第86話 通り雨
シャルロッテは学園の中を、息を切らしながら走っていた。
階段に差し掛かっても、そのスピードは緩めはしない。
「はぁっ、はぁ……」
懸命に足を回しながら、頭の中にはいつも優しいローランの姿が映っていた。
最近病気で元気がない事は知っていたし、ずっと気にしていた。
もう、この先会えなくなっちゃうかもしれないという覚悟もして、この学園に来た。
でも……
『今、あなたのお爺様がこの学園に来てるわ。私は会えないけれど、あなたはまだ間に合うわ。後悔したくなかったら、今すぐ学園の門に走りなさい』
学長室からの帰りがけに言われた、学長からの言葉。
今ここに来ているのだとしたら、走らない理由はなかった。
階段を駆け下りていると、途中見知った顔にもすれ違った。
「ん?あぁ、シャルロッテさん!?さっき……」
「ごめん、今急いでるから!」
買い物袋を持ったジャックとヨークは、何かを言いたげだったが、シャルロッテには足を止めている暇はなかった。
手だけを振って別れを告げるが、ジャックはそんなシャルロッテの後ろ姿に向かって、叫ぶ。
「止まらなくていいから!学園の出入り口に行くんだったら、西門の方へ向かった方がいい!!」
「……?分かった!!!」
シャルロッテはちらりと後ろを振り向くが、ジャックは既に階段を昇り始めている。
シャルロッテは一瞬考えるが、すぐに決断して、向かう方向を逆の西門の方へ変更する。
「………はあ、はあ……待ってて、お爺様!」
外は既に小雨になりつつある。
シャルロッテは、無我夢中に、走り続けた。
「……フローラ、お前学長の前だからって、なに元気よく挙手してんだよ」
「……先生、軽口を叩く暇があるなら、助けてくださいよ。全然動けないです」
「フローラさんは優秀過ぎるくらい優秀だから、先に動きを封じさせてもらったわ。確かにグリム君はイケメンでカッコいいかもしれないけれど、あんまり夢中になってたら不意打ちに対応できないわよ」
学長先生が出現すると同時に、目の前にいたはずのフローラさんは片手を何かに持ち上げられているような態勢で、体が宙に浮いていた。
いや、どうやったかは知らないけれど、学長先生に浮かされたんだ。
グリムさんは私達の方へ向けていた体を学長先生の方に向けると、腰に手を当てて尋ねる。
「それで、俺からの暗殺を恐れて普段引きこもってるあんたが一体何のために出てきたんだ?真正面から俺に殺されたいんだったら、今すぐにでもしてやるが」
「すぐそうやって物騒な発想になるのは君の悪い癖よ。今回は学長として副学長のおいたを事前に防いであげるために来たの、むしろ感謝なさい」
学長先生は訓練場の扉に体を預け、腕を組んだままグリムさんへ答える。
なんだろう、佇まいだけでもこの二人の強キャラ感が半端ない。
「おいた?いいや、違うな。あんたは俺が先に仕掛けようとしたのが許せなかったんだろ?あんたの言葉で言えば、フェアじゃなくなるから」
「あなたは何を勘違いしているのかしら?私は嫌な予感、虫の知らせがしたもんで、この訓練場にやって来た、それだけよ。それに私があなたの行動を妨害した事はこれまであったかしら?」
「しらばくれやがって。あぁ、あんたは直接邪魔してくることはなかったな。間接的には何度もされてるが」
グリムさんと学長先生は、どちらも譲らず正面から向き合っている。
私がこの場にいる事が場違いな気もしてきたが、不意に学長先生がこちらへ顔を向けると、笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「悪いけれど、今日の所は私の顔を立ててもらえないかしら。ほんと出来の悪い子なのだけど、グリム君も売り言葉に買い言葉で熱くなっちゃっただけだから」
「おい!」
「……でも学長先生、明らかに副学長は……」
「まだ!まだその時じゃないわ。そう、シエル君にも伝えておいてね、僕」
学長先生は口に指をあててアレクさんに言うと、アレクさんは言葉に詰まって、そのまま俯く。
それを見たグリムさんは顎を上げて、目を細めて学長先生へ言う。
「……少々肩入れが過ぎるんじゃないか?学長先生」
「そうだとしたら、あなたの日頃の行いのせいね」
「シエルという男、あんたが直接会ってたのは知ってる。どれだけの逸材なのかは知らんが、たかが学生に期待をかけすぎなんじゃないか?」
「期待なんかしてないわよ。あの子は使う魔法が特殊なだけで頭も身体能力も魔法も、客観的に見たところ所詮並の才能ね。ただあの子には、私やあなたに見えないものが見えている」
学長先生は答えながらフローラさんの元まで近づいて、体を宙から下ろす。
「……俺やあんたにも見えないものってのは……」
「それはあなたが直接確認しなさい。どうせ副学長の仕事も全部フローラさんに押し付けてる暇人なのだから」
「…………」
そう言って学長先生は辺りを見渡すと、満足げな笑みを浮かべて手を叩く。
「それじゃあ、一件落着という事で、解散!」
「「「「「……………」」」」」
学長先生の号令によって、この場は言い知れぬ気まずさだけを残して、半ば強引に事がおさめられる事となった。
私はハッとして窓の外を見てみると、既に雨はあがって、晴れ間がのぞいていた。
まったく、嫌な通り雨だった。




