第54話 義務
「アレクさん、これ何?」
「これはねー……キノコだね」
「それは知ってるよー!」
結局、ティナを連れて月見の森まで来ちゃいました。
だって、あんなか弱い女の子のお願いをはねのける事なんて誰にできるというのだ。
俺は森の入り口でじゃれ合う二人を見ながら、頭を抱える。
そもそもというものこの月影草イベントはアレクが追放を言い渡されるあと、つまり8月に発生するイベントのはずなのだ。
そして原作ストーリーでこの月影草イベントがどういう結末を辿るか、ここに説明しておこう。
まず追放されて傷心中のアレクは何でもいいや、と古くなったこの依頼を手に取る。
そして先ほどの俺達と同じようにティナとの接触を果たすのだが、ここでティナは母親の為に自分も役に立ちたいと、アレクについていく事を決める。
そうして月見の森へ旅立った二人だったが、四苦八苦しながら月影草の元には辿り着く。
しかし、月影草を入手したティナはこれで母親が助かると思ってか、安心してその場で眠りこけてしまう。
それを見て少し休憩でもしておこうとその場に座るアレクの元へ現れる、魔物の群れ。
その戦闘においてティナは一体の魔物に攫われ、アレクはそれを救うために一晩をかけて森を駆けまわる羽目となる。
そうして助けられたティナは何とか月影草だけは死守していたのだが、家に帰ると既に母親は、アレク達帰還のたった1時間前に……。
この事件をきっかけにアレクは強くなろうと決意し、ティナは自分のせいで母親を死なせたという罪悪感から廃人となって、母親同様に病気を患う事となるという、今思い出してもトラウマものの結末となっている。
ティナが滅茶苦茶いい子な分、この結末には何度目か分からないがクソラノベのレッテルを貼り付けてやった。
この作者バッドエンドが好きすぎなんだよ!
「アレクさん、ならこれは?」
「うーん……恐らく何らかの雑草だよね」
「うふふ、そりゃそうだよ、アレクさん。これはねー……」
この幸せな光景は笑顔は絶対に守り通さなければいけない。
だからこそ俺は今、ここに来たのだ。
先程言ったように、本来この依頼がアレクに見つかるのは8月の事だ。
今が6月の頭なので、2か月も早くここに来ることはできたという訳だ。
これならティナの母親も月影草とティナが帰るまで生きて耐え続ける事も十分可能だと思う。
そしてこれは、本当に俺が未来を変える事ができるのかを測る最後のテストだ。
これはヘンリ君やアレク、シャルとの関係のように、物語が始まる2ヶ月後ではなく明日にはその答えが出ている。
最後まで気を抜かずにティナを守り通して、かつティナの母親を救う。
俺は気付かれない様にそっと息を吐いて、指に込める力を強くする。
「そんじゃ、そろそろ行きますか」
「了解!それじゃ、ティナちゃん、僕の手を離さないで……」
「ちょい待ち、アレク!ティナ、まずは俺の手を握っててくれ」
「はい!分かりました!」
俺はアレクからティナの手を奪うとアレクは不満げに俺を睨む。
確かに反対の立場なら嫉妬する気持ちも分からんでもないが、今回はそういう事ではない。
「ティナ、俺を信じてくれればいいから」
「え?」
俺は目を瞑って集中すると、浮遊魔法を発動する。
アレクもようやく俺の意図が分かったのか、呆れたような笑みを見せる。
ティナと俺の二人の体がどんどん浮いていくので、俺はティナを抱きかかえるようにして、一気に上空へ昇る。
「わあ!」
ティナは驚きの声を上げるが恐怖ではなく、その顔には笑顔が浮かんでいく。
このやり方はシャルの時と同じだが、俺も中々浮遊魔法がうまくなったようだ。
「すごい!!」
「喜んでくれてよかった!こっから月影草がありそうなところを探してくからな」
「分かり、ました!精いっぱい探します!」
ティナは空中に戸惑いつつも、元気に返事を返してくれる。
こうも喜びを表してくれるとつい俺も嬉しくなる。
俺はキョロキョロと月見の森を見渡すと、それらしい崖が二つ見えた。
「あれと、あれかな?」
「シエルさん、あっちの分かりずらい所にも1個崖がありそうですよ!」
そう言ってティナが指さす方を見ると、確かに俺の見落としていた崖が一つあった。
しかしあの崖つい俺も見落としてしまうほどか……匂うな。
「よし、あっちに行こう!アレク、あっち方面のそんな離れてない所に崖があるから、分かったな?」
「了解!」
俺はアレクに分かりやすいように腕を伸ばして指し示すと、ゆっくり上空から降りてティナを腕の中から下ろす。
少し残念そうなティナであったが、すぐに切り替えてやる気十分に息を吐く。
浮遊魔法はあまり使わずに、温存できるところは温存しておきたいので、ここからは徒歩だ。
それでもいざとなれば浮遊魔法が使える安心感は、あの閉塞的なダンジョン探索の時にはありえないものだ。
そしてアレクと俺の準備も整う。
「よし、行こう!」
「「おう!!」」
ここからは時間と、運命との勝負だ。
絶対に負ける事は許されない。
あの婆さんも言っていたように、これが俺の義務なんだ。
森の中は暗く、ただ虫の鳴き声が鳴り続いていた。




