カリオッツ
「あ? おいガキ、今何て言った?」
テーブルの一番奥に座る大柄な男がクウス達を睨みつける。
「おいおい、誰だこいつら? ガノさんをぶっ飛ばすだぁ?」
「ぎゃはは! 命知らずだなおい、ガノさんは王国軍で分隊長だった男だぞ!」
大柄な男の周りに座っていた数人の男たちが笑い出す。内、二人は頭に獣の耳を生やしている。獣人だ。
「見かけねえツラだな、他所モンか?」
大柄な男、ガノがゆっくりと立ち上がる。
でかい。
クウスや赤髪よりも頭一つ分、背が高い。
「お前がガノか?」
赤髪が、大柄な男に問いかける。
「おう、そうだ。俺をぶっ飛ばすとか聞こえたが、……今すぐ頭下げりゃあ、聞かなかったことにしてやるぞ?」
ガノがそう言うと、周りの男たちも立ち上がり威嚇してくる。
「雑貨屋のおっさんから頼まれたからよ、オメーをぶっ飛ばしに来たんだ。赤髪、ビビってんならお前はどいてろよ」
男たちの凶悪な人相に物怖じしないクウスが、再びぶっ飛ばすと宣言。
それを聞いた隣の赤髪は少し口角を上げる。
「俺は赤髪じゃない、カリオッツという名がある。雑魚はお前に任せるぞ、黒髪」
「オレはクウスだ! なら早い者勝ちだな!」
互いに退かない意思を示した二人。
それに対するガノは、周りの男たちを嗾ける。
「舐めやがって! お前ら、あのガキ共ぶっ殺せ!」
ガノの号令と同時に、周りにいた七人の男が動き出す。
先頭の犬耳を頭に生やした獣人が剣に手を掛けた瞬間、クウスが飛び出し左拳を叩き込む。
顔面を狙った拳は男が咄嗟に上げた腕のガードに阻まれる。しかし、
「ぐわっ!」
クウスの拳の勢いまでは殺せず、犬耳男は横に弾き飛ばされた。
「うおっ!?」
「何だこいつ!」
クウスのパワーを見た男達は、クウスがただのガキじゃないと気付き、本気になった。
六人の内、四人が剣を手に取り、残り二人は椅子は掴んでいる。剣を鞘から抜いていないのは、あくまでも喧嘩だからだろう。
椅子を持っていた男が、クウスに向かって椅子を放り投げる。
クウスが飛んできた椅子を横に避けると、別の男が鞘に納めたままの剣で突きを放ってくる。
ギリギリで反応し左腕で相手の剣を弾く。
さすがに冷や汗をかいたクウス。
「くっ! あっぶね〜」
「気をつけろ、コイツら多少できる。冒険者か?」
赤髪の男カリオッツが応戦しながら、クウスに注意する。
「へっへっへ。その通り、俺らぁこの町の冒険者さ。ただの酔っ払いだと思ったか?」
男の一人が、ニヤつきながら剣の鞘を向ける。
フチの町周辺には、あまり脅威となる魔物はいない。だが、ゼロでは無いので、小さな町でも冒険者がいる。
フチにいる冒険者は十五人ほど。その内の半分は真面目に依頼をこなし、町のために働いている。
しかし、残りの半分は、たまに割の良い仕事の時だけ働き、普段は酒浸りの生活を送る不良冒険者だ。
つまり、この酒場にいる七人だ。
こんな連中でも、魔物が出たりするいざと言う時に必要なので、町の住人は何も言えない。
そんなチンピラ達だが、戦闘経験はそれなりにあるため、七対二では、クウス達が不利だ。
「へっ、本気出せばこんな奴ら、っ!?」
クウスが強がったところで、いきなりテーブルが飛んできた。
クウスはテーブルと一緒に店のカウンターの裏まで飛ばされてしまう。
ガノがその怪力をもって思い切りテーブルぶん投げたのだ。
机や椅子が壊れる音と一緒に生意気なガキが吹き飛び、男たちが歓声を上げる。
「うひゃあっ! さすがガノさん!」
「ひひ、あのガキ、死んだんじゃねえか?」
「おら、てめえも死んどけや!」
カリオッツと対峙していた男が剣を逆袈裟に振り上げる。
硬質な金属音。
男の剣を止めたのは、足。
膝を高く上げ、ブーツに付いた金属製の足甲で剣を止めている。
「ぬ!? ぐ、ぐぐっ!!」
男は剣に力を込めるが、片足立ちのカリオッツは微動だにしない。
「……本気で相手をしてやる。〈龍脚〉」
カリオッツが呟くと、両足から闘気が吹き出した。
剣を止めていた足が、逆に剣を押し返す。
さらに、足はそのまま上段蹴りの軌道を描き、相手の男を横の壁に叩きつける。
「ぎゃっ!?」
壁に激突した男は気絶し、そのまま崩れ落ちた。
「て、てめえ! よくもやりやがったな」
仲間をやられ激昂した二人の男がカリオッツに襲いかかる。
その横を通り過ぎ、カウンター裏に向かう男。
最初、クウスに弾き飛ばされた犬耳の男である。
吹き飛んでいったクウスを甚振ってやろうと、犬耳男がカウンター裏に入った瞬間。
半分が銀色に輝く眼と、視線が合った。
その直前に、犬耳を澄ませていれば「《真抗門》」という呟きが聞こえただろう。
「ぶぎゃっ!?」
轟音と、猫のような鳴き声。
カウンター裏から、再び弾き飛ばされた犬耳男。
今度は有効打だった。
口と鼻から血を出して悶絶している。
ガノ達もカリオッツも、カウンターから出てきた少年に釘付けになる。
既に魔人化したクウス。
大半が黒だった髪と目の中に銀の割合が増え、、その立ち姿は、怪しさと威圧感を見た者に与える。
「な、何かあのガキ、雰囲気変わってねえ?」
「どうでもいい! 俺がやる! てめえらはその赤髪をさっさとぶっ殺せ」
動揺した男達を押し除けてガノが、前に出てくる。
雰囲気の変わったクウスに嫌な予感を覚えたガノは、自分の手で仕留めることにしたらしい。
「おい、デカブツ。よくも吹き飛ばしてくれたな。…次はオレの番だ。ぶっ飛んで更生しろ」
クウスが獰猛な獣の様に牙を剥く。
「ふん、てめえみたいなガキが俺を倒せるか。てめえが勝てたら更生でも何でもしてやるよ。……ただし! 死んでも恨むなよ、ガキィ!!」
ガノが殴りかかる。
丸太の様に太い腕から繰り出すパンチが嵐のように飛んでくる。
しかし、クウスはそれを難なく躱していく。
スピードで完全に上回り、ガノの攻撃を見切ってスレスレで避ける。
懐に入ると、ガノのパンチの勢いを利用して思い切り投げ飛ばす。
今度はガノがカウンターに吹っ飛んで行く。
「ふう、重てえなおい。そういやあいつは?」
ガノを投げ飛ばしたクウスは息をつき、カリオッツの方を見る。
すると、凄まじい闘気を宿した足から放たれた蹴りが、五人の敵を圧倒していた。
「おお、すげえ。何だあの足?」
あまりにも鮮やかに男達を蹴り飛ばしていくその技に、クウスは感心してしまった。
そして、あの異様な闘気を放つ足が気になる。
喧嘩が始まった当初は、あんな闘気を放ってはいなかった。
まるで、自分の魔人化の様に、突然解放されたように見える。
そんなことを思うクウスは、頭を竦める。
一瞬前まで、クウスの頭があった位置を、椅子が掠めていく。
起き上がったガノが後ろから椅子を投げたのだ。
「危ねえな。まだやる気か?」
やる気なのは分かりきっているが、あえて挑発して振り向く。
「あったりめえだ!! オラァ!」
すでに振りかぶっていたガノが、闘気を込めた拳で渾身の一撃を放つ。
本来なら一発で豚怪人すら昏倒させる、いやそれどころか頭を潰してしまう強力な一撃。
だがしかし。
クウスは、額を突き出しその一撃を受けた。
鈍い衝撃音が響く。
ガノは酔いがすっかり覚めていたが、思わず自分の目を疑ってしまう。
銀と黒の入り混じった頭は潰れていない。
それどころか、少年は後退りすらしていない。
そして、彼はニヤリと笑うと。
ガラ空きになっていたガノの腹に右拳を入れる。
「ぐぼぁ!」
身体の中の空気が全て口から出て行った。
胃の中まで逆流を起こしたように呼吸ができず、ガノは膝をつく。
何だこのガキは。
化け物。
アイツらと同じか。
一瞬の内、ガノの脳裏に幾つもの考えが浮かんでは、苦痛で吹き飛んで行く。
辛うじて気絶しなかったガノがクウスを睨みつけると。
「トドメだ。ぶっ飛べ!」
クウスは膝を使い掬い上げるような軌道の拳でガノの顎をかち上げる。
ガノの巨体は天井まで浮き上がり、店の入口の方へ飛んで行く。
開きっぱなしだった店の扉を突き抜けて、通りまでぶっ飛んだガノ。
それを見た通行人達は、何があったのかと騒ぎ出す。
「よし! これで解決だな」
クウスの勝ちだ。
それとほぼ同時にカリオッツも他のチンピラを片付け終わったようだ。五人が気絶し倒れている。
クウスに殴られた犬耳男だけは起きていたが、鼻血を流しながら呆然としている。仲間があっという間にやられ、戦意を失ったらしい。
カリオッツは息を切らしながら上半身を少し屈め足を抑えていたが、クウスの視線に気づくと背筋を伸ばして口を開く。
「ふう。雑貨屋の店主に報告しに行くか」
クウスとカリオッツが颯爽と店を出ようとすると、後ろから声を掛けられる。
「ちょっと待てや、兄ちゃんたち」
まだ仲間が居たのかと振り向く二人。
「店をこんだけ滅茶苦茶にしておいて、タダで済むと思ってんのかい?」
ずっと空気だった店主が、憤怒の形相で仁王立ちしていた。
ガノより強そう。
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