第50.5話 幕間 叙じゅちゅトリック
溜め息をつきながら私は、教室の扉に手をかける。
前回から周期が早すぎるとのクレームを入れてやりたいが、仕方がない。
教室の扉に聞き耳を立てて中の様子を伺うが、今回は何も音はしない。
このパターンか……。
「で、今回は……」
私は扉を開けてどうせ奴らはいるのだろうと思い、いつもの文言を口にしようとするがそのメンバーを見て絶句する。
「……リゼ先生、早く逃げた方がいいですよ。絶対ろくなことにはならないですし」
「あぁ、シャルロッテさん、これは私にも関係のある事なのよ……」
そこではいつものメンバーに加え、リゼ先生が深刻な顔をして一つの箱を囲んで座っていた。
私は自分の席に寄っていき、教室に忘れていた財布を手に取ってそのまま踵を返して帰ろうとする。
「ちょっと待ちな、シャルロッテ君。この事件はあんたも無関係ではないぜ」
「そう、ヘンリ刑事の言う通りだ」
「……今回はどういう設定なの?私も無関係ではないって……話だけは聞いてあげるわ」
ヘンリとシエルの二人がまたしても変な設定で切り込んでくるものだから、私は仕方なしにその場の椅子に腰をかけてヘンリ達へ話を促す。
「まず事件の発端はリゼ先生、あなたでしたね」
「ええ、あんな悲しい事件が起こるなんて……」
「あんた達、リゼ先生まで変な世界に巻き込まないでくれる!」
「うるさいぞ、シャルロッテ君!」
「さっきから『シャルロッテ君』って言われるのが一番腹立つわ!!」
するとリゼ先生はそんな私達のやり取りを気に留める事もなく、ゆっくりと事の顛末話し始めた。
それぞれの話をまとめると、まずリゼ先生が職員室で学年主任のお土産の饅頭をひと箱いただく事になったが、もちろん一人では食べきれないので教室に居残っている者達に分けてあげようと考えた。
この時の饅頭の数は全部で13個。
教室にはリアラさんとアレクがおり、のちにシエル達も来ると知って饅頭の箱をポンと教卓の上に置いてリゼ先生は退出しようとした。
しかし、教室を出てすぐにシエル達(ちなみにこの中に私も含まれている)と出くわしたリゼ先生は一緒に教室へ戻り、とりあえず6人で2個ずつ饅頭を食べる事にした。
そこで私は2個を受け取ってすぐに寮の方へ帰っていったのだが、私がいなくなってから残された5人はある事に気付く。
2個目の饅頭に手を伸ばしたアレク、リアラさんの2個目、それに余るはずの1個を加えた、合計3個分の饅頭がなくなっている事に。
「……いや、まだ1個なくなってるくらいだったら分かるけど、3個一気になくなるなんて話聞いた事ないからね。2人か3人も食い意地張った奴がいるって……」
「……まさしく、迷宮入りの事件だ……」
「犯人がこの中にいるなんて……」
「私が……私が饅頭を置いたばっかりに」
「絶対このテンションがおかしいって事に気付いて、先生!?」
どうやらリゼ先生までもが、既にうちの班のおかしな世界観に取り込まれてしまっているようだ。
ずっとこうしているのもおさまりがつかないので、そろそろ私が取り仕切ろうと前に出るが、それをヘンリが制止する。
「待ちな、助手……じゃなかった、シャルロッテ君」
「今度はなに……というか、さっきから腹立つなとは思ってたけど、私の事を探偵助手として扱ってたの!」
「……この事件の犯人が分かった。そして、犯人はこの中にいる!!」
「な!?」「そ、そんな……」「でたらめな事言うなよ!この中にいるなんて……」
「まさに推理物のテンプレみたいなリアクションね……」
ヘンリは5人へ向けて言い放つと、シエルは一歩前に出て、ヘンリへ向けて問いただす。
「はっはっは、ヘンリ君、面白い事を言うじゃないか。なら見せてもらおうじゃないか。俺がやったっていう証拠をよぉ!!……はっ、しまった!?まだヘンリ君は俺がこっそり皆に饅頭を配るふりをして、一個だけ抜き取ったという事を看破していなかったぁ!?」
「とんでもない自爆をして、事件の一部始終を自白した人がいます!?」
「え?そうだったのか……あー、そうそう!!抜き取られた一つについては、今彼が自白した通りだ」
「すごい棚ぼた!?絶対こいつ分かってなかったわよ!」
私はヘンリを指さして指摘するが、ヘンリは気にすることなく顎に手を当てながら残り2個の饅頭を抜き取った犯人の推理を続ける。
毎度思う事だけど、私のツッコミをただの雑音扱いして我関しない態度を続けるこいつらのメンタルどうなってるのよ……。
「それでは残り二つの饅頭の行方だが……リアラさん、あなたがこの事件に気付いた第一発見者だったな?」
「は、はい!私がシエルさんが置いた箱から二つ目を手に取ろうとした時は……」
「ズバリあなたが犯人だあああ!?」
「えええええええ!?」
「せめて聞いたんだったら、リアラさんの状況説明くらい最後まで聞いてあげなさいよ!?」
ヘンリはリアラさんの説明を遮りながら、勢いよくリアラさんを指さして、犯人と断定する。
「え、で、でも私が見た時は……」
「ああん?やったんだろ!?お前がやったんだろう!!たいていの事件は第一発見者が犯人なんだ!!俺には長年の勘があっから分かんだよぉ!!」
「先生の目の前でか弱い女子を相手に、すっごい詰めてる生徒がいるんですけど!?」
「待って、ヘンリ君。その推理は違うかもしれない」
ヘンリがリアラさんに詰め寄っていると、何かを思いついたアレクが手を鳴らし皆の注意を引き付ける。
そしてアレクは私の方へ向いて推理を披露し始める。
「アレク、俺の推理が間違ってるって、いったいどういう……」
「シャルロッテさん。さっき言ってたよね、『2人か3人も食い意地張った奴がいるって……』って」
「え、ええ。言ったわね」
「そしてシエル君にも聞きたい事がある。君がくすねた饅頭はもしかして最後の一個だったんじゃないか?」
「お、おう、そうだぞ!元々一個余る予定だったから、一個余ってるって思って魔が差しただけだし」
シエルはうなだれながらも記憶を引っ張り出して、アレクへ証言をする。
私の頬を一筋の汗が伝う。
「シエル君は2個ずつ配ると提案してからリアラさんが箱を覗くまでずっと箱を持っていた。そしてシエル君が全員に向けて二つだけ取るよう注意し皆が箱に向かった時、その時には大勢の目があり、犯人にとって犯行はしにくかったはずなんだ。つまり皆が一斉に饅頭へ群がる前に饅頭は二つ抜き取られた……。そう考えると一人、皆が群がる前にシエル君の元へ向かい、一足先に饅頭の箱を開けた人がいる。そうだよね、ヘンリ君!!」
突然アレクから声を掛けられたヘンリは驚きながら、ない頭を必死に働かせる。
「え?……おー、そうだ!そうだ!シャルロッテさん!!名探偵の俺の目は欺けねえぜ!!一人先に寮へ戻ると言って、注意力の欠片もないこの男に駆け寄ったのはあなただけだ!!ツッコミ役が実は犯人という、まさしく叙じゅちゅトリック!!」
「それを言うなら叙述トリックね……。それなら、わ、私がやったっていう証拠はあるの!」
「そ、それは……」
「ヘンリ君、君の手を患う事はないよ。シャルロッテさん、あなたはさっき『食い意地の張った犯人が二人か三人いる』と言ったんだ。一人が三つを盗む可能性を完全に排除しきったこの発言は、シャルロッテさん、あなたが一つしか盗んでいない事、その自信を示しているんじゃないのかい?」
「俺が言いたかったことはまさしく、これ!!」
「一旦ヘンリ、あなただけどっか行ってなさい」
私は項垂れながらとりあえずツッコむと、ポケットにキレイな布でくるんでいた饅頭を取り出し、そっと机の上に置く。
「……あなたともあろう人が、一体どうしてこんな事を」
「……仕方なかったの、お腹がすいてて。なんかバレなさそうだなって思ったら魔が差して……ごめんなさい」
「……つまり、目の前にバナナを出された食いしん坊のゴリラはバナナを我慢できないみたいに、ついやっちゃったって事だな」
「女の子に対する例えが最低すぎる!?あとあなた、しれっと警察側にいるけど、あなたも犯人だから!」
私は観念して椅子に背中を預けると、犯人に同情する往年の刑事のような風格を醸し出して私を励まそうとするシエルにツッコミを入れるが、これで二つの饅頭の犯人は見つかった。
どうせ最後に一個余るなら私が食べたいなと思っただけなのだが、まさか他に二人も同じことを考えた奴がいたとは思わなかった。
というか、私が饅頭を取りに行った時ずっとぼけーっとして、目の前で音を立てて結構分かりやすく饅頭を抜き取った私の犯行に全く気付かなかったこいつにも、絶対問題はあると思う。
「なら、最後の一つは誰が……。アレク、分かるか?」
「ヘンリ君。君はとっくに気付いているだろうけど、僕らはなんで饅頭の合計が13個だなんて思ったんだろう」
「それは箱の裏にそう書いてあったから……」
「そう。だから僕らは皆饅頭が全部で13個ある、と実は錯覚をしてしまったんじゃないか。つまり、最初から……」
「そうか、教室に置かれた饅頭は実は12個だった!?という事は……」
「そう、さっきから黙り込んでいるリゼ先生!俺やシャルロッテさんが盗むより先に一つ目の饅頭を盗んだ犯人は、あなただ!!」
そう言って、アレクとヘンリ……ではなくシエルはリゼ先生の方へ指を指し、高らかに言い放つ。
リゼ先生はシエルの宣言に観念したのか、落ち込んでいるいるふりをやめ、顔を上げて皆の方へ顔を向ける。
「……まさか、シエル君。あなたに見抜かれるとはね」
「俺と先生の付き合いです。……最初から全部分かってました」
「この男、最後の最後にぜーんぶ持ってったわね……」
シエルはまるで先生の犯罪を止められなかった事を悔しがるみたいに俯くと、リゼ先生は天を見上げる。
決して私が言える事ではないが、先生まで盗みを働くこのクラス治安悪すぎない?
「……仕方なかったの。饅頭を持っていく最中、魔が、差しちゃったの」
「リゼ先生、俺はずっと待ってますから。……罪償ってから、また一緒に饅頭、食いましょう」
「ええ、ありがと。……ありがと」
そう言って優しい笑顔を浮かべたシエルがリゼ先生の肩に手を置くと、リゼ先生は泣き崩れ、その手で顔を覆う。
ヘンリはそんなリゼ先生へ歩み寄り、ポンと肩を叩いてシエルと共にその場を後にする。
赤く燃える夕日にふっと笑いかけて、ヘンリとシエルは達成感に満ちた顔で教室の扉を閉じる。
こうして三つの饅頭を巡った、悲しき事件は幕を閉じた。
「……いや、なんかいい話みたいになってるけど、あいつも犯人だからね!?」
こうしていつもの放課後は終わっていく。




