第4話 俺が原作破壊を志した訳
「それじゃあ、これからこの教室で過ごす皆に自己紹介してください」
リゼ先生が皆へ向けて言うと、一人教卓に座って学生の名簿を広げる。
ちなみに俺は両手を膝の上に置き姿勢を正してまっすぐ前だけを見ていた。
横から射抜くような視線、というには生温い、殺意の200%ほど込められた視線を向けてくるのは麗しのヒロイン、シャルロッテさんである。
もはや恒例になってきたが、このシャルロッテさんも原作の途中から突然のキャラ崩壊を起こすキャラとして有名だ。
初期は今もこうして俺を睨みつけているように、凛とした生徒会長のようなたくましさとカッコよさ、そして美しさを兼ね備えたキャラとして俺自身も好きなキャラであったのだが、途中からは主人公のラッキースケベに「きゃあ、アレク君のえっちー!」と言いながら実は喜んでいるみたいな、ただのハーレム要員のような反応が増えていった。
リゼ先生の件で耐性ができていたとはいえ、正ヒロインのキャラ崩壊には流石に本を放り投げたくなる衝動に駆られた。
ちらりとシャルロッテさんの方へ視線を移すと、その銀髪と緋色の瞳はプイっと俺の方から顔を背ける。
「次はないと思いなさい」
「は、はい!」
「とりあえず今回はあなた1人の切腹で許してあげる」
「許されてなかった!?切腹て、いつの時代の価値観だよ!」
「安心なさい。私が介錯として苦しまないようにしてあげる」
「デリカシーがなかっただけで俺、首まで斬り落とされるの!?末路が戦国時代の落武者を超えてるんだけど!」
俺はとりあえず突っ込むが、顔色が全く変わらないから冗談なのか何なのか、全く分からない。
とりあえずこれ以上何も言ってこないから、許されたと考えていいんだろうか?
俺は姿勢を正し、既に始まっていた自己紹介に耳を傾ける。
自己紹介はアレクの番を迎えていた。
アレクは勢いよく立ち上がると、教室を見渡す。
「アレックスです!気楽にアレクって呼んでください!よろしくお願いします!えーと、真面目な性格ってよく言われます。あと…この学園での目標は……」
するとアレクは顔を伏せ、声を詰まらせる。
(ん?どうしたんだ?)
しかしアレクはすぐに前を向くと、拳を握りしめ続ける。
「目標は、世界のダンジョンを全部踏破して、英雄になる事です!」
「「「「「「「「……………」」」」」」」」
クラスの空気が凍るのが分かった。
ダンジョン、この世界に突如として現れた魔力や魔物の集まる洞窟、所謂ところのダンジョンだが、それを一番最初に踏破した人間は『英雄』という称号を手に入れる事になる。
原作ではレベル9999のアレクが怒涛の勢いでダンジョン踏破を成し遂げていくから、それほどすごい事のようには思えなかったが、まだこの時点では踏破されていないダンジョンの方が多かったはずだ。
それを学生の身分で成し遂げると言ったアレクは間違いなく頭のおかしな子だ。
さっき俺が下ネタぶっこんだ時もこんな感じだったのかな、なんて的外れな事を一瞬考えるが、アレクの発言を頭の中で反芻させる。
英雄、か…。
アレクが席につこうとすると、ヘンリ君が立ち上がる。
「面白い、いいな、お前!今度ダンジョン行く時があったら一緒に行こうぜ」
「えっ?あ、ありがと」
「ちょっと二人共静かにしなさい。まだ自己紹介は終わってないんですから」
笑顔でアレクを誘うヘンリ君をリゼ先生が注意すると、ヘンリ君は遅刻の件もあり抵抗せずに頭を下げてその場に着席する。
俺はその光景を眺めながら、原作におけるもはや違う意味での伝説のパーティーが誕生するその第一歩を見た事に少しだけ感動していた。
「目標、か…」
「ん?シャルロッテさんは何かもく…」
「ただの独り言!」
「…はい」
1ミリも近づくことを許してくれないシャルロッテさん。
まあ、いい、俺は主人公じゃないんだ。
ヒロインの氷を解かすのは主人公だ、って相場が決まってる。
俺は主人公じゃ…。
そこまで考えてから俺は考えまいとしていた事を思い出す。
それは転生したあの日から考えついていた事だった。
アレクは、はにかんだ笑顔で隣の席の子に挨拶をし、ヘンリ君は快活な笑顔で自己紹介を見守っていた。
このままいけば原作ルートなんだ。
アレクがチートに目覚めるのはいい。
世界設定とか他のキャラの性格が滅茶滅茶になるのも、いいんだ。
でも原作のあの最後だけは…
あの最後だけはだめなんだ。
「それじゃあ次、シエル君」
「……はい」
リゼ先生に呼ばれて俺は椅子を掴んで立ち上がる。
「シエルって言います。ちょっと人見知りだけど皆さん仲良くしてほしいです。…よろしくお願いします」
それだけ言って着席しようとするが、横に座るシャルロッテさんが椅子を掴んでいて全然椅子を引かせてくれない。
その目はまだあるだろ、と言わんばかりに鋭くこちらを睨んでいる。
俺は観念して椅子から手を離す。
「えーと、目標は…」
それだけ言って教室を見渡す。
アレクは興味深そうにこちらを眺めているのに対し、リゼ先生はまるで興味がないように学生名簿を眺めている。
ヘンリ君は相変わらずにやにやとこちらを見守っており、シャルロッテさんは早く言えと目で訴えかけてくる。
まったく、なんでお前らほんとに原作通りなんだよ…。
『英雄になるために!』
前の俺が書いていたノート、今日までに何度も読み返した。
理論なんて何一つなかったけど、その夢にかける情熱と熱意は読み取れた。
かつてのシエルの事なんて何一つ知らないけど、何も関係なんてないのかもしれないけど、それでも今の俺はシエルなんだ。
(……そうかよ、分かったよ)
俺はアレクの方へ向き、宣言した。
「目標は、俺が誰よりも先に、ダンジョン全部踏破して、英雄になる事です!」
あの最後を変えるために。
主要キャラを含めた全員が死ぬ、あの世界滅亡エンドを変えるために。