第59話 ヘンリ君の覚醒
「…………ほいっ」
ヘンリ君が木刀を振るうと、異世界のアイドル、スライムはゲル状に崩壊する。
スライムと聞いて皆が思い浮かべるのは某RPGゲームのモンスターであると思われるが、この世界のスライムがあんなに可愛いものであるわけがない。
ゴブリンの例から学んだことではあったが、ただただ気持ち悪い色のグラデーションを身に纏うその姿は、敢えてここで詳細に語る事は控えておこう。
こちらとて理想とかけ離れたその姿を二度と見たくはないし、説明すらしたくないのだ。
とはいえスライムとて決して弱い魔物ではない。
体液である酸としぶとい生命力を武器に群れで襲い掛かるその危険度は、実はゴブリンよりも上とされている。
しかし、そんなスライムを一撃でしかも借りてた消しゴムを投げて返す時のような気軽さでぶっ倒したヘンリ君は、後ろを振り向かず前へ進む。
「ヘンリ君!今日の予定じゃ、そんなに早く進まなくていいよ!」
「……そうか?」
ヘンリ君はアレクの忠告を、拍子抜けしたような顔で振り返る。
その顔は物足りないと言いたげだ。
「ちょっと久しぶりのダンジョンだから、あんまり張り切るのはよくないって、皆で決めただろ?」
「そうね、あなたは物足りないかもしれないけれど、こっちはずっと歩いてるだけでも疲れるの」
俺とシャルは後方からそんなヘンリ君に声を掛けると、ヘンリ君はつまらなさそうな顔ではあったが流石に諦めて隊列に戻る。
冒険者の仕事でダンジョン演習メンバーを招集し、前とはまた違うダンジョンの攻略に乗り出してみたものの、どうやらヘンリ君は満足していないらしい。
「へ、ヘンリさん、最近調子いいですよね」
「リアラさんも分かる?僕から見ても、ダンジョン演習の時とは全然違うくらい成長してる」
今は6月が終わろうとしている時期だ。
つまり、原作ではここら辺からヘンリ君は、アレクとの実力差を開きにかかる、そんな時期に入ったというわけだ。
そして原作アレクとの仲が次第にこじれだす時期。
「……俺もわっかんねーんだけど、最近になってもっと強くなれる気がしてな」
「……でも、一応俺達パーティーなんだから、独断専行とかはやめてくれよ?」
「そりゃ、俺だって流石にわきまえてるって」
ヘンリ君は乾いた笑みを浮かべながら、俺の忠告に返事をする。
これは……よくないな。
またしても、原作と同じ流れになりつつある。
こんな事を考えながらダンジョン探索を進めていくが、ヘンリ君はやって来た魔物をことごとく一人でやっつけてしまう。
どんな群れが相手でも、どんなに相手が強そうでも、たった一人ですべてを片づける。
その顔は笑顔を浮かべながら、どこか悲しく見えた。
「……す、すごい」
リアラさんは一度も振るう機会の訪れない、例のステッキを握りながら感嘆の声をあげる。
そこで俺は歩を進めて、シャルのそばへ寄って耳打ちをする。
「……シャルはさ、今のヘンリ君と戦って勝てる自信はある?」
「………3割」
俺の声の大きさに合わせるようにぼそりと答えた一言は、3割……つまり10回やって7回は負けると、シャルは言っている。
シャルは顔を険しくしながら、それでも突然急成長を遂げているヘンリ君を見る目は真剣そのものだ。
正直シャルが負ける姿など想像できないが、圧倒的な魔力量を凌ぐだけの技術と身体能力を、今のヘンリ君が持っているとシャル自身が判断したのだ。
俺は腕を組みながら目を瞑って考える。
「……アレク、今日はダンジョンの3層までって話だったよな?」
「うん、そうだけど……」
「予定変更だ。5層まで一気に駆け下りようか。正直今の戦力があればそこまでは余裕で行けると思う」
「……リーダーはシエル君だし、それでいいけど」
リアラさんはただ一人、探索で歩く距離が予定の倍近く増えて絶望した顔を浮かべていたが、ヘンリ君、アレク、シャルの3人は俺の突然の提案に、何かを勘ぐるように見つめてくる。
ま、そうなるわな。
リアラさんは可哀想だ(かわいい)が、将来的なパーティー解散の危機だ。
ここで何か手を打っておかなければ、手遅れになるかもしれない。
「それじゃあ、ペースは上げるんだな?」
「ああ、ヘンリ君は引き続き前衛で魔物を狩りまくっててくれ。もう遠慮なんていらないから」
「リアラさん、ちゃんと付いてくるのよ」
「……が、頑張ります……」
「じゃあここからは、シエル君も魔物の遺体漁り手伝ってよ。さっきから気持ち悪いスライム全部僕がやってるんだから」
「……リーダー特権ばりあーっ!」
「なに子供みたいな事言ってんの!?」
こうして俺達は久しぶりのダンジョン探索で、ダンジョン第5層までの探索をすることに決めた。
ここで5層までの探索に切り替えた理由は至って単純だ。
原作のヘンリ君パーティーは弱かったアレクを、全く助けることなくダンジョンに潜り続けたために、実力差が開きまくったアレクを切り捨てるという判断に至った。
これは自分の限界を突き詰めたかったヘンリ君とそんなヘンリ君全肯定ウーメン(フレアさん、イレーナさん)の考えや実力が、アレクのそれとすれ違い続けたために起こった話だ。
ならば今の俺がとれる手段は、きちんとヘンリ君に向き合ったうえで、ヘンリ君の今の実力を推し量り、くらいつく事。
そして葛藤の中にいるヘンリ君を、孤独にしない事だ。
しかしそんな俺の思惑は、その後すぐに暗礁に乗り上げる。
ダンジョン第5層のおよそ最深部にて、ヘンリ君は怪我一つなく汗を拭って、顔を俯かせながら木刀を地面に突き立てる。
「……思いの外、つまんなかったな」
「「「「…………!」」」」
俺達はヘンリ君の後ろに築かれた魔物たちの屍の山を見つめながら、つばを飲み込んでヘンリ君を眺めていた。
いや、眺める事しかできなかった。
俺はそっと目を閉じる。
ヘンリ君の実力は既に、俺達を凌駕し覚醒していたのだった。




