第64.5話 幕間 沈黙の夏
「それで、今日は何!?」
私は教室の扉を勢いよく開いて、声を上げる。
「……いや、いつもみたいに溜め息をついてから教室入って来いよ!」
「マンネリ防止よ!あと、毎回お決まりのように溜め息ついてるけど、前回とか溜め息つくほどそんなに気分落ち込んでなかったから」
シエルに説明をしながら、いつものようにシエルの隣の席に座るが、そこには既にアレク君、ヘンリ、リアラさんの、いつメンが揃っていた。
特に目につく事と言えば、皆夏服に衣替えをしているのに、シエルだけが長袖をまくって馬鹿みたいに汗をかいている事くらいだが、これはヘンリを皆でいじめたあの日以来、普段通りと言えば普段通りの事なのでスルーしてもいいだろう。
「「「「「……………」」」」」
教室の外からはセミの鳴き声だけが響いてくる。
アレク君と目を合わせようとするも、目が合った瞬間、お互い顔を見合わせて首を傾げ、そしてまた目を逸らす。
シエルに関しては永遠にタオルで汗を拭うふりをして、誰とも目を合わせないようにしている。
この沈黙きまずっ!
「……な、何なのよ。何か話してたんじゃないの?」
「特に、何も喋ってはない、よな?」
「あぁ、4人で同じ席に集まりながら、特に何も話すわけでもなく沈黙のまま、10分過ごしてたな」
「ただただ気持ち悪い集団だから、それ!」
という事はなんだ?
私、そんな気持ち悪い沈黙集団の中に、扉を開けて大声で突っ込んでいってたの、さっき?
だとしたら、すっごい恥ずかしい。
「なんで、そんな状況になってるのよ。何か話題くらい、いくらでもあるでしょ?」
「……と、言われましてもねえ……」
「僕も、なんだか最初に話題を振るの、難しくて……」
「分からんでもないけど、私達一応大人でしょ?じゃあ……ほら、この前の小テストの話題とか?」
私は頬杖をつきながら、このコミュ症集団へ話題を提供する。
「私はいつも通り満点だったけど……」
「俺はいつも通り赤点!」「わ、私もいつも通り赤点でした」「俺はいつも通り赤点ギリギリ」「僕はいつも通り平均点」
「なんなの、私を含めたこいつらの、この日常運転っぷり」
成績に関する話題はこれまでに何度かお互い、膨らんだことはあったが、こうも平常通り、予想通りの成績では、これ以上語る事はもはやない。
お互い隣の席同士で目を合わせてみるが、すぐに皆で目を逸らす。
しかし今度この沈黙に切り込んだのは、意外にもリアラさんだった。
「な、なら皆さん、ご両親とかご家族は一体どんな方なんですか?わ、私の祖父は、一部の絵画マニアにだけ人気だった画家だったらしいんですけど……」
「リアラさんが芸術家肌なのは、遺伝子だったのね。いいわね、家族自慢みたいなの。私の親は学生の頃に家出したらしいのだけど、ゼロから起業してたったの一代で、世界に名を轟かせる豪商になったらしいわ」
「シャルロッテさんのお父さんに、そんな過去があったんだ!ちなみに僕の両親は、特に何も特筆する事がないただの農家だから」
「まるっきり予想通りね」
アレク君が頭を掻きながら少し恥ずかしそうに言うと、その場の雰囲気も先ほどとは打って変わり、明るさを取り戻す。
両親や家族についてなら、普段多く関わっていて、しかも祖父や祖母、叔父や叔母まで範囲を広げると人数的な選択肢も増えるため、誰かについてのエピソードを一つは持っているものである。
リアラさんのナイスパスだ!
アレク君はその調子でヘンリにも聞く。
「ヘンリ君のお父さんは何をやってる人?」
「ん?俺か?俺の父親は3歳の時に死んだからな」
「「「「……………」」」」
ヘンリはあっけからんと答えるが、場の空気は一気に凍り付く。
戦犯アレクはそんな中でも、まだ挽回しようと話を続ける。
「……それは、病気とか……」
「いや、自殺?」
「「「「…………………」」」」
「酒の勢いで女に股をかけまくったら、マジで刺されたもんで、やけになって首吊ったらしいぞ。ま、小さい頃の話だから、今は全く気にしてないけどな、はは……あ、すまん」
「「「「…………………………」」」」
この空気どうしてくれんだっ!!
自殺が一番触れずらいし、その理由がどんなであれ、誰が笑えるか!
なんでこいつはこの流れでその話をしようと思ったんだ。
「ちなみに母親の方は山に籠って、水の上を歩く方法を研究してるんだけど……」
「そっちの面白お母さんの方を先に言え!!」
もはやリアラさんがこの話題を持ちかける前よりも空気が重くなった気がする。
私は息を吐いて再び皆に向き合うが、誰も口火を切ろうとしない。
皆お互い隣の席同士で目を合わせてみるが、すぐに目を逸らす。
これやめよう!
するとシエルが口を開き、沈黙を破る。
「……じゃあ、何か最近の不幸自慢でもするか?」
「それ、嫌な予感しかしないわ。ちなみにあなたは何かエピソードあるの?」
「そうだな……今朝ブドウを一つ食べたら、何か変な触感がしたもんで吐き出したら、中に虫がいたっていう……こういう話はあるんですけど……」
「「「「………………」」」」
……確かに可哀想ではあるけれど、なんて声を掛ければいいのか全く分からない。
途中からシエルも察したのか、最後はなぜか敬語にもなっている。
もはや何を言っても滑る、最悪の空気だ。
しかしそんな空気でも、先のA級戦犯アレクは果敢に話を広げようとする。
「……シエル君のブドウに入ってたそれは、どんな虫だった?」
「ええーっと……結構噛んじゃってたから、形は分かんなかったというか……」
「そうなんだ……」
「「「「「…………………」」」」」
もう黙れ、アレク!
偶然もあるけどさっきのヘンリの時から、キラーパスしかしてないのよ、あなた。
余計シエルがみじめに思えてきた。
私はもう誰とも目を合わせず、ひたすら俯く事にした。
ちらりと顔を上げて見てみても、全員、誰も目を合わせようとする者はいない。
コミュニケーションって、こんなにも難しい事だったっけ?
私が子供の頃、誰とでも隔てなく接する事ができていた時代もあったな、としみじみ振り返っていると、唐突に教室の扉がガラガラと開く。
「……あなた達、部屋に帰るでもなく、皆で黙り込んで、何をしてるのよ」
「「「「「……っ!!リゼ先生イイ!!」」」」」
「きゃああ!なんなのよ、あなた達!!」
あとで時間を確認してみるとその日は、リゼ先生が教室に見回りにやって来るまでおよそ40分間、私たち5人は無言で向かい合っていたらしい。
もし私がそんな現場に遭遇してしまったら、何らかの儀式が行われているのではないかと疑っている事だろう。
こうしていつもの放課後は終わっていく。
ちなみにあの後、先生からは本気で心配された。




