第40話 最後の意地
「……リアラさん!」
「…………だ、大丈夫です」
俺がリアラさんを担いで走っていると、突然リアラさんの頭が俺の肩にのしかかる。
もうここに落ちてからどれくらいの時間が経っただろうか。
ここまで、リアラさんの魔法だけでゴブリンの大群を相手にしてきてるのだ。
ちょっとずつだが前には進めてるが、そもそもフレアさん、イレーナさんとの戦いで疲弊していたリアラさんが長く持たない事は分かってたことだ。
「ここからは俺が……」
「いえ!!まだ、やれますから!!まだ役に立てますから!……だからお願いします」
「………」
リアラさんはばっと顔を上げると、肩に込める力を強くする。
俺はじっと前だけを見て拳を握る。
魔力のほとんどない俺達の中で、リアラさんは俺の浮遊魔法こそ優先すべきで、リアラさん自身は犠牲になるべきだと、そう思ってる。
俺にはその考えを否定する事も、突っぱねる事もできなかった。
(ここにいるのが俺じゃなくて、ヘンリ君なら、シャルロッテさんなら、アレクなら、フレアさんなら、イレーナさんなら、ジャック君なら……きっとこんな事になってなかった。でも……俺なんだ)
俺は前だけを見て、足を前に出す。
あと少しなんだ。
前に広がるのは、巣に群がる大量のゴブリン達だ。
ここからはさらに過酷な戦いになる。
俺からリアラさんに言えることは一つしかない。
「……信じてる!」
「はい!!」
そう言って俺が改めて足を前に踏み出した時、それはやって来た。
「ぎギャあアアぁ!!」
俺とリアラさんはその存在に気付いて、急いで後ろを振り返る。
あれはさっきも見た魔法を使う、ゴブリンだ。
前も後ろもゴブリンがいる事は知っていたが、まさか奴に見つかるとは。
俺は急いでそいつから逃げ出すように、走り出すが、その先には、
「……ボスゴブリン……」
ボスゴブリンが、大岩を片手で掴みながら、こちらを捉えて、ゆっくりとやって来ていた。
「やっぱりここは俺が……」
「……ここで浮遊魔法を使って逃げても、またきっとこのゴブリンさん達は追ってきます。も、もう私たち完全ロックオンされてます……」
ボスゴブリンは普通のゴブリンのおよそ3倍の大きさの体躯を誇っている。
大きいくせに動きは俊敏で、普通にダンジョンの主を張っていてもおかしくない程の実力だ。
そんなのを相手に……
「シエルさん!!」
リアラさんが叫ぶため、反射的に体を横に移動させると、さっきまでいた場所には、ファイアーがものすごい勢いで通り過ぎていった。
「ぎゃっぎゃ!」
魔法を使うゴブリンは手を叩きながら、次の魔法を準備しているのか、首を回していた。
鳴き声まで気持ち悪いな、くそ!
「……シエルさんは動き回っててくれませんか。それだけで大分相手の攻撃は回避できると思うので」
「……リアラさんは?」
「………無茶はするつもりないですけど……できる限り追っ払ってみせます」
そう言ってはにかむように笑みを見せる彼女は、どこか儚く、それでいて力強く見えた。
俺は改めて前のボスゴブリンを見る。
「ぎギャアあぁ!」
叫びながら体を捻るボスゴブリンの動きを見て、急いでその場を離れるため足に力を込めるが、動き出そうとしていた方へ魔法を放たんと準備しているゴブリンの姿を見て、方向を転換する。
「……っ!」
その瞬間ボスゴブリンの投げた大岩が俺のいた場所へ、ものすごいスピードでやって来て、音を立てて地面に着弾する。
間一髪大岩の方は避ける事に成功するも、えぐられた地面に足をとられて、体がぐらつく。
「『火の鳥』!!」
その様子を見たリアラさんは急いで火魔法で作った鳥を二体出現させると、円を描くように俺達の周りを飛んで、周りのゴブリン達に牽制をする。
ゴブリンがその魔法に驚き、足を一歩引いたところで、鳥は二手に別れ、魔法を使うゴブリンとボスゴブリンの元へ、一直線に飛ぶ。
「……はああああ!!」
リアラさんが叫ぶと、ボスゴブリンは腕を前に突き出して拳で火の鳥をなきものにする。
魔法を使うゴブリンは、飛んでくる鳥に向かって魔法を放つが、当たるかといったその瞬間、火の鳥はその場でくるくると、風車の軌道をなぞるように回ると、ゴブリンの魔法を躱す。
「ぎゃ?……ギャア!!」
そして次の瞬間には、先程と同じようにまっすぐ、スピードに任せて飛ぶ火の鳥はゴブリンに的中する。
はじめからリアラさんはボスゴブリンではなく、こっちを狙っていたんだ。
しかしそんなリアラさんの技術に見とれている場合ではない。
俺は急いでその場を離れるが、今度はボスゴブリンが大量のゴブリンをこちらの方へ仕向けてくる。
「……っそ!!」
「……だ、大丈夫、ですから。そのまま前だけ見て、走ってください……」
「でもリアラさん、君の魔力はもう……」
そこまで言って俺は抱えていたリアラさんの足を見て気付く。
リアラさんは持っていたステッキの先を、震える手で自分の太ももに突き立て、そこから血を流していた。
「………っ!!」
「だい、じょうぶですから……」
顔を伏せながら、その言葉だけを呟くリアラさんに、俺は何も言えなかった。
とっくに限界なんて超えていたんだ。
それでもまだ、自分が魔力切れで気絶しないように、自らの足に痛みを与えて……。
これが全部、俺達が生き残る最善の手段だと信じて。
「……『百蝶火』」
それでもなおリアラさんは、小さな火の蝶を召還し、追ってくるゴブリンへ目くらましとして的確に当てていく。
俺はもう後ろは振り返らなかった。ただ前を見て、走っていた。
そして視界の端から、背中のリアラさんを狙って石を投げてくるゴブリンを見つけた俺は咄嗟に手を伸ばして、石を素手で払った。
「……いっつ…!」
「……ありがとう、ございます……」
その弱弱しい感謝の言葉は、俺の耳に届いたが、それが何に対しての感謝なのかは分からない。
それでも俺はその言葉で、なぜかは分からないけど、涙がこみ上げるような、そんな思いが溢れてきた。
「……これが、最後……」
その言葉にはっとして顔を後ろに向けると、リアラさんの飛ばす蝶は、ボスゴブリンの目の前までやってきて、その瞬間破裂する。
その蝶は暗いダンジョン内で、明るい光を放って消えてしまうと、流石にこれにはボスゴブリンも目をやられたのか、目を抑えて蹲る。
そして次の瞬間には、カランッカランッという音を立てて、リアラさんのステッキが落ちる音が聞こえた。
「リアラさんっ!!」
「…………」
急いで耳を澄ますが、スース―という呼吸音は聞こえる。
大丈夫、魔力切れによる、気絶だ。
俺は目を擦ると、立ち止まって、リアラさんの血の付いたステッキを拾い上げる。
ボスゴブリンは目も慣れてきたのか、今にも立ち上がろうとしている
「……リアラさん、君はうちの班に来た最初の時からずっと、弱くなんてなかった。……俺の方こそだったんだよ。君に何一つ返せていないのは……でもだから、ここで死なせるわけにはいかない。たとえそれが世界から求められていない事であったとしても、俺はやり遂げてみせる!!」
そう言って俺は力強くステッキを握って、ボスゴブリンの方へ体を向ける。
「こいよ、俺はお前らなんかには負けない!……託されたから、だからこそ負けるわけにはいかないんだよ!!」
ボスゴブリンは足を止めた俺に向かって、気持ちの悪い笑みを浮かべるが、俺は目を見開いて、ただ前だけを見つめていた。
俺には分かっていた。
ここが俺の運命の分かれ道だと。
生きるか、死ぬか、そんな未来が今、ほかならぬ俺の手によって、決しようとしている。
ダンジョン演習、最後の戦いが始まった。




