第36話 主人公と運命
ダンジョン演習が始まり、早30分が経過しそうだというのに、俺は一度も魔物の姿を拝見する事ができていなかった。
シャルロッテさん、ヘンリ君、あとはジャック君もそうだ。
皆が一瞬で倒してしまうから、姿を見れなかった分、妄想だけが膨らんでいた。
アニメではデフォルメされたゴブリンや、凶悪なゴブリンなど、多種多様なゴブリンがいた。
はたしてこの世界のゴブリンは……
「………うん、これは地上波NGだわ……」
「ち、チジョウハ?」
俺達を囲むように佇むそれらゴブリンは、皮膚がただれ、よだれと鼻を垂らし、裸で気色の悪い青と緑の中間色の肌色をしていた。
……これは姿を見つけ次第消し炭にしちゃう気持ち分かっちゃうな。
よくよく見れば、棍棒を持っているゴブリンや、石を持ち上げているゴブリンもいる。
「リアラさん。足を怪我してるみたいだったから、リアラさんのリュックからロープだけ取り出して、縛り付けてるけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です!……でも本当にシエルさんこそ…」
「ここまで避難してきて、魔力ももうすっからかんだ。だから、背中からサポート頼む」
それだけ言うと、ゴブリンの内の一人が石を投げつけてきたので、急いで浮遊魔法で飛び上がる。
俺達のいた場所はゴブリンでもみくちゃになるが、俺の魔力もそうは持たない。
どうやらここはゴブリンの巣らしい。
「……落ちた場所からそんなに離れるわけにはいかないから……」
空中から見渡しても、辺り一帯にはゴブリンが占領している。
俺は自分の胸に手を当てて、鼓動を何とかして抑えようとする。
落ち着け、落ち着け。
(大体なんで、こんな事になっている?これがストーリの強制力ってやつか?)
考えてみれば思い当る節しかない。
俺は明らかに物語の進行を変えているし、主要キャラ達にも関わり過ぎた。
待てよ?
もしも俺とリアラさんが死んだ場合、どうなる?
きっとシエル班は3人班となって、解体される事だろう。
そうなればボッチを謳歌するシャルロッテさんに手を差し伸べるのは、ジャック君が最も可能性が高い。
ジャック君とあの取り巻きはセットで考えられるから、ジャック班も一緒に解体の運命を辿る。
とすれば、ジャック班で残ったメンバーのフレアさんとイレーナさんは、きっとヘンリ君達に……
「……全部元通りってわけか?」
「…し、シエルさん?」
そうなればまた原作ルートだ。
フレア、イレーナ、アレク、ヘンリ、このメンバーが集まってしまう事だけは避けたかったのに、まさか俺とリアラさんがいないだけで綺麗にその状況が完成してしまう。
綺麗に全部、元通りに。
これがストーリーを変えようとした、罪の代償。
「……だけど、それを許すわけにはいかないな。リアラさん、魔力はどんな感じ?」
「え、えっと、私もほとんどなくなってます。だからサポートも、5分くらいが限界かと…」
「そっか。生きてればきっとアレク達が来てくれる。だからそれまでは、振り絞ろう」
「……はい!!」
俺はそう言って静かに上を見上げる。
俺は今一人じゃない、リアラさんがいる。
俺のせいでこの女の子を巻き込んで殺すようなことはあってはならない。
「お、おい、いったいこれは……」
「ジャック君、前に出たらダメだ。どこに隠し穴がまだあるか分からない。シャルロッテさん、細かく魔法を地面に向かって撃って」
「……了解」
アレクはジャックを手で制すると、シャルロッテが前に出て地面に向かってファイアーを繰り出していく。
「……先生たちを呼ぶ笛もあるけれど、カンザス君とヨーク君は今すぐダンジョンの入り口に笛吹きながら戻って、先生を呼んできて。あと多分リゼ先生だけじゃ足りないから、それも伝えて。ジャック君はここに」
「ちょ、ちょっと待てよ!なんでお前がリーダーみたいに…」
「いいから行っとけ。うちの班のリーダーは今アレクだ」
「……それはシエル氏が事前に決めていた事ですか?」
「そういう事だ。俺も立候補したが、奴はアレクだと譲らなかった。いいから見とけって言ってたけど……」
ヘンリはそこまで説明してから気付く。
顎に手を当てて考えるアレクの目、それはかつて見たことがない程に鋭く、ただ一点、穴の中を睨んでいた。
(なんだ?この集中力は)
ヘンリは豹変したようにも見えたアレクの姿に、一瞬戦慄する。
「……早くして。こうしてるうちにもシエル君達は…」
「わかったよ、従ってやる!秒で戻ってやる!!」
「頼んだよ」
アレクは短く答えると、シャルロッテさんの作業も終わって、すたすたと穴の方まで歩みを進めていく。
カンザスとヨークはまだ不満げではあったが、その様子を見て、急いで来た道を引き返す。
アレクは腰を下ろすと、穴に手を入れ、火魔法を放つ。
アレクの後に続いてやって来たものは穴の中を覗き込むと、火魔法は小さくなるばかりで一向に地面につく事はなかった。
「……どれだけ深い穴だ、これ?」
「……いや、ついた!地面だ。これは……およそ5層くらいの深さまで落ちてるね。ジャック君、ロープ。多分入ってるよね、そのリュックに」
「あ、あぁ、一応持ってはいるが、5層まで届くかは…」
「短いのだったら皆持っているだろうし、それを繋ぎ合わせよう。救出に行けない深さじゃない」
そう言って淡々とリュックを漁るアレクに、とうとうイレーナが立ち上がった。
「5層も落ちてるのよ!やっぱり先生が来るまで待った方が……」
「それじゃ、間に合わないんだよ。分かってるだろ、君も」
「そうだけど……皆も同じ目にあうかもしれない!こんなの危険すぎる!!あいつらは死んじゃうのかもしれないけど……ここまで色んなことが重なってのこれなんだったら、もう運命としか……」
「運命?」
その言葉にアレクは反応し、その手を止める。
ヘンリはその瞬間分かった。
これまで皆の前で怒った事のない男が今、キレたという事を。
ダンジョン5層の空間では、シエルが飛んだり走ったりをしながら、ゴブリンのいない地帯を探していた。
「……ここまで来ちゃうと、運が悪すぎて笑えてくるな」
「…ですね。……でも私ここまでずっとシエルさんにおんぶにだっこで、文字通り今もおんぶして貰ってるし……ほんとに申し訳ないです」
「いや、今回に関しては誰が悪いってものじゃない。いうなれば、こうなる運命だったのかもしれない」
「運命、ですか?」
シエルは下から飛んできた石を体を捻って避ける。
「そ、運命。でも俺はこの言葉が嫌いなんだけどね」
「嫌い、ですか?」
「あぁ、まるで未来を決めつけるみたいなそれが、なんか嫌なんだ」
ダンジョン1層では、アレクがイレーナの方を向いて、睨んでいた。
「……イレーナさん、シエル君とリアラさんがここでゴブリンに殺されるっていうのが、君の言う運命なのか?それを僕らは何もせずに見守っているのが、運命なのか?」
「い、いや、そうわけじゃ…」
「……もしも、ここでシエル君とリアラさんが死ぬべきだ、っていうのが正しい運命なのだとしたら……」
「そういう意味なら……私もここで死ぬ運命なんて嫌です」
「だよね。俺だってここで死ぬわけにはいかないからさ。だからこそ言ってやるんだよ」
「「そんな運命、俺が(僕が)ぶっ壊してやる!」」




