第81話 持つべき友人
「シャルロッテさんだぁ?いたらこの俺が見逃す訳ねえだろうが」
「ジャック君の目は確かに節穴だが、食べ物とエロ雑誌とシャルロッテさんを見つける目は確かなんじゃ!舐めんなよ!」
「……エロ雑誌と同列に扱われるシャルが不憫だが、まあジャック君達がそう言うなら確かか」
スーパーで買い物をしていたジャック君とヨークの二人から聞いてみても、シャルはここには来ていないらしい。
というかどこもかしこも、こんな都合よく俺の知り合いが配備されているというのに、それでも捕まらないシャルは一体どこに行ってるんだ?
「そんじゃあ、もうちょっと探してみるから、また!」
「ちょっと待て!今俺の買い物袋から取り出した『うますぎる棒』返せ!」
「ちっ、バレたか!夏休みからジャック君との約束期間が切れて、昼のおかずが一個消えたんだから、これくらいいいだろ?」
「どんだけ俺にたかってんだ!いい加減自分で金出せや!」
「まさかホントに夏休みの前日まで毎日学食にたかりに来るとは思わなかったから、俺もジャック君もびっくりしてたんじゃ!」
文句を言いながらも、黙って持ってけや、みたいな雰囲気で手で俺を追いやるジャック君。
やっぱり持つべきは人情派ヤンキーの友達なのかもしれない。
俺は急いでローランさんの元へ戻ると、ローランさんは目を瞑って入り口の隅の段差の所で眠りこけていた。
ここまで図書室、購買と、広い城の中を駆けまわってきたため俺も疲れが出始めてきていたが、この人とシャルを引き合わせるまでは、休んでなんていられない。
シャルにはそれだけの、借りがある。
だから俺は教室を目指し、再び移動を始めようと、ローランさんの元へ歩み寄る。
「まったく、ローランさん。こんな所で寝てたら……!?」
俺はローランさんを起こすように、優しく肩を押すと、ローランさんの体はそのまま押された勢いでくらりと倒れる。
その瞬間、俺の頭には嫌な想像だけが流れてくる。
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか!?ローランさん!?」
「………」
俺がどんだけ大きな声で呼びかけても、ローランさんは答えてくれない。
ここに来るまで、できるだけ負担のないように運んではきたが、それでも大分高齢な方だ。
疲れたから寝ているだけ……だったら、いいが……。
俺の頭はいよいよ焦り出す。
こういう時、まず何をして、何をしたらダメなんだ?
考えろ、考えろ。何をすれば……
「シエル、その人をお前の部屋まで運べるか?」
その時俺のそばでそんな声が、聞こえてきた。
俺は急いで振り向いてみると、そこには意外な人物が立っていた。
「……っ!?ルーベルトさん!」
「その人は、ワシの恩師じゃ。ここで死なせるわけにはいかないのでな」
ルーベルトさんはいつものように酒の入ったひょうたんを片手に、冷静に俺に語り掛けてきた。
とりあえず俺は考える事をやめ、ローランさんをゆっくりと担ぐと、浮遊魔法を発動した。
「……俺が怖くて、この教室から逃げたいなら逃げていい。ここで聞いたこと全て後で誰に報告したってかまわない。だけど、今から俺がお前に伝える事は結果としてお前のお友達を救う事になる」
「い、いったい、どういう事なんですか?」
私はグリムさんの『爆破魔法』によってキャンバスが吹き飛ぶ衝撃で思わず尻もちをついていたが、グリムさんはそんな私に目もくれずじっと窓の外を眺めながら言う。
「率直に言う。この夏休みの間だけでいい、俺に協力してくれ」
「協力?」
私は聞き返すけれどグリムさんは立ち上がって別のキャンバスを取りに行く。
そして新しいまっさらなキャンバスをさっきの絵と同じ場所に設置すると、眉を顰めて睨みつけながら続ける。
「今、この世界は動き出そうとしている。昔に比べ魔物達の活動は数字としても活発になってきているし、ダンジョンにおいてもこれまで見られなかった現象が多々目撃されている。まるで何かの前兆のように、静かにゆっくりと、何かが動き始めている」
「ぜ、前兆…。そんな事が本当に起こって……」
「そう、そここそが、一番の謎なんだ。誰も気づいていない!世界が動き始めているという、数字だけじゃない、誰だって気付きうる異常事態に誰も気づいていないんだ!……俺と、学長以外はな」
グリムさんは真っ白なキャンバスに筆を叩きつけるが、私は息を呑んで自らの記憶を思い返す。
そうだ、言われて気付いたけれど、確かに魔物の発生数の増加、ダンジョンでの地形変動の数の増加、ここ数年でよく言われていた事だ。
実際にダンジョン演習の時に体験した事だけど、今言われるまでそれがおかしな事だって事に何も気づけていなかった。
滅多に起こる事ではないはずなのに、先生も学園も、他ならぬ私達もそれが普通だと受け入れていた。
確かにこの世界は変わり始めているというのに、まるで誰も気が付いていないみたいに、皆が危機感無くいつもと変わらない日々を過ごしている。
グリムさんはさらに続ける。
「……だというのに、学長は自らがどれほどの権力を持っているのかを知っていながら、この現状を変えようとしない。強き者が何も変えようとしないこの世界で、弱き者はただ何も知らずに殺されるのを待つだけだ」
「……だ、だからって、副学長はいったい何をしようと……」
「俺はこの世界を破壊する」
グリムさんは力強くそう言うと、筆を置いてくるりと私の方へ顔を向ける。
「お前らは……というかお前のお友達の一人、シエルというガキが、自ら滅多に姿を現す事のない学長に接触した。間違いなく学長は、俺と学長の争いの中にシエル……ひいてはお前らダンジョン演習メンバー全員を巻き込もうとしている」
「そ、そんなっ…!」
「俺としてもお前らと争うような事は望んでいない。当然、俺だってお前らと正面から戦うような事があれば負けない、間違いなくな。だが、あのババアが考えている事はその先にある。俺が恐れている事はそこだ、間違いなくお前らはあのババアに利用され、そして最終的には学長先生様に一人勝ちされる」
グリムさんは腕を組んではっきりと断言する。
その目は私の目を捉えて離す事がない。
圧倒されながらも、私は思わずグリムさんの話に食い入るように耳を傾けていた。
「話は戻るが、別に俺の味方としてあの学長をぶっ殺せ、なんて言うつもりはない。さっき俺が話したただ、俺の邪魔をしてほしくないんだ。もしもこのまま事が進んでしまえば、俺はお前らを排除しなくてはいけなくなる」
「…排除」
「そう、排除だ。お前らと言えど、俺は目的達成のために遠慮をするつもりはない。だけど本来これは大人だけの問題だ、お前らになんらの罪も間違いもない」
グリムさんはそう言って立ち上がると、腰をついてその姿を見上げる私の方へスタスタと近づく。
私は後ずさろうとするが、グリムさんはポンと私の頭の上に手を置くと、目線を合わせるように膝をついて語りかける。
「頼む。俺が正しいなんて事は言えない、だけど挑ませてくれ。世界のてっぺんに立つあの女を引きずり下ろす。そのためにはお前らの邪魔を食らってる余裕はないんだよ」
「で、でも……わ、私には分からない……どうすればいいのか……」
「言ってるだろ、この話は誰に言っても構わない。ゆっくり、それでも賢明な判断をしてくれる事を、俺は待ってる」
「私は、私は……」
グリムさんはずっと優しく私を諭すように言ってくれる。
だけど……だけど皆にこの話を持ち帰る事、それこそがこの人の目的のような気もしてくる。
シエルさんだけじゃない、皆を迷わせることこそ今回の目的なのだとしたら……それでも私には他に手がない。
……どうすればいいんだ。
こんな時、私はたった一人で、どんな判断をするのが正解なんだ。
いいや、迷った時点で既に私はこの人に……
その時、ガラガラガラ、と扉が開く音がした。
私とグリムさんは、同時に振り返って、教室の扉を開けた正体を確認して……私は思わず涙で顔を歪めた。
「さてさてさて、これは一体どういう状況なんだろうな。馬鹿にも分かるように説明してくれると助かるが」
「……へ、ヘンリさぁん!!」
グリムさんはヘンリさんを見て、スーッと目を細める。
ヘンリさんは担いでいた、木刀を持ち直し、その先をグリムさんに向ける。
「あんた、俺の唯一の補習仲間に何しようとしてたんだ?」




