第49話 ラブコメでよくある関係
さっき水を飲んだはずなのに、もう喉が渇いてきた。
そのセリフは、あの日ジャック君との決闘の後の保健室で言ったものだ。
別に嘘をついたつもりはないが、改めてこの二人きりの状況で言えなんて言われても、普通言えない。
「……な、何を聞き出したいんだ、シャルロッテさん?」
「ただの好奇心よ。なに?私はせっかく相談に乗ってあげたというのに、私の質問は無視する訳?」
「……………」
完全に外堀を埋められていた。
これはもう答える以外の選択肢がない。
というかもう勉強なんてほとんどやってないんだけど、何してんだ俺もシャルロッテさんも。
「私は普段勉強してるからいいのよ」
「もはや今俺の心読まれてるんだろな、って分かってきた」
シャルロッテさんは手先でペンを回しながら、ひょうひょうとした表情で俺の答えを待っている。
俺は腕を組んで、観念する。
仕方ない……出すか、必殺技。
「ノーコメントでお願……」
「知ってる?人って100度の熱湯に落ちたらたった数秒で死んじゃうらしいわよ?」
「へ、へえ……」
結構まじな目でニヤリと笑みを浮かべるシャルロッテさんに対して、俺は乾いた声で反応するのがやっとだった。
俺、100度の熱湯に落とされんの?
俺がこの部屋にあるはずのない地獄釜を想像して恐れおののいていると、シャルロッテさんは何でもなかったように続ける。
「……私、ずっと人を避けて生きてきたのよ。育てられ方、というのもあるけど、決して人に心を開いては来なかった。それが自分を守る唯一の手段だと、信じてきたから。……でもあなたはそんな私にズカズカ踏み込んできた」
「……今度はシャルロッテさんが俺に惚れたっていう話?」
「……そうかもしれないわね」
俺はその場を茶化すべく、ニヤニヤしながら聞いてみたが、シャルロッテさんは思いの外真剣な声色で答えるもんで、俺もなんだか照れくさくなった。
いやいや、シャルロッテさんはアレクと結ばれる運命なんだぞ!
……でも、シャルロッテさんは好きなように生きろって言ってたしなあ。
いや、それでもヒロインを寝取るモブなんてもし物語に出てきたら、それこそクソラノベだ!
……そういえばこの原作、元からクソラノベだったしな。
こんな風に俺の中の天使と悪魔が言い争っていると、唐突にシャルロッテさんは顔を上げる。
「……私の事を悪く思ってないなら、私たち付き合う?」
「展開早くない!?」
いやいやいやいや、考えろ、何この急激展開!?
さっきまで俺達それなりのシリアス話をしてたはずなのに、誰がこんな展開予想できる?
散々クソラノベ、クソラノベとdisってきた『僕最強』の原作を笑えない位のクソ急展開だ。
もっと、なにか、段階みたいなのがないと、読者も納得しないだろう。
「……シャルロッテさん、そういうのはもっと段階を踏んでから……うーん、えー、あー……まあ俺はいいけどさ」
「途中までなんか紳士っぽく諭してくれる展開だと思ったけど、いいのね……」
「だって、なんかここで断ったら、もったいないじゃん」
「……もったいないってなんか腹立つわ」
俺はなんとかこの場を茶化して終わらせたいと思ったのだが、シャルロッテさんが真剣な眼差しでこちらを見つめるから、姿勢を正して冷静に向き合う。
「……にしても急になんでそういう事に飛躍したんだ?」
「……いや、私は他人を好きになった事がないの。でもあの日、あなたに言われてずっと考えて気付かされた。私だってこんな私を好きになってくれた人を、好きになってみたい。……でも私にはどうすればいいのか分からない、誰を選べばいいのかも分からない。こんな私じゃきっと、間違った人を間違った方法で好きになってしまう気がする」
シャルロッテさんは若干顔を俯かせながら言うが、原作を知っている俺からしてみれば、なんとも言えない。
原作におけるアレクに関して言えば、アレクは間違った人、ではない。
むしろ優良物件とも言えるくらいの男ではあるのだが、ネットでチョロインというレビューがあったように、原作のシャルロッテさんは途中でキャラ崩壊を起こした。
出会って数日でキャラ崩壊を起こしてしまうほどの原作アレクに対する愛情表現と溺愛ぶり、それはまさしく今のシャルロッテさんが危惧している姿そのものなのかもしれない。
原作のシャルロッテさんが掴んだ幸せの形を否定する権利は俺にはないし、しようとも思わない。
だけど、俺は今のシャルロッテさんを知る者として、今のシャルロッテさんに向き合う義務がある。
俺は腕を組んでゆっくり口を開く。
「……それじゃあ、仮の恋人みたいな事をすればいいのか?」
「そうね、そういう事よ。本気じゃなくていいし、これは私のわがまま。でも、私はあなたに好かれるために努力するし、あなたを好きになる努力はする。その結果どうなるのか分からないけれど……」
「いいよ、それでいい。シャルロッテさんを悪く思ってないのは本当だし、練習台に選んでくれただけでも俺は嬉しい。ま、俺のイケメンすぎる魅力でメロメロにしてやんよ」
「……そう。いいなら、いいの」
そう言ってシャルロッテさんはこちらの顔を見てそっと微笑む。
まったく、今日はシャルロッテさんもよく笑う日だ。
俺はどこか照れくさくなって、顔を背けて窓の方を見る。
「……まぁ、私の家の人達が黙ってないかもしれないけど……」
「待って、すごい不穏な雰囲気がするんだけど……」
「そんなに怖がらなくても、私のファミリー……失礼、家の人達は……」
「ファミリーって言った?今?マフィア以外で自分の家の事ファミリーって呼ぶの聞いた事ないんだけど!」
一つだけ分かった事は、厄介事を呼び込むこの部屋の呪いはまだ解けていなかったらしいという事だ。




