第68話 ラスボスの予感
「……それでも危険人物であるあなたを……」
「こちとら、中のババアに呼ばれて来てんだ。文句を言われる筋合いなんざ、ねぇはずだ」
「なんで、おばあちゃんがあなたを……嘘ね、あなたは全く信用できない」
「そうかい、そうかい。こっちはお前が俺に抱く不信感の何倍も、あのババアを信用してない」
話している事のほとんどは理解できないが、二人はお互い睨み合って両者譲ろうとはしていない。
私はこの場にいるのがなんだか場違いな気もするが、なんとか息を整えて二人を見守る。
すると何かを思いついた副学長の男は、私の方へ顔を向ける。
「そうだ、お嬢ちゃん!一度俺のアトリエに来るといい。筋はいいんだから、本物の芸術というものを見せてやる」
「え?……えええ?」
「絶対行っては駄目よ、リアラさん。この男についていったら、利用されるだけ利用されて最後には捨てられるわ」
「えええええ!?」
「人を何だと思っているのか。久しぶりに教師らしいことをしてやろうと思っただけだというのに」
男は頭を掻きながら、平気な顔で依然上からリゼ先生を睨む。
リゼ先生はそんな男の態度に腹を立てているのか、眉を顰める。
「あなたは一体何を考えているのよ!今度はリアラさんにまで……一体どこまで見えているのよ!」
「俺と同じ世界が見えているのは、あのババアくらいだ。ババアに聞け。こんな分かりきった事を俺に聞かねえと分からねえから、お前はいつまでたっても雑魚なんだよ」
「………………っ!!」
リゼ先生は拳をキリキリと握りしめる。
怒りに震えているのが、見て分かる。
リゼ先生をここまで追い込むこの人は一体何なのだ?
「まあ、いい。ババアからの指令も、ここに来いってものだったし、一応果たしたことにはなるか。伝令くらいはお前にもできるだろ。ちゃんと俺がここに来た事、報告しとけよ」
「なんで私が……」
「あと一つ!」
男はリゼ先生を遮るように、言葉を挟むと、後ろへ向いて歩き始める。
「次に俺と何か話したいんだったら、呼び出すんじゃなくて、お前がこっちへ来い!そう伝えとけ」
それだけ言い残すと、男は手を振ってその場を立ち去っていく。
まさしく、嵐のような人だった。
リゼ先生はその場にぺたりとへたり込む。
「り、リゼ先生!?」
「……大丈夫、大丈夫だけど、やっぱりあの人は苦手ね。リアラさんは分からなかったかもしれないけれど、あの人は………あの人は……なんて言えばいいんでしょうね……」
そう言って、自嘲するように笑うリゼ先生は手を開いたり閉じたりする。
誰だってあんな人を相手にしたら苦手に思うと思うが、私はそんなリゼ先生の手を取って両手で握った。
「リアラさん?」
「……ま、まだ、先生の手、震えていたので。あと、言いたくなかったら、言わなくていいです。……思い出したくなかったら、思い出さなくていいです」
「そう……悪いわね、気を遣わせてしまって」
「そんな事!……絶対ないですから。今だけしかできないですけど、一緒にいますから」
「……しばらく、握っててもらっていいかしら。リアラさんの手、安心するから」
私は震える、小さな手をぎゅっと握り顔を落とす。
こんな時シエルさんなら、あの人に対してどう向かっていっただろうか。
シャルロッテさんなら、ヘンリさんなら、アレクさんなら……もっと上手くとりなしていただろうか。
悩むことと、後悔する事しかできない自分が、とても腹立たしく思えた。
「……グリム君が行ったようね。無事、リゼとあなたのクラスメイト、リアラさんは邂逅したようだわ」
「……そのグリムさんとやら、うちの学園の副学長でありながらあなたの命を狙っている……でしたよね。あなたの話によると」
「ええ、間違っていないわ。それより、そのお菓子食べないなら私が食べるわよ」
「俺は好きな物は最後に取っておくタイプなんです。触らないでください」
俺は抱えるように手を広げて、俺のお菓子を物欲しそうな眼差しで見つめる学長からチョコクッキーを守る。
先程まで緊迫した状況で、ハラハラドキドキの展開であったはずなのになぜこんなにも呑気な空間になっているのか。
「グリム君も、君も。私の敵にしておいた方が何かと都合がいい。だから放置しているの」
「……それは、褒められているんですかね」
俺はチョコクッキーを頬張りながら、ソファの背もたれに背中を預けて頭を回転させる。
酒を飲めばルーベルトさんみたいに、ベロベロになれると思ったのに、どうやら俺は酒に強いタイプだったらしい、全く酔う気配がない。
いい加減こんな場所に長居もしたくないのだが、この学長先生はそれを許してはくれない。
しばらくまだ、この腹の読み合いは続行されるらしい。
「それにしても、リアラさんをそんな人にぶつけて何が目的なんですか?」
「リアラさんについては、庭でお絵描きしているのを見て、思い付きでここまで誘導したまで。まぁ持ち物の一つでもくすねて教室に置いておけば、必ず職員室の前は通るでしょうし」
「……息を吐くように、犯罪を告白してますね」
「バレなきゃ犯罪ではないの。特に悪意だけはバレないよう注意しなければいけない、という事は今後完全犯罪をやる時の教訓として覚えておきなさい」
この人、仮にも教育者のはずなんだけど、なんちゅう教訓を教えているのだ。
学長先生のコップには今度は赤のワインが満たされる。
「目的……というものを語る前に、あなたはグリム君とリゼの関係を知らなくてはいけないわ」
「リゼ先生と、副学長の?そんなプライバシーに関係しそう事、俺が聞いちゃってもいいんですか?」
「いいに決まってるわ。何せその二人のせいで私はこんな湿っぽい部屋に閉じこもる事になったのだから」
学長先生はワインをたしなみながら、鋭い眼光で机をただ眺めている。
俺は右足を左足に乗せて、身を乗り出す。
「それは、一体何が起こったのですか?」
「……彼は子供で、リゼはもっと子供だった。だからでしょうね。……私は孫娘のリゼが、ただただかわいくて仕方がなかった。それだけだったの」
そう言って学長は意味深な笑顔を俺に向けて、手を膝に置く。
「……話が見えてこないんですが」
「あなただったら、私を殺すにはどうするのが一番手っ取り早いと思う?」
「………………」
その言葉だけで、俺には全てわかった気がした。
身内。
どんなに弱点のない人であっても、身内を盾に使われれば誰しも戸惑い、隙が生まれるものだ。
可愛がっている孫娘であれば、尚更だ。
俺は顎に手を置いて考える。
「グリム君は、人を利用価値でしか測る事の出来ない男だわ。だけど、利用できるものは、価値が尽きるまで利用し尽くす」
「……リゼ先生は、どんな風に使われたんですか?」
「リゼは、気付いていなかったと思うわ。最後のその瞬間まで、自分が彼に利用されているとは知らなかった。……そして彼は、リゼという少女が自分の手で私を殺すことに加担した事を知ってしまえば絶望し、立ち直れなくなる事を知っていて、それでいてやらせた。使い捨てるために」
「…………」
学長先生は、俺と目を合わせることなく机を睨み続けながら、説明する。
顔は笑みを浮かべているのに、目は全く笑っていない。
しかし一番の疑問はなぜそんな危険人物が、この学園の副学長として、リゼ先生の同僚としてのさばっているのか、だ。
すると学長は目をパチリと開くと、今度こそ俺の目を見て話し始める。
「今ここで言えるのは、ここまでね。とにかく、私はグリム君とリゼに殺されかけてここに閉じこもる事になった。そしてこの話で一番重要な事は……」
「……重要な事は?」
「かつてリゼを使い私を負かしたことのある彼が今、とある生徒を狙っているという事よ」




