第60話 誰を追放するか
ざわざわ…
「シエル君、ヘンリ君は?」
「いつも通り一人屋上で、少年時代を思い出して黄昏れてるよ」
「昼ご飯の時いつもいないなー、って思ってたけど、そんな事してたの!?」
ダンジョンから帰って休日を挟んだ二日後、ジャック君達との楽しい(?)昼休みを過ごした俺は、教室に帰ってくると同時にアレクから尋ねられたことに答えた。
適当に答えてみたが、ほんとに実際ヘンリ君は今屋上にいる。
それをなぜ俺が知っているのかというと、
「さっきヘンリ君に会ってきたからな。学校中探し回ってたら、やっとのことで見つけたのに、あいつ何をはき違えたのか突然鬼ごっこみたいに逃げ回りやがって」
「さっきから汗だっらだら流してるの、不思議に思ってたけどそういう事があったんだ……」
俺は息を整えて自分の席に座り、横にかけてあったタオルをぐるぐる鉢巻のようにして髪をかき上げながら頭に巻く。
そして思い出す、ヘンリ君とのやりとり……。
「それで、どんな事を話したの?」
「……今後、自分の実力の、高みだけを目指すならば、俺達とは離れた方がいいという事だけ言っておいた」
「なっ!?」
アレクは絶句し、俺にその真意を探ろうと目を凝視してくる。
俺はそんな視線から目を背けるように、教室のヘンリ君の座席を探す。
その席は空席となっており、恐らくいつも通り授業が始まるギリギリまで帰ってくることはない。
「ヘンリ君は……少なくとも今のヘンリ君の急成長に、俺らはきっとついていく事ができなくなる。そうなればヘンリ君が感じるのはどうしようもない孤独感と、疎外感だけだと思う」
「……それは、ヘンリ君を僕らのパーティーから追放することの理由にはならない!ヘンリ君を追い出してしまえば、もっと……」
「アレク…このままいけば俺らは、ヘンリ君の歩む道の、足かせにしかならないんだ。邪魔にしかなれないんだよ。少なくとも今、この時点ではな」
「………」
俺が考え抜いて出した結論の一つは、これだ。
原作でアレクを追放したヘンリ君を、逆にこちらが追放する。
ヘンリ君は今、原作をなぞる形で物凄い成長を遂げている。
原作ではここから増長したヘンリ君が無茶なダンジョンを、何度も攻略していこうとし、それをことごとくアレクの助けを借りながら成功させていく。
そしてアレク追放に繋がっていくのだが、ここに至ってしまえばもう手の施しようのない、性格のひん曲がったヘンリ君が生まれてしまうのでここは絶対に避けないといけない。
①そしてもし俺達がこれからもヘンリ君とダンジョン攻略へ積極的に乗り出す場合、きっとアレクとシャルもいるこのパーティーはある程度のダンジョンは攻略できるだろう。
しかしこれは先に述べた通り、原作ルートを辿る可能性が存分にある。
②逆に、ダンジョン攻略を俺がストップをかけて控えようとした場合、溜まるのはヘンリ君のフラストレーションだけだ。
このルートにおいても性格の悪い独善的なヘンリ君が出来上がる可能性は高い。
③それではヘンリ君を追放した場合。この場合において重要なのは、まだ現時点でヘンリ君がいい奴であり、自分の実力を過大評価し無茶をしようとする増長野郎ではないという点だ。
前二つの場合を見た時、俺達の存在がヘンリ君に悪い影響を及ぼす可能性があるなら最初から一人にさせてあげた方がまっすぐ、ヘンリ君の思うままに成長する事ができるのではないか、という判断だ。
「でもそれは逃げね。私達があいつと向き合う事を放棄した、その逃げでしかない」
ふと横を振り向いてみれば、シャルが俺の隣の席に手をかけ、椅子を引こうとしている所だった。
全部聞かれていたようだ。
シャルは澄ました顔で椅子に腰かけると、アレクを一瞥もせず俺の目を、目の奥を鋭く睨んでくる。
やっぱり敵わないな。
「……分かってるよ、そんな事。だから『高みだけを目指すならば』っていう条件を付けたんだ」
「「…………」」
そして俺が最後に賭けるのは、この可能性だ。
人間の気持ち、感情なんて、所詮他人の俺が測れるわけもないし未来の性格なんて誰にも予測できないはずだ。
俺が、俺達が関わってきたヘンリ君との日々は、きっと原作とは違う影響をヘンリ君に及ぼしているはずなのだ。
先手、先手を打とうとしてきた俺ではあるが、最後にできる事はヘンリ君を信じる事、それだけだ。
だから俺はタオルを外しながら、二人に向かって言う。
「アレク、シャル、あとでリアラさんにもかな。一つ、三人に頼みたい事があるんだ」
外ではカエルの鳴き声が聞こえる。
季節は既に夏に突入している事に、今になってやっと、気が付いた。




