第74話 父と子
「あれはシエルが12歳の時、この街の自警団がある魔法使いを捕まえようとしたところその魔法使いが暴れ出して、街中に魔法を撃ちまくったという事件が起こったの。その時、ちょうど支部長の任に就いたばかりのうちの夫は、すぐに出動しその魔法使いを制圧する班に入ったわけだけど、学校の帰り道でその事件の遭遇したシエルは事件で怪我をした人たちの救助を始めたわ」
「魔法使いの関わる事件は……犠牲者も多いって事は聞いたことあります」
「それでも、12歳でそんな事ができるって……今と変わらず、シエル君らしい気もしますね」
「自分の父親という、間近にいるヒーローを真似たかったのかもしれないわ。シエルは現場のすぐ近くで怪我人の誘導をしていたのだけど、子供で背が小さかったからか、倒れかかった家の隙間から人が家屋に押しつぶされて動けないでいるのを見つけたらしいの。そこで、まだその人が生きている事を確認したシエルは犯人の魔法使いを捉えるためにやって来ていた自分の父親を呼び、助けてもらう事にした。でもあの人は……その願いをはねのけた」
「「…………」」
「犯人の魔法によって急速に街が崩壊していた中で、これ以上被害を拡大させないためにも犯人の逮捕を優先したのね。たった一人の命を助けようとしたシエルも、より多くの人民の安全の確保を優先した夫も、どちらも間違っていない。でも、助けること叶わず、人を中に残したまま倒壊する家を目の前で見たシエルは……そんな父親を許せなかった」
シルビアは、静かに聞き入るアレクとシャルロッテに目を合わせることなく、ただお茶の入っている湯飲みを手で回す。
その日以来、シエルはしばらく、世間では犯人の魔法使いを最小の被害で逮捕した英雄ともてはやされていた父親を避け、毎日顔を合わせているというのに目すら合わせようとしなかった。
シルビアは顔を上げ、ふと窓の外を見る。
果たして今、二人は……
「魔法はなしで、1対1。武器は木刀だけだ」
「……それで大丈夫です」
恐らくこの人は俺の今を、知っている。
俺の居ぬ間にシャルが喋ったんだろうが、正直俺だけではこの人たちに真実を打ち明けられてなかったかもしれない。
そういう意味ではシャルに感謝したいところではあるが、いざ自分の父親と木刀片手に向き合ってみると、やってくれたな貴様!という気持ちの方が強いな。
というのも、この人ヘンリ君と向き合った時以上の威圧感と恐怖を与えてくる。
ヘンリ君とは違って、アホみたいな身体能力にアホみたいな魔法技術までプラスしてくる事はないとはいえ、俺も魔法が使えないんだったら実力差はヘンリ君のそれよりも大きいだろう。
「……一つ、戦いを始める前にいいか?」
「……いい、ですけど」
俺は首を傾げながら木刀に込める力を緩めると、父親は俺の目を見据えながら、問いかけてくる。
「……目の前に救える命が1個と、10個があるとする。もし、どちらかしか選べないとすれば、お前はどちらを選ぶ?」
「………俺はどちらも助けるって言いたいけど……きっと今の俺にはどちらも選べず、どっちも失う。……正しい事の為、切り捨てる強さというものを、俺は持っていないから。だから、それができる人の事はできるだけ尊敬はしています」
「………」
父親は俺の答えに少し俯くと、だらりと下げていた木刀を持ち上げて俺に向ける。
そして木刀に込められる力と威圧感は、強さを増す。
「やっぱり……変わったんだな」
「………」
「いや、今ここで問い詰めるつもりはない。ただ、確認させてくれ」
父親はそう言うと、木刀を斜めに構え、戦いの準備を整える。
それに合わせるように、俺も木刀を握る右手に力を込め、左手をそっと添える。
お互い色々複雑な気持ちだと思うが、俺はこれ以上考えない。
「それでは、始めっ!!」
合図とともに、俺は動き出していた。
それを望んでいるならば、俺は自分の責任として本気で、この人の望みに応えなければいけない。
しかし待ち受ける父親は軽く俺の攻撃を受け流すと、流れるように背後に回り込んで、俺の背中へ一太刀食らわせる。
「……った!」
「攻撃が雑だ。魔法がなくとも、それに頼らない身のこなしができていない」
的確な指摘だ。
浮遊魔法という便利魔法があれば、それに頼り依存してしまうもの。
最近の俺は、浮遊魔法に頼り過ぎた戦い方になっていたのかもしれない。
俺は体を反転すると、その場に佇むだけで迫力満点の、俺の父親へ向けて再び木刀を振りあげる。
しかしそれは再び受け流されようとするが、俺はむしろ父親の木刀を捕らえ、それを絡めとるように自分の木刀を捻る。
今度は技術で攻めてみたが、俺の木刀は全然思うように動かない。
「筋力も足りない。だからこうして力負けする」
「……がっ!」
俺の木刀は、純粋な力だけで跳ね除けられ、その勢いのまま腕にまた一太刀を食らう。
真剣な勝負なのに、ホントに、小さい子供が稽古をつけてもらってるみたいだ。
これが実力差であり、経験の差だ。
「……お前は、何をしに魔法学園へ行ったんだ?魔法学園で何を学んできたんだ」
「………」
何をしに……その言葉を聞いた時すぐに思いついたのは、あのノートだ。
『英雄になるために!』。
英雄と言えば、ダンジョンを全て制覇し、皆に安心と、希望を抱かせる、そんなヒーローみたいな奴の事だ。
確かにこの世界のシエルは、ノートに書いてあるように、そんな存在になりたかったのかもしれない。
だけどここに来て、ここまでやってきて、なんとなくシエルがどんな気持ちだったのか、分かった気がした。
優しい母親と、ひたすら大きな存在の父親……。
かけがえのない人達と一緒に生き、そんな人達とのかけがえのない日常を守りたい、始まりはきっとただ、それだけだったんじゃないだろうか。
「……だから俺は、どちらか片方ではなくて、全部を守る事の出来る強さが欲しかった。だから俺は……一人でやっていく事を決めたんだ」
「………」
シエルとしてだけではない、俺自身の本音。
俺は木刀を握り直して、再び父親と向き合う。
父親はそんな俺を見て、ふっと息を吐くと、改めて俺を見据えて力強く木刀を握る。
「……それでは今度は、俺からだ」
「…………っはい!」
いつまでも逃げていちゃダメなんだ。
向き合う事から逃げていたら、前には進めないから。
俺はぎゅっと体に力を込める。




