素晴らしいものが見れるなんて………幸せだな……。よし、もう未練はない! 死のう‼︎」

早まるなおじさん「早まるなっー! 物語はこれからだっていうのに早まるなっー!」

「なんだ、このオッサン⁉︎」

「はるばる未来からマリエもんがやって来たんだぞ! お前も、しずちゃんみたいな女性と童貞卒業リア充ライフを送るチャンスが来たんだぞ! だから早まるなっー‼︎」

「うるせぇ! 失せろ、ハゲ‼︎」

「はうあ⁉︎」


 俺がオッサンを突き飛ばすと、彼はそのまま階段を転落していってしまった。


「…………………………ま、いいか」


 ふと、どこか遠くで十七時を告げるチャイムが鳴り響く。

 うさぎ……おいし……。

 夕方に流れる、いつもの聞き慣れたメロディーが、今日という日もあともうすぐで終わることを人々にそれとなく気付かせるのだった。そして俺も流れゆく『ふるさと』を噛み締めながら、やるせない気持ちで頂上から遥か下を眺める。

 これ程の高さであれば、余程のことがない限り死にそこなうことはないだろう………。

 Goodby My Life(さよなら我が人生)!


「何をしているの?」


 しかし突然、背後から声を掛けられる。

 人が意を決して飛び込もうとしていたのに誰だよ⁉ と、振り返ればヤツだ。夜空マリエがいたのだった。


「……………お前には関係ないさ」

「関係なくはない」

「関係ないね」

「関係なくない」

「関係ねえ!」

「関係ある!」

「さっきからめんどくせーな⁉︎」

「何をしているか、教えてくれないから」


 俺はやれやれと、ため息を漏らす。


「そんなに知りたいか?」

「別に」

「ふっん、だったら教えてやるよ。今から一丁、自分の人生に蹴りを付けようと思っているのさ」

「蹴り?」

「そう、このクソみたいな人生にな……」


 しかし妙だな。俺は不思議と落ち着いていた。いやむしろ感傷に浸り過ぎていたのかもしれない。普通だったら、今日初めて会ったばかりの子に、いや〜これから俺死のうと思っているんすよ~ハハっ☆ なんて話さないだろ。何がんでも適当に誤魔化して追い払うはずだ。それがついゲロッてしまうなんて。


「ふーん、それまた何で?」

「このまま生きていても、この先良いことなさそうだし………」

「まぁそうだね」

「え…?」

「でも困る。あなたが死んでは意味がない」

「何が?」

「私が来た意味」

「そういえば、おかしなこと言っていたよね。あの…今朝……」

「未来から来た。あなたを助けに」

「そうそう。それって何の冗談?」

「冗談なんかじゃない。本当のこと」

 

 いつの間に空は暗く日が落ちていた。薄闇の中では、目の前に佇むヘンテコな少女のぼんやりとした輪郭が辛うじて見て取れた。

 

「私、未来のあなたから、この時代に送られたアンドロイドなんだ」


 夜空がそっと近付く。すると、俺は彼女の神妙な表情につい見惚れてしまって、口から出た信じられない単語の数々にツッコミはおろか疑問を抱くことさえ忘れてしまう。


「マスターがいつも仰っていた。俺は若い頃から並外れたイケメンだったが、先天的コミュ障と後天的女性恐怖症のせいで生涯彼女が出来なかった。と」

「マスターって……」

「ええ、未来の雨神竜介。つまりあなた自身」

「……ふっ。もしかして笑いどころか?」

「私はマスターから、あなたを孤独から救うよう任されたの」

「は、はあ? 別に俺は孤独なんかじゃあ……」

「このまま人生を歩めば、あなたは将来ずっと独身、孤独死コース」

「えっ⁉ 俺、結婚出来ないの⁉」

「うん。さっきも言った通り、結婚どころか恋人すら出来ない」


 恋人すら‼


「しかもマスターは未だ童貞」


 童貞⁉︎


「あ、違う」

「え?」

「ごめん、ごめん。素人童貞だった」


 もっと惨めじゃん‼︎


「で、で、で、で、でも! い、いまどき…生涯未婚ぅて珍しくなくない? むしろ一人の方が気楽って感じがして……べ、べつに良くね?」

「まあ、そういう考え方もあるかもね」


 夜空は含みのある表情をしながら俺の前を通り過ぎると、やおら階段を降りて行く。


「あなたが気休めや自己の正当化のためではなく、真剣に人生を考えた上でそう結論付けたならば、ね」

「…………………………」

「ではまた明日。じゃあな童貞」

「あっ! ちょ、ちょっと⁉」


 後を追いかけるも姿はもう見えない。けれど声だけが、どことなく聞こえてくる。


「そういえば、マスターはこうも仰っていた。十六歳の君には、慎ましくも幸せな非童貞人生を歩んで欲しいと……。じゃあね、おやすみ。竜介」


 それからは、もう辺りは完全な闇。


「っつ、あぶねぇ!」


 不意に足元が絡み、危うく階段から転げ落ちそうになるところをどうにか踏ん張る。

 ったく! 何なんだ、ここは⁉ 外灯の一つも設置してねぇで、あぶねーだろ! 下手したら死ぬ…………………………


「って……俺、死ぬつもりだったんだ………」


 瞬時にして夢と現実を駆け巡ったような目まぐるしさ。未来、アンドロイド、マスター、生涯独身、素人童貞。どういった意図を持って発したのかわからない夜空の言葉は、まともな常識を持ち合わせた者には到底受け入れ難いもの。


「…………だけど」


 確かに、俺が将来に結婚する確率は限りなく低いとは自分でも思うけど、それでも未来の事なんて誰にもわからないじゃないか!


「もしかしたら万が一にも俺にだって彼女が出来て……うまくいけば、そのまま結婚して……それで幸せな家庭を築くことが出来るかもしれない‼」


 どういう訳か他人から否定的なことを言われれば、逆にそれを否定したくなるもので、突然と底抜けに前向きになる。

 こんなの俺だけだろうか?

 そんなこんなで自殺願望はすっかり萎え果ててしまって、俺は早々に帰宅してからベッドの上で悶々と夜空マリエについて思いを巡らしていた。


 シコシコシコシコシコシコシコシコシコシコシコシコシコ……シコッ‼


 生脚…生脚…ふともも…ふともも…Dカップ! D・カップ‼


「イクくくくくくくうううううぅぅゥ‼」


 …………………………………ふぅ。


「にしても……」


 ぽん☆

 ティッシュを丸めてゴミ箱に投げると一発で入った。ラッキー!


「夜空マリエ……夜空マリエ……ああっ、あとちょっとで思い出せそうなんだけどな~」


 どこでその名前を聞いたんだろうか? というよりデジャヴ? 何だか彼女の見た目にも既視感があるような………。

 

「ああああっあああああ! わからん!」

 

 気晴らしにゲームでもしよう、と何気なくパソコンのフォルダを漁っていると、


「……………………アッー‼」


 突如として脳内に閃光がほとばしる。


「夜空マリエ!」

 

 ようやく思い出した‼ 

 急いでゲームファイルを古い順から見て回り、そしてついに見つけ出す。

 

「やっぱり!」

 

 起動したファイルからモニターに映し出されたのは、思い出のヒロイン! 夜空マリエちゃん‼

 

「エッ? エッ⁉ どうして、どうして、どうして……⁉」


 ゲームのヒロインである彼女がアンドロイドとなって未来からやって来た⁉


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