外に出る魔人様
初投稿です。
頑張って更新していきます。よろしくお願いします。
「荷物は持ったか? クウス」
クウスの祖父ノーマンが、険しい表情で聞いてくる。険しい顔をしているのは朝日が眩しいからではなく、いつものことだ。
「ああ、必要なものは全部持ってる。そろそろ行ってくるぜ、じいちゃん」
黒の中にところどころ銀が混ざった色をした髪と目を持つ少年、クウスが答える。
髪と目に混じる銀が朝日を反射し輝く。今日という日を待ち望んできたクウスの、期待や高揚が体から溢れているようだった。
生まれてから15年間、一度も出たことが無かった集落を囲む森。クウスは今日、その森の外へ初めて出るのだ。
もちろん、集落を囲んでいる森に行ったことはある。しかし森はとても広大で、ある程度の距離から奥には絶対に入ってはいけないと言われていた。
なぜ外に行くのか。それは、冒険者になり世界を旅する為だ。
クウスを育てた祖父ノーマン、クウスに剣を教えた集落の鍛冶師、顔は覚えていないが亡き母親。この三人ともが若かりし頃に集落の外へ旅立ち冒険者として活動していたそうだ。
そんな元冒険者達から話を聞いて育った為、クウスが冒険者に憧れ、外の世界に興味を抱くのは自然なことだった。
革を縫って作られた荷物入れの中を、ざっと確認してから、クウスはノーマンの方に顔を向ける。
集落の出口にはノーマンだけでなく、集落の住人達がほとんど揃っている。といっても、クウスと親交のある者はほとんどいない。
クウスは子供の頃から集落の住人から敬遠されてきた。
幼い頃に魔力を暴走させて騒動になったことと、父親が誰か分からないこと等で、腫れ物扱いされている。
それが、育ててくれたノーマンや一部の住人から聞いた話から、クウスが推測した理由だ。
クウスとノーマンの家は集落の外れにある。他の住人とあまり交流をしなくても生活はできていたので、敬遠されようとクウスはそこまで気にしていない。子どもの頃は寂しさを覚えることも多かったが。
しかし、そんな自分が集落を出る日に、集落の殆どの住人が見送りに来たのは、意外だった。
普段すれ違うとビクビクしていた髭面の男は目を潤ませている。そんなにクウスが出て行くのが嬉しいのだろうか。
話したこともない年上の女は、心配そうな顔をしている。クウスが旅に出てすぐに戻ってこないか心配しているのかもしれない。
いつもチラチラとこちらを見ながら井戸端会議をしていたおばさん連中は、笑って「頑張りなよ!」と声を掛けてくる。田舎育ちのクウスが町に出て恥をかくのを見越しているのだろう。
そして、親交のある人達。
「クウス、剣はまめに手入れをしろよ? 俺の打った剣はヤワじゃねえが、限度があるからな」
クウスが腰に差す剣を打った鍛冶師が、旅での武具の手入れを怠らないよう注意する。この鍛冶師はクウスに剣を教えてくれた師匠でもある。
忙しいのにクウスの相手をしてくれた数少ない人。彼ともお別れだと思うと寂しさが肩を僅かに震わせる。
「分かってるよ。手入れはいつもしてるから大丈夫だ」
寂しさを振り払うように笑い、腰の剣をポンと軽く叩いて、鍛冶師に返事をする。
ちなみに、クウスの持つ剣は剣鉈だ。
鉈にしては長く、長剣にしては短い。
45センチの剣身と15センチの柄を持つ剣鉈は、片手剣としても鉈としても使える優れものとなっている。
「クウス。道は昨日教えた通りだからね。目印に沿って行けば三日で森を抜けられる」
集落で最高齢の老女、モリーが念を押してくる。モリーはクウスに魔法や雑学を教えた先生である。
「それと、魔法の使い方には特に気をつけるんだよ。変なのに目をつけられるから……分かってるね?」
「分かってるって、モリー婆。もう百回は聞いたからな。気をつけるし、何とかするさ」
「フェッフェッフェ、分かってるならいいんだよ。あんたは手のかかる子だったけど、物覚えは悪くないしね」
「ク、クウス! 気をつけてね。外は魔物だけじゃなくて、色んな人が居るんだから!」
モリー婆の後ろから、クウスより三つ年下の少女が顔を出して、兄弟子を心配する。
少女はモリーの孫でクウスと一緒に魔法を習っている。その関係もあり集落の子どもで唯一、クウスに懐いている。
モリー婆と少女、祖母孫そろって口うるさいけれど、いつもクウスを心配してくれる優しい人たちだ。
元気でいてほしいなと思う。そんなクウスの目の奥からは、なにかが込み上げてきそうになる。
「大丈夫だっつうの。変なやつに絡まれたら誰が相手だろうが、ぶっ飛ばしてやる」
「何言ってやがる、ガキんちょが。結局、ワシに一度も勝ってねえだろうが」
クウスが少女に適当なことを言うと、ノーマンから突っ込みが入った。
ノーマンは槍使いで、クウスとしょっちゅう棒切れで打ち合いをしているのだが、クウスは子供の頃から一度も勝てたことが無い。クウスはそれが悔しくてたまらない。
あまりにも勝てないので、棒術が嫌いになり、鍛冶師に剣を教わるようになったぐらいだ。
「ぐっ、うるせーな。旅に出たらオレはじいちゃんよりも強くなってやるからな! 待ってろよ!」
「そうかい。何年かかるか知らんが、気長に待っててやる。ワシが死ぬ前には帰ってこいよ?」
「バカにすんなよっ。……すぐに強くなって帰ってくるから。……だから、それまで元気でいろよな」
クウスはちょっと照れ臭そうにしながら、素直じゃない別れの挨拶をした。ノーマンは頑固だし厳しい。しょっちゅう怒られたが、どんな時もクウスを見る目は、どこか優しくて好きだった。
素直に言えないが、育ててくれたことをとても感謝しているし、その強さを誰よりも尊敬しているのだ。
目にジワジワと気持ちが溢れていく。
もう限界だ。
涙が零れ、頬を濡らす。
「泣くんじゃねえ、クウス」
ノーマンがやれやれといった表情で嗜める。
「ノーマン、いいじゃないさ。こんな時ぐらい泣くのを我慢しなくても罰は当たらないよ」
モリー婆は我慢しなくていいと言う。
クウスは子どもの頃から泣き虫で、いつまで経っても涙腺の弱さだけは治らなかった。
今日もずっと涙が出そうになるのを我慢していた。
モリー婆やノーマンはそれをよく分かっていた。
「……じゃあ、そろそろ行くわ。じいちゃん、モリー婆、みんな、元気でな!」
クウスは目を擦りながら、見送りにきた者達に手を振って集落を出て行く。
その後を、馬の様に巨大な一頭の黒い犬がついて来た。クウスの家で飼われている犬、ロクだ。集落の外れまで見送りをしてくれるようだ。
たった今から冒険が始まる。
災害を噴き出す泉、隔絶されし戦乱の半島、首無き妖精の森、雪深き山脈の大巨人、蜃気楼の古代都市、天へ至らんとする大迷宮。
人から聞いた話ではない。
自分の目で、世界を見に行くのだ。
冒険に逸る心を抑えるように、じゃれつくロクを撫でる。
やがて、歩いて行くクウスの姿は森の中へと消えていった。
「行っちまったか」
クウスの姿が見えなくなると、鍛冶師が呟いた。すると、周りにいた住民達からため息やうめき声が漏れる。中には涙を流して悲しんでいる者も何名かいる。
その中にはクウスに心配そうな顔を向けていた女や、笑って声を掛けた主婦たちもいた。
「ううっ、行ってしまわれた。……モリー婆、本当に行かせてしまってよかったのか?」
クウスが出発する前から、目を潤ませていた髭面の男がモリーに問いかける。
「よかったも何もないよ。あの子はクウス。クリュエの子で、ノーマンの孫。それ以外の何者でもないさ。
あの子が集落を出るって言い出した時に散々話し合っただろう? あの子を止めたいなら、自分で説得しろと言ったはずさ」
「そ、それはちょっと……畏れ多いし」
モリーの言葉に髭面の男は縮こまってしまう。普段からビビって声を掛けることもできない髭男に、説得は壁が高すぎることだった。
「全く、旅に出たくらいで何をウジウジしてやがんだ。
心配すんな。うちのクウスは殺したって死ぬ様なタマじゃねえ! ……たまに顔出してくれりゃあ、十分だ」
ノーマンが悲しむ住人たちを見ながら喝を入れる。
その目の端には一粒の涙が光っていた。そして、どんどんと涙が溢れていく。
そう、ノーマンもずっと我慢していたのだ。孫に情け無いとこを見せられないと痩せ我慢していただけだった。
そんなノーマンを尻目に、モリーは穏やかに笑う。
「フェッフェッフェ、ノーマンの言う通りさ。あの子は強い子だし、これからも強くなるよ。
それこそ、あんた達が信じている魔人の生まれ変わりなら、尚更そうさ。
……それとも魔人様が信じられないかい?」
モリーが髭面の男や村人を見回して問いかける。
「ま、魔人様を疑うなんてとんでもねえ! た、ただ心配なだけで……」
「なら、旅の無事を祈っときな。…全く」
モリーは呆れながら村の中へ歩いていく。
(……ああは言ったが少し心配だね。何せ、あの子の『魔法』は特殊だから。誤魔化す方法も教えてはいるけれど、限度はある。上手くやってくれるといいけど。
それに、あの子に『封印』された力は強大すぎる。とにかく封印に関しては町に着いたらよく調べるように念押しはしたけども。……解くのを諦めてくれるとあたしは安心さね。
……でも)
モリーは足を止め、村の入口を振り返る。そこには未だに解散しない住民たちがいるが、モリーが見つめるのはさらに奥。外の世界へ踏み出した若人が進む道だ。
(……魔人の生まれ変わり。言い伝えでは記憶を受け継いで生まれるはずだけど、あの子は何故か記憶を受け継がず生まれてきた。
記憶を持たないが故に、子どもの頃は力を制御できず大変だった。……本当に大変だったねぇ。
今はほとんど封印されているとは言え、魔人の力を持つあの子がどんな人生を歩むのか、心配だけど楽しみだよ)
モリーは向き直り、再び歩き出す。
その顔はとても優しい笑みを浮かべていた。
クウスが集落を旅立ち、一週間後。
クウスはまだ森にいた。
「あ〜あ。どこなんだよ、ここは。獣道すらないぞ」
腰の鞘から抜いた剣鉈――鍛冶師特製の剣――で藪を払いながら当てもなく進む。
一日目は良かったのだ。祖父のノーマンやモリー婆が言っていた目印に沿って、歩くだけだった。
しかし、二日目に茂みから鹿が飛び出してきた。クウスの暮らしていた集落周辺では魔物が幅を利かせているので、普通の動物は滅多に見かけない。
なので物珍しさと食い気に取り憑かれ、つい追いかけてしまったのだ。
十数分後には鹿を見失い、目印も見失っていた。
それから六日間、森の魔物を狩りながら彷徨っていたのだ。
集落から出る前に、携帯用の食料として持ってきた干し肉、ナッツ類、干し果実。干し肉は三日前に、ナッツは昨日、食べ切ってしまった。
干し果実はまだあるが、甘党なクウスの大好物なので一日に一つだけと決めている。
食べられる野草はそこら辺に生えているが、腹に溜まらないので物足りない。
早く森を抜けて、町や村で食べたことの無い料理を味わいたい。
「……ん? おおっ、やっと抜けたか!」
そんなクウスの願いが通じたのか、森の隙間から草原が見えてきた。
草原は森の側だけで、すぐ先には草も生えない荒野が広がっている。
荒野に出たが、どの方向に向かえば良いのだろうと考える。
本来の予定ルートでは、まず集落から森を抜けるため目印に沿って真っ直ぐ南下する。森を抜けたら南西に向かい街道を探す。街道に出たら沿って歩いて行けば人里に着く。という簡単なもの。
ところが、クウスは彷徨ったせいで森のどこから出てきたのか分からない。
クウスは森を背に周りを見回す。
右には一週間も彷徨っていた森が突き出るように視界を塞ぐ。正面は荒野で岩や僅かな草が点々と、そして延々と遠くまで続いている。左には遥か遠くに山々が見える。
目指しているのは人里なので、森も山も避けて真正面に進むのが良さそうだ。
クウスは前の荒野へ足を踏み出した。
荒野を歩くこと数時間。
クウスはふと、前方に動くものを見つける。
「んん? 何だ? ヒト……と魔物か?」
二人の人間が数匹の獣に襲われているように見える。
それを見て、前方へ走り出す。
一週間ぶりに見る人間だ。しかも集落の外の人間に会うのは初めてのこと。少しワクワクした気持ちを抑えながら駆けていく。
走り始めて一分ほどで、動いている人と獣がはっきりと目に見えてきたが、クウスは不思議に思った。
「襲ってるのは魔物じゃねえな。ただの狼だ。狼ならさっさと蹴散らせばいいのに、何やってんだ?」
普段から魔物を狩っているクウスの感覚では、ただの狼は脅威度が低い。軽く殴るか剣を振れば、すぐに鳴いて逃げていくのだ。
狼に襲われている二人は杖を振り回してるが、ただそれだけ。
狼に掠りもしていないし、狼の動きに付いて行けてない。
二人の人間を囲み翻弄する狼たち。
その内の一匹が駆け出す。
小柄な方の人間に後ろから襲いかかった。
「きゃあ!」
小柄な人間――声からして少女か――は後ろを振り向く。
すでに狼は飛びかかっていて、少女の眼前に狼の牙が迫る。
驚き固まって動けない。
少女がもうダメだと覚悟した、その時。
狼の斜め後ろから凄まじいスピードで何かが現れる。
「オラァッ!!」
そして少女に飛びかかった狼を、蹴り飛ばした。
「ギャンッ!!」
弧を描いて遠くにぶっ飛んでいく狼。
それを見てその場にいた人も狼も、全員があ然とするのだった。
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