第56話 凡人が天才を凌ぐには
「それであなた、浮遊魔法はだいぶサマになってきたようだけど、まだあなたの理想とは違うの?」
これは少し前の5月下旬、俺は放課後の教室で、シャルと二人きり、テスト前最後の詰込みをしていた時の事だ。
相変わらず恐ろしい程会話の少ない関係ではあったが、こうしてたまにはシャルも話題を振ってくれる。
これがあの日言っていたシャルなりの最大限の努力という事なのだろう。
「そうだなぁ……。リアラさんに教えてもらいながら結構浮遊魔法の移動は安定してきたけど、浮遊魔法を使いながら火魔法を使うとか、弓矢より早い移動ができるようになるとか、まだまだできない事も多いし奥が深い魔法だなとは思ってきたかな」
「それが全部できるようになれば、私もそろそろウカウカしてられなくなるかもね」
「俺ができるようになる頃にはシャルはもっと上に行ってるよ、きっと。だから、精々頼りにさせてくれ」
「……ヒモ宣言ね」
「なんなら俺、魔法より家事、得意です!」
「この男、将来私のヒモになって生計を立てる気満々そうだけど、絶対あなたなんか私の家には入れないから」
「な!?将来の夫である俺を……」
「所詮仮の付き合いを初めてたった1週間程度で、よく私の夫面できるわね?」
俺とシャルは勉強もせず、ほとんど言い争いをして、この日の放課後は過ぎていった。
そして現在、俺は浮遊魔法を発動しながらティナの姿を目で追っていた。
鳥達は追ってきた俺の姿に気が付くと、一斉に後ろを振り向く。
「「「「カーカー!!」」」」「「「ガーっ!!」」」
「……うるさいっ!」
一斉に鳴き声で威嚇をしてくるが俺はティナの姿を見失わないように、必死に目で捕捉する。
ティナは鳥にくわえられて恐怖に意識を失いかけながら、それでも強い意志で手に握られた月影草は放していない。
(そうか、あれを鳥達は狙っていたのか!)
俺は事前にアレクから聞いていた話を思い出す。
この鳥はカラスが魔物化した、ブラッククロウという名前の魔物だ。
草食で普段人間を襲う事は滅多にないらしく特に警戒はされていないのだが、この鳥達は恐らく月影草を狙ったのだ。
ファンタジーの世界の特殊な草だ、見た目の綺麗さからしても、もしかしたら魔物を引きつける何かがあった…のかもしれない。
そういう事は原作で教えてくれよ!
しかし、
「なんでその月影草の所有者を、遥か上空にいたお前らが的確に見つけれたのか。……偶然とは言わせんぞ」
俺は火魔法を発動しようと、頭の中で詠唱を始める。
しかし浮遊魔法と火魔法の同時使用なんて、ほとんどやった事はない。
(頭の中の神経が擦り切れるみたいな……とにかく痛い!)
やはり体に負荷はかかるようで、俺は自分の頭を片手で叩くが、中々火魔法が形にならない。
早く、早く、早く!!
俺の鼻から鼻血が垂れてくる。
その瞬間下から火魔法のファイアーがいくつか飛んできて、俺を攻撃してこようとしていたブラッククロウが何匹か撃退される。
集中し過ぎていて、全く鳥たちの攻撃に気が付かなかった……。
分かってる、アレクだ。
ほんと、俺なんかよりずっと頼りになる主人公様だ。
しかしおかげで火魔法も何とか形にすることはできた。
その代わりに浮遊魔法がぐらつくが、そんなもの関係ない。
「浮遊魔法・ベクトル真正面!」
俺は指をさして、ブラッククロウたちの中を突っ切る。
空中における自由度でいえばこちらの方が若干有利だ。
足を前に出して、邪魔してくるブラッククロウを吹き飛ばす。
「どっか行ってろ!」
「「ガーっ!」」
そして最後のダメ押しに、ファイアーを群れの中に放つ。
ブラッククロウ達はうるさい鳴き声を出しながら、一斉にその場を離れる。
これでティナを咥えたブラッククロウまでの道はできた!
「ティナを、返せ!」
追撃してこようとする俺の姿を見て、そのブラッククロウは速度を上げて逃げ始める。
(まずい、これ以上森の中心に行くわけにはいかない!)
こうなれば俺の速度を限界まで、上げる必要が有る。
魔力が少なくなり震える指先を何とか前に突き出すと、俺は残りの魔力を全て浮遊魔法につぎ込んだ。
(俺は凡人で、魔力も、判断も、勇気も覚悟も、天才たちに比べれば何もかも足りない。でもそんな俺にも分かる事がある。そんな天才達を凌ぐために凡人ができる事はたった一つ)
「誰よりも死ぬ気で……ぶつかるだけ!!」
その瞬間、俺の視界が切り替わる。
俺の目に見える世界が、変わったような気がした。
そしてその一瞬の刹那で、俺は蹴りを横から繰り出す。
「……っ、ガっ!?」
「…………怖い思いをさせて、ごめんな」
その蹴りはブラッククロウの腹を直撃し、吹き飛ばすと同時にくちばしからこぼれた一人の少女を抱きかかえる。
下を見てアレクの姿を探してみるが、それほど離れていない場所にアレクはいた。
どうやらこっちへ向かって、急いで走って来てくれている。
「………ん?あれ?……シエルさん?」
「そうそう、俺……あ、悪い!完全に魔力切れ、たあああああ!」
「きゃあああああ!こんなのばっかりぃ!!」
ティナの奪還にほぼ全部の魔力をつぎ込んだために、空中にいる事を維持できず、俺はティナと一緒に真下へ落下する。
「シエル君、こっち!」
一瞬ちらりと見えたアレクが何やら言ってくるので、俺は空中でティナをアレクの方へ放り投げる。
すると、アレクはよろよろと体を移動して、ティナをキャッチすると同時に、その勢いに負けて後ろへ背中を押し倒される。
そして俺はというと、真下にあった巨大な木に突入し、枝やら木の葉やらに体を打ち付けながら、ドサッと地面へ落ちる。
木のおかげでだいぶ勢いはなくなったのだが、痛すぎる!!
やっぱり今回も、最後までカッコはつかないものだな。




