街道の鬼
最初の町フチを出て、歩くこと数時間。
日が暮れ始めたので、街道から少し離れた場所で野営するクウス達。
カリオッツは野営に手慣れているのか、さっさと枯れ木を集め、火をおこした。
春とは言え、まだ肌寒い。
「なあ、カリオッツは何で封印魔術の本に興味あるんだ? その足と何か関係あるのか?」
クウスは酒場での乱闘時から気になっていたことを聞いた。あの時、カリオッツの足技は鮮やかだったが、その足から放たれるオーラは、クウスに異様な凄みを感じさせた。
「……。話してもいいが、俺も同じ質問を返そう。乱闘の途中からお前の雰囲気が変わったこと、さすがに俺も気付いているぞ」
「うっ」
どうやら、カリオッツもクウスの魔人化には気付いていたらしい。モリー婆から知られないよう気をつけろと言われていたのに。
どうするかとクウスが考えていると。
「ふっ、まあ追求する気は無い。予想では、俺の足と似たようなものだと思うがな」
どうやらカリオッツは無理に聞き出すつもりは無さそうだ。それどころか、
「俺の足は、呪いだ。生まれつき両足に宿った龍の呪いらしい。それを教えてくれた男は〈龍脚〉と呼んでいた」
自分の足の秘密を教えてくれるらしい。
呪いと聞いてクウスは、もしかして自分の力も呪いなのかとドキッとする。
「普段は抑えているが、戦う際に龍脚を解放すると、強大な力を発揮する代わりに、足は激痛と極度の疲労感に襲われる」
話を聞きながら、自分の魔人化は激痛こそ無いが疲労感は似ているなと思う。
「ん? 今、普段は抑えてるって言ってたけど、やっぱりカリオッツも足に封印を掛けてるのか?」
「…いや、封印は掛けていない。気を抜くと龍脚が発動してしまうから、常に抑えこむよう意識しているだけだ。ただ、精神的にかなりキツイ」
カリオッツは自らの足を忌々しく見つめながら語る。
「俺が封印魔術を調べているのは、龍脚を封印したいからだ。……気を抜いても激痛に襲われない生活を送ってみたくてな」
一瞬、そんな生活を想像したのだろう。赤髪の青年は羨まし気な顔を見せる。
そんな顔もするんだなコイツ、とクウスが感心していると、
「ところでさっき、『カリオッツも』と言っていたが。クウス、お前は封印が掛かっているんだな?……そして、封印を一時的に解くと、昨日のように雰囲気が変わる、といった所か」
どうやら僅かな失言で、クウスの秘密に迫られてしまったようだ。
「よ、よく気付いたな。まあそんな感じだ。俺のは疲労感とかはあるけど、呪いかどうかは分からねえ。
ガキの頃は、力を暴走させて迷惑掛けてたらしいけど」
「そうか。だが、今はそれほど困っていないんだろう? なぜ封印魔術を調べる?」
どうやら、既に封印が掛かっているのに、封印魔術を調べるクウスに疑問を持ったようだ。
「オレはカリオッツの逆さ。封印の解き方を知りたいんだ。一時的な解放ができてるだけで封印は解けねえ。
オレはいつか、じいちゃんを超える冒険者になる。
そのためには今より強くなって、いずれ封印無しでも力を暴走させないようにしてみせる」
カリオッツに細かい所までは教えないように、気を付けて話すクウス。
クウスに掛けられた十門封印の内、第一の門《真抗門》は自分の意思で一時的に開くことができる。しかし、封印が完全に解けるわけではない。
クウスは三年前の初解放から成長に伴い、《真抗門》を解放しても力を暴走させることは無くなった。
モリー婆は、クウスが成長し強くなるほど、“器”が出来上がっていくのだと言っていた。
クウスの器が出来上がっていけば、封印された力を使いこなせる様になる。そしていずれは第二の門も開けるようになるだろうと。
「自分が強くなって“力”を使いこなせるようになる、か」
カリオッツは少し驚いたような顔をした。
「そんな道も有るんだな。参考にしよう。
それにしても、クウスのじいさんはそんなに強いのか?」
「おう、強いぞ。じいちゃんとはよく模擬戦やってたけど、全然勝てないからな」
「ほう、そいつはすごいな」
その後もいくつか会話をした。
祖父のことを話すうちに会いたくなったクウスが涙目になり、カリオッツが驚くという一場面も有ったが。
夜が更けて、動物や魔物を警戒しながら二人は眠りについた。
翌日も街道を歩き、次の街ツァムルを目指す。
太陽が真上を通過した頃、ロイホ棒を齧りながら歩いていると、街道の先に異形が現れた。
街道沿いの木々から現れたのは、筋骨隆々な薄緑色の肉体と、頭に一本の角を生やした魔物。二足歩行の亜人型だ。
体高は2.5メートル程、クウスやカリオッツよりも頭二つ分以上大きい。
二匹の餌を見つけ、上機嫌に顔を歪めている。
「おっ、初めて見る魔物だ。強そうだな」
クウスは初めて見た明らかに強そうな魔物に興奮気味になる。
「緑剛鬼という魔物だ。鬼は、膂力が凄まじく、皮膚が硬い。油断せずに、二人でさっさと倒すぞ」
カリオッツはこの魔物のことを知っているようだ。
一人で戦ってみたい気持ちもあるが、既に朝から歩き通しで疲労が溜まっている。さっさと倒すとしよう。
「ゴアアアッ!」
先に動いたのは緑剛鬼。
クウス達に掴みかかるが、二人は左右に跳んで躱す。
クウスを目で追った緑剛鬼の後ろに回り込んだカリオッツは、鉄剣で斬りつける。
「ギャッ!?」
「ちっ、やはり硬いな」
背中を斬り出血もさせたが、浅い。
「ゴアァ!」
怒った鬼は身体を回転させ、緑の腕を振り回す。
カリオッツを吹き飛ばすつもりだ。
だが、その瞬間。
後ろに気を取られた緑剛鬼の腹に、クウスが剣鉈を突き刺す。
「ギョアア!!」
緑剛鬼が痛みで暴れる。
「うおおっ!? 抜けねえ」
剣鉈を引き抜こうとしたが、深く刺さりすぎたのか抜けない。
「手を離せ!!」
カリオッツの声に、ハッとなり緑剛鬼を見上げる。
奴は右腕を振り上げ、憤怒と喜悦の入り混じった表情をしていた。
クウスに右拳が振り下ろされる。
緑剛鬼の剛腕が上から迫る。
クウスは咄嗟に、片手で握る剣鉈を軸に身体を無理やり逆上がりさせる。
スレスレで緑の拳を躱し、回転の勢いそのままに緑剛鬼の顎へ回し蹴りをお見舞いした。
「ゴァッ」
叩き潰しせると思った人間に、まさかのカウンターを喰らい緑剛鬼は慄いた。
そしてダメージか恐怖か、尻もちをついた鬼に最後の時が来た。
後ろには剣を構えた赤髪の男。
「終わりだ」
横に一閃。
首を大きく斬られた緑剛鬼は沈黙した。
「ふー、危なかったー。ガノよりも強かったなコイツ」
「油断するなと言っただろう。鬼の生命力は高い。深傷を負わせても、気は抜くな」
「ああ、次から気をつけるよ。あっ! オレの剣鉈、刺さったままだ」
緑剛鬼の腹に刺さった剣鉈を掴み力一杯、引く。
すると、既に死んでいるからなのか、さっきと違い抵抗なく剣鉈は簡単に引き抜けた。
「緑剛鬼の証明部位……分からんな。魔石と、あとは角だけ持っていくか」
カリオッツが緑剛鬼の体を見回しながら呟く。
「魔石って、魔物が持ってる変な石だよな? 売れるんだっけ?」
クウスは集落にいた頃、たまに魔物を狩って、肉を集落に卸していた。肉と交換で、野菜や生活必需品を手に入れていたのだ。
解体をすると、魔物の体内からは石が出てくる。
その石は魔石と呼ばれていて、集落の人間は肉と同じくらい魔石を有り難がっていた。
ノーマンも以前、魔石は売れるとか言っていた気がする。
「ああ、魔石は売れる。緑剛鬼の魔石ならそれなりの価格で買い取ってもらえる筈だ」
「へえ。じゃあ解体してみるか。胸の辺りにあるかな?」
緑剛鬼は初めて見る魔物だが、今までの経験則から魔物の魔石は心臓などの急所周辺にあることが多いと、クウスは知っていた。
「亜人型魔物は大抵、心臓の辺りだ。心臓の位置も人間と変わらん」
どうやら、クウスの予測は合っていたみたいだ。
剣鉈で緑剛鬼の胸を開くと、握り拳よりも一回り小さな、血で汚れた緑色の石が見える。
「血を拭いてしまっておけ」
魔石を取り出し眺めていたクウスに、カリオッツが布切れを渡す。
「おう、悪い。……よし、綺麗になった」
布で血を拭き取った魔石は緑色に輝いていて、凶悪な顔をした魔物から取れたとは思えない。
クウスが魔石を拭いている間に、カリオッツは緑剛鬼の頭部に生えた緑色の一本角を切り取っていた。
魔石と角を荷物入れにしまい、緑剛鬼の死体を街道から離れた脇へ寄せてから、出発する。
その後も歩き続けさらに一晩、野営をした翌日。
大きな壁が見えて来た。
フチにも町を囲む壁はあったが、木の棒と板で作った頼りない物だった。
しかし、今クウスが見ている壁は、石材を3メートルほどの高さに積み上げて作られている。魔物が来てもそう簡単には突破できないだろう。
「すげえな、あの壁」
「大きな都市ならあれくらいの壁は普通だ」
「へえ、そうなのか。あ〜腹減ったなぁ、早く街に入って美味いもの食おうぜ」
街が見えて来たら、急にお腹が空いてきた。
ロイホ棒の不味さに嫌気が差していたクウスは、涎が垂れてくるのを我慢して、早足になる。
次の街、ツァムルへ到着した。
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