第80話 爆発するキャンバス
「シャルロッテさんですか?それならちょっと前に本を一冊だけ借りて出ていきましたよ?」
「……お前、嘘ついてねぇだろうな」
「シエル氏からの僕への信頼度どうなってるんですか?確かにちょくちょく嘘はつきますけど、意味のない嘘はつきませんよ」
「そうか……。まぁ分かったよ、サンキュー、眼鏡野郎」
「カンザス、です!いい加減、名前を憶えてくださいよ」
俺は図書室で、難しい本を読んでいるふりをしてマンガ雑誌を読んでいたミスター眼鏡こと、カンザスにシャルの行方を聞いてみたのだが、今回も空振りだった。
図書室を出ていく俺の背中でカンザスは図書室で大声を出していた事を叱られていたが、俺は急いでローランさんの元へ戻って事の顛末を報告する。
「……ローランさん、今回も……ん?」
俺が図書室の前で待っていたローランさんに声を掛けようとすると、ローランさんは図書室の前に置いてある、過去のトロフィーなどが保管されている棚に釘付けになっていた。
俺はこっそりローランさんの目線を追ってみると、そこには賞状あって、その名前が……
「………っ!?」
「おお、シエル君、帰っておったか。今回もダメだったそうじゃな」
「……そう、なんですけど、それよりこれ」
俺はローランさんの言葉もそれほどに、さっき見ていた賞状の名前を指さす。
「……ローランさんの名前と、グリムって……」
「あぁ、そうじゃな。あの子は確か、今じゃここの副学長をしとったはずじゃな」
「……って事は」
「あぁ、わしはかつてここで教鞭をとっていた一人で、グリム君はそんなわしの、最後の教え子じゃ……」
悲しげな眼でこちらを見つめるローランさんは、ふっと微笑むと、目を瞑る。
賞状に書いてあった名前はローランさんと、グリムさんの二人だけ。
そこに書いてある功績は……新魔法の開発に成功した、という事。
「なあに、昔の話じゃよ」
「その話、少し詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「お前は芸術とは何だと思う?」
私は張りつめた空気の中、口を開いた副学長に狼狽える。
「と、突然そんな事言われても……それにこの状況……」
「なあに、難しい事を聞いているわけじゃない」
副学長は私に語りかけながら、先程のキャンバスに向き合うと、茜色の絵具を迷うことなく塗り付けていく。
「俺が学生の時、俺はとある一人の教師と一緒に、ひたすら芸術と魔法の融合をテーマとした研究を行っていた。そこでは俺が得意としていたこの二つの分野を究極までに磨き上げ、そしてたった一つの真理に辿り着いた」
副学長は筆を置くと、お爺ちゃんの絵は完成されていた。
「……『芸術は爆発だ』と、誰かが言ったらしい。最初こそ歯牙にもかけずにいたちっぽけな言葉であったが、最後にはそれこそが俺の芸術観にぴったりと合う言葉なのだと分かった。爆発、俺はその意味を考え続け、すべてを理解した」
笑みを浮かべながら副学長は狂気じみた目でキャンバスを睨みつけると、今度は筆を思い切りキャンバスへ叩きつける。
すると次の瞬間、筆の先が光ったかと思うと、衝撃が私を襲う。
キャンバスは、木っ端みじんに、爆発していた。
「……そして俺は、『爆破魔法』を完成させたんだ」
「わしがこの学園に新任の教師として赴任してきた時、その時の生徒は今でも覚えておる。お主が今男子寮におるなら分かるとは思うが、ルーベルトという男がクラスを取り仕切っていた」
「え?あのルーベルトさんがですか?」
「あぁ、そしてそんなルーベルトが最も気にかけていた少女、それこそが今の学長じゃ」
「なっ……!?」
そこであの二人が繋がってくるのか!
俺の背中で昔の話をしてくれるローランさんは、昔を懐かしむように少し笑みを浮かべて続ける。
「何はともあれ、そういう縁もありわしは定年を過ぎておったがすっかり大人になった学長に言われて、先生としてしばらく活動していた。それもグリム君の担任となって、あんな事件が起こるまではな」
「……それは、リゼ先生の事件ですか?」
「おお、知っておったか。それなら話は早い。わしはグリム君を止めるどころか凶行へ走らせた責任者として、職を追われた。なんたってあの子と一緒に新魔法の開発を進めていたからの」
「……それが、『爆破魔法』ですか……」
本来魔法の開発なんて、国を挙げてやったとしても成功する確率は低い。
火や水など俺達が普段使ってきたのは基本魔法と呼ばれる魔法の一つで、他に特殊魔法と呼ばれる魔法も存在する。
それは時代を経て、年月を経て新魔法として開発された人工的な魔法とも呼べる代物であって、ここに言う『爆破魔法』もそれに当たるだろう。
それを学生の身分で、それも先生と生徒というたったの二人で完成させたなんて、とんでもない一大事だ。
『爆破魔法』という魔法は原作には出てこない。
完全なるオリジナル要素という事だ……
「……そのグリムさんっていう人は、一体どんな人だったんですか?新魔法を作れるなんて……」
「あの子は……天才ではなかった。ひたすら真面目で、教えた事をどんどん吸収して自分のモノにしていく事が得意な好青年じゃった。どんな先生相手にも礼儀正しく、どんな先生から見ても誇らしい生徒だったから……じゃからあの子の抱えるものに、気付いてやることはできなかった」
ローランさんが俺の肩を掴む手が、少し強くなった気がした。
なんとなく、こんな俺でも色々察する事ができる。
俺とローランさんはそれからしばらく黙り込んでいた。
誰からも評判がよくて真面目な優等生……そんな人が何を思ったら、学長を殺すという判断に至らしめたのか。
グリムさん……謎が多すぎる人物だ。
そして俺達は黙り込んだまま、シャルを探しに購買ゾーンの中へ入っていった。




