終章 それは未だ蛹
終章 それは未だ蛹
美の幼体事件は犯人逮捕で解決。
懲役150年が言い渡された。
●
刑務所の面会室。
椅子に座って待っていると看守に連れられローレンスが現れた。
相変わらずの様子でローレンスも椅子に座る。
アクリル板の向こうでふてぶてしく笑っている。
面会室を出る看守の足取りはふらついていた。
「今の看守、何かおかしくなかった?」
「普通はああなるんだ。俺を見た奴は」
最早諦めた、という様子でローレンスが言った。
そういうものか、とサイラスは限られた面会時間を有効に使う。
「どう、刑務所は」
「んー、思ってたより普通?」
「普通?」
「マフィアやギャングのボスが居てな。差し入れも豪華だし金があるから豪華な部屋とか用意されるんだ」
差し入れはともかく部屋は賄賂では。
そう言いたげな表情を読み取ったのかローレンスが得意げに続ける。
「で、そいつらを落として貢がせる訳だ」
「なんだよ、俺も差し入れ持ってきたのに見劣りしそう」
「大・歓・迎」
掌を見せながらローレンスが笑う。
見る人が見たら蠱惑的な笑みなのだろう。
ローレンスがアクリル板に近付く。
「中身は?」
「アップルパイ。小さいのの袋詰め。一日一個」
「……悪かったって」
そんなに根に持ってたのか、と聞かれ頷いた。
孤児院で甘いおやつがどれだけ貴重か。
気を取り直すようにローレンスが離れた。
「まぁ刑務所でも甘い物は貴重さ。ありがとな」
「……」
「まだ何か聞くんだろ? 時間、あんまり無いぜ」
悠々と足を組む。
その仕草は間違いなく看守が遅れる事を確信していた。
「マーティンが剥製を持って来た時点で引かなかったの?」
「……あぁ」
どう説明したものか、とローレンスが悩む。
ローレンス本人の裁判では聞けなかった部分だ。
陪審員等あらゆる関係者が精神の不調をきたした。
判決は事実と物的証拠のみで下されている。
「色々ある。ブッ殺したい程ムカついてたのも本当。
その時もう既におかしくなってたとか、向こうもおかしくなってたとか理由は幾らでも付けれる」
「向こうも?」
「あー……」
少し後ろめたそうな表情でローレンスが言い淀んだ。
「気持ちいいんだと」
「?」
「俺に殺されるのが気持ちいいんだと」
「……それはまた」
狂気ここに極まれりである。
サイラスは目の前の幼馴染にそこまで入れ込む人間が判らない。
「なんつーか結局アイツらの欲望を叶えてやったようで釈然としねぇな」
「言わないでおいたのに。今はどう?」
「あの程度で済んでる」
そう言って看守が倒れているであろうドアの先を指差した。
それはそれで大惨事である、とは言わない事にした。
「思考もハッキリしてる。あの時みたいな事はもうねぇよ」
「それはよかった」
サイラスの後ろのドアが開く。
「時間です」
後ろから声がかけられた。
向こうの看守が倒れたのでこちらから声をかける事にしたらしい。
椅子から立ち上がり手を振る。
「また来るよ」
「……ああ」
ありがとう、とローレンスの声がサイラスを見送った。
●
あの事件以降、サイラスを心配してか休暇を与えられる頻度が増えている気がする。
今日はそんな休日の一日であり、多忙な五人が珍しく揃う日であった。
お昼から広い庭でバーベキュー。
ブレントとレスターが交互に肉を焼いている。
分厚い肉だ。
焼けるのは夕方頃になるだろう。
サイラスはそれをアップルパイを食べながら眺めている。
「サイラスはなー目を離すと何しでかすか判んねぇからなー」
「早い早い早い酔うの早い」
空きっ腹にビールをしこたま詰め込んだ所為かジェフが絡んでくる。
水を渡すと焦げ茶の髪を押し付けてきながら飲んだ。
そうしているとアップルパイに横から手が伸ばされた。
ぺしょ、と叩きそれを死守する。
サイラスは残りを食べてしまいチェスターを見上げた。
「ちぇ」
「あっちにまだあるよ」
そう言うとチェスターがジェフとは反対側に座った。
何か言いたげに頬杖をついて、そっぽを向きながら言う。
「今朝面会してきたって?」
「うん。拙かった?」
「いや……」
それがいいんだと思う、とチェスターが小さな声で言った。
現職警察官が殺人事件、共犯、そして死亡。
一大事を乗り越えたチェスターの顔色は少し優れない。
面会に行くと行った時、ブレントは止めなかった。
皆、今回の事件で何か思う所があったのだろう。
サイラスはチェスターの背中を励ますように軽く叩いた。
「サイラス様、パイのおかわりは如何でしょう」
「いただきます!」
丁度良いタイミングでセバスチャンが声をかけてきた。
肉はまだ焼けそうにない。
セバスチャンが空になった皿におかわりを載せながら言う。
「……ここだけの話」
「はい」
食べようとした所で珍しく声をかけられる。
セバスチャンがこういう話し方をするのは珍しい。
「このアップルパイいつも焼きたてを御所望ですが」
「そうですね」
セバスチャンの作るアップルパイは最高だ。
これの為に残業を切り上げる程には大好物である。
「実は出来立てよりも一晩置いた方が美味でございます」
「……」
セバスチャンの発言にブレントとレスターが弾かれた様に立ち上がった。
チェスターとジェフが席を立ち、入れ替わりに座る。
「いいやセバスチャン、君の言う事を疑う訳じゃ無いがパイは焼きたてが美味しいと思うんだ。
だから真っすぐ家に帰ってきなさいサイラス。夜遊びはいけない」
「どうかね。一晩置いて味が馴染んだ物も良いものだよ。一晩楽しめる場所のプランは任せておけ」
「これ以上、スキャンダルを、増やすな」
双子が正反対の意見を述べる。
だがそれ以前の問題がこのパイにはあった。
「一晩置いた物を食べるには大きな課題が残っていますね?」
「はて、なんでしょう」
この家は男五人である。
少しでも帰りが遅れようものならアップルパイは欠片も残っていないだろう。
「それを食べるには一晩パイが残っていないとダメなのでは?」
「おや、それもそうですな」
そう言って老獪な執事が更におかわりを乗せてきた。
完。