本の代価
「30万……。これじゃあ足りないよな?」
と、クウスは自分の全財産を手の平に置いて見せる。
銀貨が2枚、大銅貨や銅貨が数枚。
「あー、それじゃ全然足らないなぁ。これでも中々売れないから値下げした上での値段なんだよ」
どうやら、30万リーセとは値下げした価格だったようだ。クウスの持ち金は2万ちょっと。
「な、何とかならねえか? 力仕事とかあれば手伝えるぞ?」
クウスは集落で鍛冶師やモリーなど、親しかった人達の雑用や力仕事などをよく手伝っていた。手伝うと、お駄賃に干し肉やナッツなどを貰えるからだ。
この店主を手伝えば、もう少し安くしてくれるのではと、淡い希望を掛けるが。
「う〜ん、特に力仕事とかは無いしなぁ」
希望は無さそうだった。
その時、店に別の客が入ってきた。
入ってきたのは、黒い外套に身を包んだ長身の男。
赤髪に、鋭い目。歳の頃はクウスよりも少し上に見える。外套の腰の辺りが膨らんでいるので、おそらく剣か何かを装備しているのだろう。
男は店主に目を向けて。
「珍しいな。本が有るのか、この雑貨屋は」
「ああ、この町じゃ専門の本屋がやっていけるほど、人がいないからね。ウチのような雑貨屋がまとめて扱うのさ」
男に店主が答えると。
「成る程な。魔術、特に封印魔術に関する本はあるか?」
「…………」
クウスと店主は、互いに目を見合わせ、次に店主の持つ本を見る。
「あ〜、一応有るんだけどね。その……こっちのお兄さんも欲しがっててね。まあ、このお兄さん、お金足らないんだけど」
店主がそう答えると、赤髪の男はクウスをチラッと見る。
「……金が無いなら、俺に譲ってもらおう。ちなみに幾らだ?」
「30万リーセだよ。有るのかい?」
「30万か……。20万なら出せる」
どうやら赤髪の男も手持ちが足らないようだ。
クウスは少しホッとする。
「赤髪のお兄さんも足らないのかぁ。うーん、困ったね」
このフチという小さな町に本を求めてくる客は、滅多に来ない。そんな客が同時に二人も来たのに、二人とも金が足らないと言う。
先に来たのは、銀混じりの黒髪の青年だ。しかし、慈善事業でやってる店では無いので、仕入れ値の分は払えそうな赤髪の青年に売ろうか。
そう考えていた店主だが、突然閃いた。
ダメ元で、あいつを何とかしてもらおう、と。
「ゴホン、お金の足らない君達に一つ提案があるんだが」
店主はクウスと赤髪に、困り事を話すのだった。
店主の困り事は、彼の息子のことだった。
息子のガノは力自慢の男で、十五歳で意気揚々と兵士に志願し、軍隊入りしに王都へ行った。
兵士は危険もある職業だが、少し乱暴者な子供だった息子がちゃんと職業に就いてくれて、店主は安心し応援していた。
だが、今から一年前、六年間兵士としてこの国、エステマ王国の王都で働いていたガノが、突如町に戻ってきた。
軍を辞めたと言う。
店主はガノに辞めた理由を聞くが、「もう兵士はいいんだ」と、話したがらない。
六年も務めた仕事を辞めたのは残念だったが、元兵士なら町でいくらでも仕事がある。何なら雑貨屋の後を継いでくれれば良い。そう店主は思っていた。
しかし、フチに帰って来てからのガノは、働くどころか毎日酒を飲んで家でゴロゴロしていた。
最初のうちは、軍で嫌なことが有ったのだろう、しばらくゆっくり過ごせばいいと、大目に見ていた。
だが、一年経っても変わらない。
いや、むしろ悪化していた。
最近では町の不良とつるんで酒場に入り浸って、町で度々、揉め事を起こすようになってしまった。
そんな息子に店主は何度も説教をするが、全く効きやしないし、そもそも聞きやしない。
いずれ犯罪を起こしてしまうかもしれない。誰か、叩きのめしてでもいいからお灸を据えてくれる人間はいないものかと、店主は困りに困っていた。
そこに、本を買いたいが金が無いという二人の若者が現れた。
他所から来た人間なのは見れば分かった。
二人は腰に剣を佩いていて、多少は腕に自信があるように見えた。少なくとも町の不良達よりは強そうに。
もしかしたら、二人がかりなら息子に勝てるかもしれない。ガノも性根を叩き直されれば、少しは真面目になるかもしれない。
そんな淡い期待を抱き、身内の恥を晒してでも助力を求めたのだ。
「よし! おっちゃん、後はオレに任せとけ! そのガノってやつをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
クウスは金を稼ぐより簡単そうな店主の頼みに、二つ返事で了承した。
「いいだろう。本がそれで手に入るなら、俺もやる」
どうやら、赤髪の男も店主の頼みを受けるようだ。
「なあ、おっちゃん。オレとそいつ、先に息子をぶっ飛ばした方が、本を貰えるってことでいいんだよな?」
「ああ、そうだよ。ただ息子は元兵士だから、って、ちょっと! おい!」
クウスは店主の返事を聞くや否や、店を飛び出して行った。早い者勝ちなら、と早速ガノを探しに行ったのだ。
「ああ、行っちゃったよ……。あ、赤髪の兄さん、君も気をつけてな。息子は昔から力自慢な上に、元兵士だから腕っ節は確かだ。……君は彼を追いかけないのかい?」
クウスが飛び出して行ったのに、落ち着いている赤髪の男に店主は、もしかしてあまり乗り気じゃ無いのかと思い聞いた。
「問題無い。それで、ガノはどこに居るんだ?」
「おお、そう言えば教えてなかったね。広場から大通りを北に進んで、井戸が見えたら右に曲がると酒場がある。最近は毎日そこにいるはずだ」
「そうか、分かった。じゃあ行ってくる」
場所を聞いた赤髪は、歩いて店を出て行った。
それを見送った店主は飛び出して行ったクウスを思い出し、
(……銀混じりのお兄さんは、居場所を知らないのにどこを探しに行ったんだ?)
と、疑問に思うのだった。
雑貨屋を飛び出したクウスは大通りを走り、ガノを探した。
だが、広場まで来て通りを歩く町人をジロジロ見ながら思う。
(……ガノってどんな奴なんだ?)
元兵士ということは知ってるが、外見は聞いていない。
強そうな奴か、と思い広場を見回すが。
作物を積んだ荷車を引くおっさん。買い物中なのか片手で荷物を持ち、反対の手で子どもの手を引く母親。道の端でペチャクチャ喋っているおばさんたち。
普通の町人しか歩いていなかった。
「うう、どうすっかな」
町での人探し。
そんな経験の無いクウスには、方法が分からない。だが。
「あっ、人に聞けばいいのか!」
意外とすぐに気付いたクウス。そして、さっそく広場を歩く老人に話しかける。
一番良い方法は店主に聞きに戻ることだったが、それには気付けなかった。
「爺ちゃん、ガノって奴どこに居るか知らねえか?」
「おん? どこかで聞いた名前じゃなぁ。どこじゃったかのぉ」
どうやら、老人は名前に聞き覚えはあるが、思い出せないようだ。
「おお、そう言えば近所の婆さんがガノがどうのこうのと言っておったのぉ」
「ほんとか! その婆さんはどこに居るんだ?」
思い出した老人に、隣の老婆の居場所を聞く。
「婆さんなら、この時間は家にいるじゃろ。この道を真っ直ぐ行って、井戸があるとこを右に行くんじゃ。酒場の隣じゃからすぐに分かるじゃろ」
「酒場の隣だな! ありがとよ、爺ちゃん!」
クウスは老人に礼を言って、通りを北に進む。
偶然にも目的地に近付いていくのだった。
そのすぐ後、クウスがいなくなった広場を赤髪の男が北に歩いていった。
老人の言うとおり井戸で曲がり歩いていくと、酒場が見えてくる。
酒場の中からは男達の騒ぐ声が聞こえてくる。どうやら、こんな昼間から飲んでいるらしい。
クウスは酒を飲んだことが無い。
集落では大人たちがたまに楽しそうに酒を飲んでいたので、興味はあったのだが、集落の決まり事で成人するまでは飲んではいけないとされていた。
成人してすぐ旅に出たのでまだ飲んでいないが、路銀に余裕が出たら飲もうとクウスは思った。
そんなことを考えながら、酒場の隣、一軒家のドアをノックする。
少しするとドアが開き、老婆が出てきた。
「はいはい、何だい?」
「よお、ばあちゃん。ガノって奴を探してるんだけど、どこに居るか知らねえか?」
「ガノ? あの不良なら隣の酒場さ。毎日毎日、昼間からうるさくてしょうがないよ」
「え? 隣?」
と、クウスが隣の酒場に目を向けると、丁度、赤髪の男が酒場のドアを開けて入っていくところだった。
「あ! あの野郎! ばあちゃん、ありがとな!」
クウスは老婆に礼を言ってから酒場に向かった。
酒場のドアを開けて中に入ると、酒や食べ物の籠った匂いが鼻につく。
自分に続いて入ってきたクウスに、赤髪も気付いたようだ。
「なんだ、婆さんへの聞き込みは終わったのか?」
小馬鹿にしたような言葉をかける赤髪の男。
「お前、オレの後尾いてきてたな? 先を越そうたってそうは行かねえぞ」
クウスは、赤髪が自分の後を尾けていたと勘違いしていた。
「……。俺は雑貨屋の店主に聞いて真っ直ぐここに来ただけだ」
「なっ! その手があったのか! ま、まあ別にいいや。ガノって奴を先にぶっ飛ばせばいいだけだし」
クウスが負け惜しみを言うと、その言葉に店の奥にいた男達が反応した。
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