第73話 余計なお節介
というわけで、修羅場の空気感を感じ取った俺は空気を読んでその場を離れ、自室にやって来ていた。
戦略的撤退というやつだ。
部屋の内装はあの日目覚めた時のままであり、4か月前の混乱が今でも思い出される。
「……4か月……長いようで短かったな」
俺は自分の机をなぞりながら、腕を枕にして頭を置く。
首を回しながら、頭の中で自分の事をどうやって説明しようかと思い悩む。
わざわざ俺自身が説明なんてしなくてもいいのではないかとも思ったが、俺は他ならぬシエルであり、俺しかいないのだ。
この世界に来てずっと考え感じてきた責任というもの。
それから俺は逃げるわけにはいかない。
「とはいえ……俺に何ができる?」
考えても、考えても、結論は見えてこない。
俺は……どうしたいんだ?
ずっと悩みながらどれくらいの時が経っただろうか。
突然、俺の部屋の扉がノックされる。
俺は返事しようと顔を上げるが、既に扉は開かれていた。
「……シエル、外に出ろ。一緒に行きたいところがある」
「……はい」
それは俺の父親だった。
その表情はどこか訝しむような眼で俺を睨んでいた。
俺は観念して立ち上がる。
何か、アレクか、シャルが言ったのか?
窓の外で鳴いていた小鳥のさえずりがパタリと静かになる。
俺はゲリラ豪雨が降れと必死に空へ訴えかけてみたが、残念ながら今日も今日とて、天気は快晴だった。
「……シャルロッテさん、さっきの……シエル君に、ここで過ごした記憶がないって話、ホントなの?」
「……ええ、あいつ自身が言っていたのだからホントでしょう。その証拠にここに来てからの態度、明らかにおかしかった」
シャルロッテとアレクは二人、食卓に座って腕を組んでいた。
先程、シエルの父親がシエルを連れて外へ出ていったのを見送ったばかりだ。
シャルロッテは、シエルが自室に籠るとシエルの家族とアレクへ向かい、シエルの記憶に関する話を打ち明けていた。
アレクを含めた皆が驚きの表情を浮かべていたが、シャルロッテの神妙な顔を見てシエルの父親だけが立ち上がって、シエルの元へ向かって行ったのだ。
「……それは、シャルロッテさんが言ってよかったの?シエル君が自分で家族に言う事も……」
「あの男にはきっと、その決断はできなかったと思う。できずに悩んでいたからこそこの話を私に打ち明けた。……確かにお節介なのかもしれないけれど、それを本人は心の底では求めていたんじゃないかと、私は思った」
「私は……シャルロッテさん、あなたからその話を聞く事ができてよかったわ。それはあの人も同じだと思う」
シルビアは、3人分のお茶菓子を準備して食卓の椅子に座る。
「……多分そのまま、あの子にとって前までのシエルを演じ続ける事は辛かったと思うし、私達夫婦も複雑だったと思う。色々私達に気を遣ってくれて、ありがと」
「いえ……私は、親と仲良くして欲しいっていう勝手な願望を押し付けただけです。……ホントに望んでいた事かなんて、本人にしか分からないのに……」
「それでもシャルロッテさんは、言ってくれた。それはシエルから嫌われる行為かもしれないけれど、そのリスクを背負ってもなお動くべきだと思って行動を起こしてくれた。……こんなに大切に思ってくれる子が近くにいてくれて、うちの子は幸せ者ね」
シルビアは、手に持つお茶の水面を揺らしながら、呟く。
シャルロッテはその様子を見て、自分も一口お茶を飲む。
「それにしても、シエル君はお父さんと、どこに行ったんでしょうか?」
「うーん、分からないわ。昔は、あの人もシエルと仲は良かったけど、いつしか全然つるむ事もなくなってしまったから」
「それは……何かあったんですか?」
アレクの素朴な問いかけに、シルビアは笑顔を浮かべながら背中を伸ばし、お菓子に手を伸ばす。
「……アレク君と、シャルロッテさんも。過去の話なんて面白くないかもしれないけど、聞いてくれる?」
「ええ、気になります!」
「私も、お願いします」
シルビアは、机を見て手を止めると、昔を懐かしむようにそっと笑みを浮かべて、始める。
「あの人はシエルにとってのヒーローだったけど、それがそうでなくなってしまった。そんな事件があったの」
「ここを覚えてるか?」
「いや……」
「ここは俺の所属する自警団の、支部だな。この訓練場に小さかった頃のお前はよく遊びに来てた」
父親は指で指し示しながら、自警団の支部の中を案内してくれる。
この父親の仕事はここの自警団として、街の安全を守る職らしい。
顔が利くのか、会う人、会う人は父親に頭を下げている。
俺の頭はさっきからずっと混乱しているが、とりあえず疑問を全て胸の中にしまって父親から離れてしまわないようにしっかりついていく。
そして先ほど言っていた訓練場らしき場所に辿り着くと、父親は色々な武器が雑にしまわれている棚の中を物色する。
ちょっと待て!
「あ、あの!何をするつもりで……」
「ん?お前と顔を合わせたらいつも、ここで打ち合いをしていただろ?」
「へ?そうだったっけ?……あぁ、そうそう、そうだった!」
不思議な顔で俺を見つめる父親に対して俺は、今思い出したふりをして、その場を取り繕うとする。
どんな戦闘民族だ、とツッコミを入れたいところではあったが、前のシエルがしていた事にツッコミを入れるわけにはいかない。
前のシエルとの整合性を保つためだ。
「まあ、嘘だが……」
「え゛……」
真顔でそう言いながら木刀を放り投げてくる父親。
俺は今度こそ訳が分からなくなった頭と体で、何とか木刀を両手で受け止める。
嘘?嘘ってことはなんだ?
俺は……鎌をかけられたという事なのか?
「ちょっと……どういう……」
「何も言わなくていいから、早く準備してこっちに来い。久しぶりに訓練をつけてやる」
父親は冷徹な目で俺を睨むとそのまま背を向けて歩き出す。
これは……マジでどういう事なんだ?
とにかく俺は、見るからに強そうな自分の父親に、これからシバかれるのだという事は分かった。




