初めての町 フチ
エミリーやナコフと別れ、魔物を一掃した翌日。
クウスは教えてもらった通り、山脈を目指し歩いた。
昼前には、進む地面が荒野から草原に変わった。
そして、昼過ぎ。
「おっ!道だ!」
草が取り払われ均されている道、街道に出たのだ。
(確か街道に出たら右、だったよな?)
街道を右に進む。今までの荒野や草原と違い、ある程度、平坦な道は歩きやすい。
ナコフは街道から町まで、凡そ半日と言っていた。
クウスはついに初めての町が近いと分かり、気が逸りはじめる。
次第に道を歩くスピードが上がっていき、ついには小走りになった。
走ったり歩いたりを繰り返すこと、数時間。
日が沈み始める時間帯だ。
クウスの目の前には、旅の最初の目的地。
初めての町、フチがあった。
大きい街ではないと聞いていたが、クウスの予想よりも遥かに大きな町だった。
故郷の集落には家が二十軒程しか無かったが、今彼の目の前にはその十倍を超える家が軒を連ねている。
クウスの知る家は、一階平屋建てだが、それだけで無く二階建ての建物や、家を何軒もくっつけたような大きな建物も見える。
クウスは少しの時間、夕焼けに照らされた町をぼうっと眺めていたが、気を取り直して町の入り口へ向かった。
柵で囲まれた町、その入り口には見張りの男が一人立っていた。
クウスが入り口の前まで歩いて行くと、手を上げて話しかけてきた。
「よお、一人旅か? ようこそ、フチへ」
「ああ、一人だ。宿はあるか?」
「宿なら、入り口から真っ直ぐ行ったら広場に出る。その広場の側に宿屋があるぞ」
「そうか、ありがとう」
見張りの男に礼を言って、町の中に入る。
通りにはたくさんの人が歩いていて、やはり集落とは人の数が違うとクウスは感じた。
しばらく歩くと開けた場所に出た。ここが広場なのだろう。
屋台が出ていて、串に刺した何かの肉が焼かれている。隣の屋台は、具材が挟んだパンが売られている。
クウスは屋台の匂いに、特に肉の串焼きに惹かれていくが、金に余裕は無い。
お金は、ノーマンから餞別に貰っている。銀色の硬貨が3枚。これがクウスの全財産だ。
この銀貨がどの程度の価値か知らないが、宿屋に泊まるつもりなので、屋台で無駄遣いはできない。
ちなみに、住んでいた集落では貨幣が使用されておらず、物々交換が主だった。交換する物が無い人は仕事の手伝い、つまり労働力の提供などで取引していた。
屋台から目を逸らし、広場の周りの建物を見回すと、すぐに宿屋が見つかった。
「宿」と、看板にシンプルに書いてあった。
ちなみにクウスは簡単な文字なら読み書きができる。祖父のノーマンが文字を読めなくて新人冒険者時代は苦労した、という話を聞き、集落一の知恵者であるモリーに習ったのだ。
宿のドアを開けるとカウンターがあり、その向こうで中年の女性が縫い物をしていた。おそらく、宿の女将だろう。
「すまん、部屋空いてるか?」
クウスが声を掛けると女性は一瞬驚き、すぐ笑顔で応対する。
「あら、いらっしゃい。部屋なら空いてるよ。素泊まりなら3000リーセ。夕食と朝食付きなら5000リーセだよ」
「メシ付きがいいんだけど、これで足りるか?」
クウスが銀貨を3枚見せると、
「多すぎるわよ。銀貨1枚でお釣りが出るよ」
と言うと、クウスの手から銀貨を1枚取ってカウンターの下の袋にしまう。
さらに、袋から大きな褐色の硬貨を5枚取り出し、クウスに渡す。
「この硬貨は幾らなんだ?」
クウスが渡された褐色の硬貨について聞く。
「知らないのかい? それは大銅貨だよ。それ1枚で1000リーセ。さっきの銀貨が1枚で1万リーセさ。他のも教えようか?」
言葉に甘えてお願いすると、女将は貨幣の価値を粗方、教えてくれた。
それによると、まず貨幣の単位はリーセ。
一番価値の低い貨幣は、穴銅貨で、1枚で10リーセ。見た目は真ん中に穴が空いた黒ずんだ硬貨だ。
穴銅貨が10枚で、銅貨。
銅貨は1枚で100リーセ。
見た目はくすんだ赤褐色の硬貨。
銅貨が10枚で、大銅貨。
大銅貨は1枚で1000リーセ。
見た目は、銅貨より一回り大きく、褐色もより輝いている。
大銅貨が10枚で、銀貨。
銀貨は1枚で1万リーセ。
クウスの持っていた硬貨だ。見た目は銅貨と同じ大きさで銀色。
銀貨が10枚で、大銀貨。
大銀貨は1枚で10万リーセ。
見た目は銀貨より一回り大きく、より銀の輝きが強い。
大銀貨が10枚で、金貨。
金貨は1枚で100万リーセ。
見た目は銅貨・銀貨と同じ大きさで金色に輝いている。らしい。
金貨より上には、白金貨という貨幣がある。らしい。
大銀貨より上は、宿屋の女将が持っていなかったので、クウスは話に聞いただけだ。
大銅貨と大銀貨は、普通の銅貨・銀貨の10倍の価値があるのに、大きさや重さがそこまで変わらないのは何故か、クウスは尋ねた。
すると、女将が言うには大銅貨・大銀貨は使われている銅・銀の純度が高いため、価値が違うそうだ。
女将から聞いた貨幣の価値から、クウスの全財産は、銀貨2枚に大銅貨5枚、2万5千リーセになる。
女将から教わった後、早速、泊まる部屋に向かった。部屋の中は、ベッドが一つ、小さな机と椅子が一つずつの簡素なものだった。
クウスは荷物入れを床に置くと、ベッドに寝そべってみた。
「おお、柔らかい」
大して良い寝具ではないのだが、一週間以上も固い地面や木の上などで寝ていたクウスには、至福の感触であった。
寝そうになってしまうが、すぐに夕食が食べれると女将が言っていたのを思い出し、起き上がる。
部屋から出て食事スペースに行くと、女将から席に座るよう言われ、座って待つこと一分。
野菜やら何やらを煮込んだスープ、パン、そして初めて見る真っ赤な色をした果物が出てきた。
まずは、スープから頂く。
ドロドロに煮込まれていて、野菜やキノコの旨味が凝縮されていそうなスープ。
ところが、口にしたクウスは、思ったより薄い味に、微妙な表情になった。
とりあえず、パンと一緒に全て腹の中に入れる。味は残念だが、腹が減っているので食べないという選択肢は無い。
「おばちゃん、この果物は何て言うんだ?」
「それはハウだよ。皮が真っ赤なやつは甘くて美味しいよ。上についてるヘタと中の種は食べれないけど、皮ごと丸齧りで食べれるわよ」
お盆に乗っていた赤い果実はハウと言うらしい。
早速、ひと齧りしてみる。
「! 甘い、すげえ甘いぞこれ」
多少の酸味はあるが、甘みと合わさって美味しく感じる。干し果実を除けば、クウスの知る果実で一番の甘さだった。
あっという間に、ハウを丸々一個食べきってしまった。
「このハウ? は、どこかで売ってるのか?」
「もちろん売ってるよ。この町にはハウ農家が幾つかあって栽培してるからね」
クウスは絶対、明日買いに行こうと決めた。
食後は部屋に戻り、すぐに眠りに落ちた。
翌朝、起きたクウスは飼い犬のロクを探すがいない。朝の散歩の時間になると起こしに来るんだが……と、部屋を見回したところで、自分が宿屋に泊まったのを思い出した。
柔らかい寝床で寝たので実家と勘違いしてしまったようだ。
愛犬ロクは今頃、祖父のノーマンが散歩に連れて行ってくれているだろう。
今日は、フチの町を散歩し、ハウを買う予定だ。
宿屋を出て、適当に道を歩いて行く。
果物を売っている店があったので、ハウを一つ銅貨1枚で買い食べながら町をぶらぶら歩いていると、雑貨屋を見つけた。
クウスは雑貨屋を見るのが初めてだったので、色々な物が雑多に置いてある様子が気になり、店の中へ入った。
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
五十代くらいの中年の男が話しかけてきた。
店主だろうか。
「いや、色んな物が置いてあるから何が売ってるのかと思って」
「ウチは雑貨屋だよ。蝋燭や油、布や針、壺や籠、生活に必要な物は大体揃ってる。あと本も置いてるよ」
そう言った店主の後ろにある棚には、確かに書物が数十冊並んでいた。
「本……、封印に関する本とか無いか?」
クウスは自分の封印を一時的な解放でなく、完全に解く手がかりを探している。集落で魔法関連に一番詳しいモリーの家にも本は沢山あったが、封印魔術に関するものは無かった。
旅に出たら、クウスに封印を施した魔道士、もしくは封印に関する書物を、探すと良いとモリーに言われていた。
「おお、封印か。一冊だけ有るよ。去年亡くなった魔術士のじいさんの遺品でな」
何と有るらしい。
まさか最初の町でいきなり見つかるとはクウスも思っていなかったので、少し拍子抜けする。
「30万リーセでいいよ」
どうやら、拍子抜けするには早かったようだ。
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