第83話 呪いの部屋と氷魔法
ヘンリさんは扉の方からこちらへ、一歩ずつゆっくり寄って来てくれている。
それを見たグリムさんは、はぁっと息を吐き、両腕を腰に当てて天井を見上げる。
「……俺はな、こうやって取り込み中に邪魔されるのが一番腹立つんだよ」
「そうか、それは知ったこっちゃないが、リアラさんは返してもらうぞ」
グリムさんの威圧に負けることなく、あっけからんに言い返すヘンリさんは歩みを早めて私の元までやって来る。
私は怒っているグリムさんを横目で見ながら、ヘンリさんの方へ体を向ける。
その時、私には聞こえた。
「……やれ」
「……っ!?」
グリムさんのその言葉と同時に、私は何かを感じ取ってヘンリさんを思い切り突き飛ばす。
すると先ほどまでヘンリさんのいた場所は、足元が……凍ってる?
「……っつ!ん?」
「先生、この部屋で戦闘を行うと、先生の作品が滅茶苦茶になっちゃうと思うので、お勧めしませんが」
「なら、最初からそいつをこの部屋に入れるなよ。そういう手はずだっただろうが」
私がはっと入口の方を振り返って見ると、そこにはさっき、私に書類の束を預けてきたあの金髪の女性がいた。
そして後ろの扉は閉じられて、出られなくなって……
「『水爆波』!」
入り口の様子を見たヘンリさんは、出口の確保を最優先として、金髪の女性に向かって魔法を発動させる。
ヘンリさんの水流は、その女性の元へ向かい、その奥の扉ごと破壊して進む。
女性の姿は影も形もなくなっていた。
「ヘンリさん……!」
「先生、扉壊されちゃいましたけど」
「……お前、絶対わざとだろうが」
金髪の女性は、澄ました顔で背後のグリムさんの元にいた。
いつ移動したのか、どうやってそこまで行ったのか、まったく分からなかった。
するとヘンリさんはそんな私の腕を握ると、グリムさんの方へ木刀を向けたまま、水流の勢いに乗って教室からの脱出を図る。
だが、女性は私達を一瞥すると、小さく足を上げ、その場で下ろす。
その瞬間、私とヘンリさんの動きは完全に止められ、慣性の勢いに従って体だけが後ろにひっくり返される。
「ふへえええ!?」
「何じゃこれ!」
「私の魔法、氷魔法を見るのは初めて?」
ヘンリさんは素早く起き上がると、自分の下半身が凍り漬けにされている現状を知る。
私は素早く火魔法を纏わせたステッキを振り上げると、自分とヘンリさんの凍らされている場所へ向かって思い切りステッキを振り下ろす。
すると思いの外簡単に氷は破壊でき、その場からの脱出には成功する。
「ま、本物の氷ではないから、多少もろいわ」
「おい、なに敵に対して情報提供しちゃってんだよ」
「私は先生と違って、子供には優しいので」
本物の氷ではないと言っても、少しの間動きを封じられるなら十分効果的な攻撃だ。
これでヘンリさんの、逃げという選択肢は潰されたという事なのだから。
ヘンリさんは氷から抜け出しながら、グリムさんと女性の二人を睨みつける。
「随分余裕そうだな、あんたら」
「余裕そう、なんかじゃない。事実余裕なんだよ、クソガキ」
するとグリムさんはしゃがみこんで、女性の足元から伸びる、ヘンリさんの水流を凍らせた氷に指を伸ばす。
そして私達の方を向いてニヤリと笑みを浮かべる。
なぜかは分からないけど、その瞬間私には何をしてこようとしているのか、分かった。
だから私は片手で火魔法などの魔法を込めない、純粋な魔力をありったけつぎ込んでヘンリさんを反対へ押しやると、私自身も倒れこみながら氷の上から離脱する。
「何がっ……っ!?」
ババァン!という衝撃音の次の瞬間には、凍らされていたヘンリさんの水流が、爆発と共に全て消え去っていた。
遅れてやって来る衝撃波が、その威力を物語っていた。
グリムさんは立ち上がると、私達へ向けて言う。
「続きは場所を変えてやろうか。ちなみに拒否権はないと思えよ。俺の部屋をぶっ壊しやがって」
どうやら私はまだ、教室に帰る事も許してくれないらしい。
「ほれ、今回の分の薬」
「悪いのぉ」
お爺さんが、お爺さんに向かって薬を手渡し、それをまたお爺さんが頭を下げて受け取る。
こんな場面、ライトノベルではまず見ない光景だろうが、それが今俺の部屋で起こっているのを見ると、つくづく俺はラノベ主人公には向いてないなと思う。
「それじゃ、ワシは帰るから」
「え?ルーベルトさんどうせ暇じゃないんですか?」
「ワシだって、新しい酒を買うのを途中でやめて、お前らに付き添ってやってたんじゃ。めっちゃ忙しいわい!……それじゃあ、精々まだくたばんなよ、老いぼれ!」
「おーう。学長によろしく伝えておいてくれ」
ローランさんは手を振ってルーベルトさんを見送ると、先程受け取った薬を懐の中に仕舞う。
「ルーベルトさん、もっといたらよかったのに」
「あの子は、昔から照れ屋さんじゃからの。酒の勢いが入っていなければ基本あんな感じじゃよ」
「……そうらしいですね」
俺は立ち上がると、散らかっていた俺の部屋を少し片づける。
するとキョロキョロと部屋を見渡したローランさんは何かに気が付いたのか、声を上げる。
「シエル君、もしかしてここ……303号室かの?」
「そうですけど……よく分かりましたね」
「そうかそうか、この部屋に、今度は君が住んでいるのか」
俺は片づけの手を止め、妙に納得した風のローランさんの方へ体を向ける。
そういえばこの部屋、呪いの部屋と呼ばれていた部屋だったはずだ。
入学初日にルーベルトさんのせいでアレクと部屋を交換し、ここに移り住むことになったのだが、この人は何か知っているのだろうか。
「あの、ローランさん……この部屋巷では、というかルーベルトさんだけなんですけど、呪いの部屋って呼ばれてるらしくて、何か知ってるんですか?」
「そりゃ、知ってるよ。古くはワシもこの部屋に住んでおったし、ここが女子寮だった時代には今の学長、そして最近はグリム君が住んでおった部屋なんじゃから」
………なるほど、呪いの部屋と呼ばれるわけだ。




