第65話 得体の知れない学園最強の女
「リゼ先生、それ、持ちますよ」
「……ありがと」
俺は放課後、職員室から書類の山を抱えるようにして出てきたリゼ先生に声を掛けた。
小学生ほどのたっぱのリゼ先生が、書類に顔が隠れている図を見てしまったら、無視もできまい。
当のリゼ先生は自分で運びたかったのだろうが、諦めて半分を俺に預ける。
季節は夏、7月の初旬だ。
「いい加減、夏服にしたのね」
「夏の暑さの前には人は無力であることを知りました。先生こそ、夏バテには気を付けてくださいね」
「……忠告は受け取るけど、最近は学期末のテスト前で徹夜続きだから、もうこれ以上厄介事は増やさないでよ」
「俺、実は結構優等生なんですよ。それも先生思いの」
「なかなか面白い冗談を言ってくれるわね」
俺はリゼ先生の後ろを歩きながら、答える。
放課後はいつも教室で誰かとだべってから帰るのだが、こうしてリゼ先生と話す事なんてまずないから新鮮だ。
「で、これ、どこに向かってるんですか?」
「………」
「先生?」
「……学長室よ」
リゼ先生は少しためらってから後ろの俺を振り向かず、正直に答えた。
なるほど、それなら躊躇った理由も分かる。
「……やっぱり会いにくい人なんですか?」
「……そうね、基本一人で部屋に籠っているし、こうして書類を持って行っても会えたことはないわ」
「それはリゼ先生でも、なんですか?」
「……どういうこと?」
リゼ先生は俺の言葉に反応しやっとこちらへ顰め面を向けるが、俺は疑いの目を逸らすためにも顎で前を示す。
「先生!もうそこ、学長室なので、早く持ってっちゃいましょう」
「……まぁ、いいわ」
リゼ先生も納得はしていなかったが、振り向いて前方の学長室の前まで歩く。
口は滑ったがなんとか、誤魔化すことはできた。
俺は先生の後ろについて、扉の前で一旦足を止めると、リゼ先生は数回ノックをして勝手に扉を開ける。
「どうせ待っていても来ないですし、早い所荷物だけ置いて帰りましょう」
「ここ、でいいんですよね」
俺は学長室の中に足を踏み入れ、中を覗こうとするが、壁に仕切られており全容までは分からない。
いや、よく見てみれば壁の端の方に部屋の中だというのに扉がもう一つある。
とりあえず入り口のすぐそばに設置された棚に書類一式を置いて、腰を伸ばす。
俺はそのまま目だけを動かして中にはほんとに人はいないのか、靴や天井を見て推理しようとする。
リゼ先生は俺の運んできた書類と自分の書類を重ねて置くと、俺と同じように腰を伸ばして学長室から出る。
「早い所出てしまいなさい。ここに長居しててもいい事はないわ」
「そう、らしいですね。中には誰もいないようですし」
リゼ先生に言われた通り、俺はその場を離れ、部屋の外へ足を踏み出そうとする。
「ん?そんなことはないわ、確かに中には……」
バターン!!
と、そこで扉は突然閉じられ、俺は後ろへ体が倒れ、棚にもたれかかる。
あとちょっと気付くのが遅れていたら、扉に顔が挟まった面白い人になってるところだった、危ない!
「な!なんで突然扉閉じるの、シエル君!」
「俺じゃないですよ!扉が勝手に……」
その時、俺は手首の辺りがなんだかむずかゆくて、手首を抑えると、そこには一本の髪の毛が絡まっていた。
白髪のようだが、なんでこんなものが……
「リゼ、少しこの子借りるわよ」
「え……おばあちゃ……」
「へ?うえええええ!!?」
すると俺の体は手首を引っ張られるようにして、ものすごいスピードで飛んでいく。
先程見えていた扉が勝手に開いたかと思えば、中では迷路のようにグニャグニャと曲がりながら2つ目の扉に当たる。
それも寸前で勝手に開き、3つ目、4つ目の扉に辿り着くころには、もう気持ちが悪いなんてものじゃなかった。
それでも5つ目の扉が開くとようやく減速し、俺の体は解放されてその場にへたり込む。
俺は顔を上げる事もできずに息を整えていると、頭の上に何かが乗っけられる。
俺はとっさに頭を持ち上げようとするも、それは強く俺の頭を押さえつけて許してくれない。
そして分かった。
これ、ハイヒールで踏んづけられてる?
「頭を上げる事は許さない。口応えすることも許さない。ついでにこの事を誰かに体罰としてチクるのも許さない」
「……俺、なんとなくムシャクシャしたからって理由で、かつて学校一のチクリ魔として名を馳せた事もあるんですけど……」
「そうなったら、あなたを社会的に抹消するしかないわね。具体的には、あなたが授業中、ノートをとるふりをしてクラスの女子のおっぱいランキングなるものをつけていた事を、学園新聞にリークします」
「喜んで従いましょう!チクりなんてそんな非道な事、もうしません!」
なんで知ってんの、この人!!
俺はこうして、先生の荷物を手伝っただけなのに頭を靴で踏んづけられたまま、まだ姿も分からない老婦に絶対服従を誓う事になった。
やっぱり世の中、いい事をしてもいい事が返ってることはないのだと、俺は思い知った。




