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クソラノベの世界に転生した俺は原作を破壊する事にした  作者: 雪本 弥生
第二部 クソラノベの向こう側 プロローグ
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第87話 別れ


「雨もやんだようじゃな」

「……そうですね。薄っすら青空も見えてきちゃいました」


俺とローランさんは学園の西門を出て、一歩外へ出てみる。

相変わらず地面は雨でぬかるんではいたが、さっきまで降っていた小雨はすっかり降りやんでいる。

もっと雨が降っていればなんとかローランさんをこの学園に繋ぎ止めておくこともできたかもしれないが、こうなってしまえば諦めるしかない。


「ほれ、シエル君、あっちの空に虹が出とるぞ!」

「あ、ホントだ、縁起いいですね」


二人して虹を見上げながら、ここまで縁起なんて何一つよくなかった今日という一日を振り返ってみる。

一応ここに来るまでにすれ違ったジャック君達に、俺とローランさんの居場所を伝えてはおいたのだが、ご都合主人公のようにいつでも都合のいい展開がやってくるわけもない。

シャルに関しては、諦めるしかないか……



「お爺様!?」


その時、俺の鼓膜に響くように聞こえてきたのは、誰か女子生徒の声だろうか。

いや、振り向かなくても分かってる。

このフラグ回収の速さ、ご都合主人公でももっと時間かかってるぞ。


一応はとぼけてみたが、俺とローランさんは一緒に振り返ってその声の主を目で見て確認する。


「……おお、シャルか!」

「……お爺様ごめんなさい、会えなくて!………………で、なんであなたもいるのよ」

「虹の導き、かな?」

「……全く意味が分からないんだけど」


雨上がりの晴れ間に突然いい事が起きるとか、この世界、情景描写に忠実過ぎるだろと突っ込んでみたが、ふと思い出す。

そういえばこの世界、クソラノベの世界だった。





「というかなんだよ、『お爺様』って。お嬢様かよ」

「言われるまでもなく私はお嬢様だから、何か文句ある?」


シャルはローランさんの隣で腕を組んで、俺を見下す。

俺は金持ちの余裕に、一般人代表としてぐぎぎと歯を食いしばっていたが、その様子を眺めるローランさんの顔はニコニコと、穏やかそのものだった。


「というかあなた、お爺様がどれくらい凄い人なのか知らない癖に、失礼な事してないでしょうね」

「ふん、俺がした事と言えば、ローランさんの意識を奪って俺の部屋へ拉致監禁し、機密情報を色々聞きだしたくらいだよ!」

「十分すぎるわ!?」


シャルは怒鳴ると、ローランさんはニコニコとした表情を崩さないまま、ふと後ろを振り返る。

するとそこには先ほどまでなかったはずの馬車が突然目の前に現れていた。

御者の席には誰も座っていない、無人の馬車だ。

しかしそんな馬車に慣れているのか、シャルやローランさんは驚くことなくその馬車を見つめていた。


「おうおう、わしもそろそろ帰らなければじゃな」

「いつの間にこんな馬車……」

「え、お爺様もう帰っちゃうんですか?」


シャルは目を見開いてローランさんの方へ体を向けるが、ローランさんはそんなシャルの顔を見て微笑む。


「元気な孫娘の顔を見れただけでいいんじゃよ。死を待つばかりの老人が何を言おうと、この世界の主役は今を必死に生きているお前達じゃ。好きにすればよい」

「「…………」」

「それにシャル、お前の今の顔は実家にいた頃よりずっといい。何があったのか、一体この学園で何を学んできたのか、色々気になる事はあるが……」

「それなら!私もお爺様に聞いてほしい事はいっぱいあるし、相談したいことだって色々ある!もっといっぱい話したいって……」


シャルは言いながら、ローランさんの顔を見る事ができずに徐々に顔を俯かせていく。

ローランさんはそんなシャルを一瞥して、笑顔のままふっと息を吐くと、よっこらしょと馬車の荷台の上に乗る。

そんなローランさんを引き留めようと、シャルがはっと顔を上げると、その頭に小さな掌がぽんと置かれる。


弱弱しくも、思いのこもったその手は、途中まで出かかっていたシャルの言葉を飲み込ませた。

そしてローランさんは笑みを浮かべたまま一拍置いて言う。


「これ以上シャルの話を聞いてしまえば、わしはこの学園が名残惜しくなっちゃうじゃろ?それに……わしはお前を信じとるよ、シャル」

「…………っ!……でもやっぱり、たったこれだけなんて……」

「はっは、そうじゃな。こんな別れではあんまりか。……それじゃあ、これを」


ローランさんはしゅんと、うなだれるシャルに頭を掻くと、懐の辺りを漁って何かを取り出した。

それは、赤色と白色の糸で編まれた、ミサンガという奴だろうか。

ねじれながらも、デザインに関しては派手過ぎず地味過ぎない一般的なミサンガと言ったところだろうか。

ローランさんは満足げに取り出したそれをシャルに手渡すと、いきなり俺の方を向いて何かを放り投げてきた。


「これはわしがどこぞの商店で買ったやつなのじゃが、日々わしの純粋な魔力を込めておいた。いずれ役に立つかもしれないし、立たないかもしれない」

「……お爺様の……すごい」

「なんで俺にもくれたんですか?」


シャルはミサンガを眺めて感嘆の息を漏らしていたが、俺はミサンガを掲げながら疑問を投げかける。


「それはシャルにパートナーと呼べる者がおった時渡そうと思っとった奴じゃよ。ペアリングというものらしい」

「お爺様!?」

「……あなたは俺でいいんですか?」


シャルは驚いて声を上げていたが、俺はまっすぐローランさんの目を見て聞く。

ローランさんは決して目を離す事無く、俺の瞳を見据えながら答える。


「あぁ、この先わしはシャルの為に動く事ができなくなる。そんな時、わしの代わりにシャルを頼む。君に渡したそのミサンガにはそういう意味もある」

「……俺がこのミサンガを受け取れないと言ったら、どうするつもりだったんですか?」

「君はそんな事言わんよ。わしがこれまでどれだけの子を見てきたと思ってるんじゃ。人を見る目だけは自信がある。そしてシャルにも言ったように、わしはシエル君、君の事も信じておるよ」


ローランさんはいたずらな笑みを浮かべてそう言うと、馬車はおもむろに動き出す。

信じてる、そんな言葉がどこかむず痒くて、俺は手に持ったミサンガを掌の中にそっと握った。


「それじゃあ、シャル、学園入学の時以来、またしてもしばしの別れじゃな」

「……また、会える?」

「あぁ、わしはそう簡単には死なんよ」


ローランさんが手を差し出すと、それに合わせるようにシャルが掌を差し出し、お互いに掌と掌を合わせる。

しかしそれは馬車の動きと一緒に、ふっと手は離れていく。

ローランさんの温もりが離れていくのを名残惜しむように、シャルはしばらく腕を上げたまま下ろすことはなかった。


「シエル君、一つアドバイスをやろう。もしも君が新しい魔法を作ろうと思っているならば、学長に相談してみなさい。あの子は君の望む答えを持っている、だがきっとそれを隠そうとするじゃろうな。頑張って説得しなさい」

「………っ!?あなたはいったい……」

「また、の」

「……はい!またこの学園で待ってますよ」


いたずらに微笑みながら背を向けるローランさんと動き出した馬車に向かって、俺は大きく手を振りあげた。

それに合わせるようにシャルも大きく手を挙げて、思い切り手を振る。

ローランさんを乗せて出発した馬車はゆっくり、ゆっくり、先程虹がかかっていた場所を潜るように歩いていた。


横殴りに照り付ける夕日は、ゆっくり揺れながら帰路につく馬車の影を映し出し、どうしようもなく儚く映った。




そして風景の中へ溶け込んでいった馬車を最後まで見送った俺とシャルは、腕をだらりと下ろして、しばらくその場を動くことなくローランさんの帰っていった方向を見つめていた。


「……このミサンガ、私の手首に巻いて結んでくれない?」


沈黙を破って口を開いたシャルは、俺の方へ腕を差し出してそう言うと、俺も拒否する事なく、そっと頷いてシャルからミサンガを受け取る。


「……あの人はいつも私に嘘をつくの。私に心配をかけないようにって……でも嘘だって分かってしまうから、つらいの」

「…………」


もう見えなくなったローランさんの馬車を目で追いかけるシャルは、夕日に目を細めながら、小さな声でつぶやく。

俺は俯きながら、手早くシャルから受け取ったミサンガをシャルの細くて白い手首に巻きつけていく。

きっとシャルも、俺も分かってるんだ。


ローランさんが再びこの学園に来ることは……


「だから忘れない。今日出会った喜びも、何もしてあげる事ができなかった後悔も、昔と何も変わらないあの手のぬくもりも、笑顔も……全部忘れないから……」


俺はシャルの手首に巻いたミサンガを結び終わり、顔を上げて……もう一度顔を伏せておく事にした。

シャルは俺に向けて伸ばしていた手をそのまま顔に持っていくと、腕で赤くなった目を擦る。


俺はミサンガを握っていた掌を開いて、今日という一日を思い出す。

ローランさんと過ごした色々大変で、色々後悔して、色々楽しかった一日、そんなごく平凡な一日を、そして二度と訪れる事のない時間を、俺は忘れちゃいけないんだ。

大事な事を忘れない事、それこそが今を生きる俺達の義務だと思うから。

俺は顔を上げてシャルに言う。


「……このミサンガ、結んでくれないか?」

「…………ん」


シャルは両手で涙を拭いながら、それでも俺の方へ向いて手を差し出してくれた。

俺はそんなシャルに笑みを浮かべながら、ミサンガを手渡す。

ミサンガを結んでもらっている間もやっぱりお互い何も喋ることなく、ひたすら静かな時が流れる二人だったけれど、それでもいいと思える。


こんな静かな時間が心地よく思える夕暮れが、終わろうとしていた。






「……先生が、いってしまったよ。会わなくてよかったのか?」

「……珍しく私に会いに来てくれたと思ったら、説教かしら?もちろん、これでよかったのよ」


外は夜に突入し始めた頃、学長室の中にある一つ目の扉の前で、ルーベルトは唇を噛みながら佇んでいた。

学長が中にいるのは分かっていたが、決してその姿をルーベルトの前に見せる事はなかった。

扉越しでルーベルトは拳を握る。


「……もう先生はここに来ない」

「そんな事分かってるわよ。あの人が、最後に何をしようとしたのか、もね」


ルーベルトは予想していた答えに息を吐き、前を向いて語りかける。


「やっぱりお前は全部分かってたんだな。それならなぜ会いに行かなかった?……先生は、とっくにお前の事なんて許してる」

「……………」

「………お前は先生の優しさから逃げて逃げて、たった一人で罪を背負い込む事を決めたのかもしれん。……じゃが、先生は……」

「会ってしまえば、きっとローラン先生は昔と何も変わらない笑顔で私に接してくれる。私には、その優しさに甘える資格はないのよ」


ルーベルトはその答えを聞くと、驚いてはっと顔を上にあげる。

先程まで遠くから聞こえていた声が近づいてきて、扉を挟んだすぐそこにまで学長がやって来ていた。


「……でも、やっぱりお前は人間じゃよ。今日この部屋を出てグリムの所へ行ったらしいの。はたして本当にグリムの所へ行くためだけに外出をしたのか、それとも……」

「ルーベルト、変な詮索はよしてちょうだい。私は老人を担いで階段を降りるシエル君を、見つからないようにこっそり覗いたりなんてしてないわ」

「ふっ、そうか。ならよい」


ルーベルトは持っていたひょうたんを一つ、扉の前に置いてその場へどっしり腰を下ろす。

そして扉へ向かってひょうたんを向ける。


「お前もどうせワインでも持ってそこに居るんじゃろ?それじゃあ……」

「ええ、こんな日は酒に限るわ。……それでは、乾杯」

「乾杯」


学長とルーベルトの二人は同時に、扉へ向けてグラスとひょうたんを傾けると、口をつけて一気に喉の奥へ酒を流し込む。


月は輝きを増して、太陽のいなくなった黒色の空に明かりを灯す。


いつの間にか青空をあんなにも包み隠していた雲は、ひとつ残らず空の藻屑となって消えていったようだった。


さて、いよいよプロローグの終わりです。

明日は久々の幕間です!

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