第24話 シャバの空気
「シャバの空気はうめえぜ!!」
「……先生の目の前でそれを言える勇気だけは評価しますよ……」
ここは馬車の中、振り返ると、荷物の山に小さい体が埋もれるように座るリゼ先生がいる。
馬車は先程学園を出発し、ダンジョン演習の地へと向かっている。
「確かにずっと学園の中にいたもんな」
「でも学園は生徒の外出を結構認めてたよね。まあ学園におおよその施設は揃ってたから、ほとんど外出する生徒はいなかったけど」
「あ、あの、今更なんですけど、なんで先生が同じ馬車に乗ってるんですか?」
リアラさんが会話の中に入って、リゼ先生へ問いかける。
当然の疑問であるが、さも当たり前のように俺達の馬車に乗り込んできたリゼ先生にその真相を聞く勇気のある者は、ここまでいなかった。
「……この班だけなのよ、ダンジョン演習前のテストで赤点をとった人が三人もいるの」
「なにを言ってるんですか、先生。私は満点だし、アレク君は毎度平均点の男だし……」
シャルロッテさんがそこまで言ってから、ばっと振り返って俺達馬鹿三人衆に気付く。
「あ、あの……山がはずれたというか…」
「くっ…あの時は毎度お世話になってた俺の直感様が調子を崩しててな」
「俺文章読んでたら眠くなるんだよな!」
そんなずっこけアホ3人組の俺達を見て、シェルロッテさん、アレク、リゼ先生は盛大に溜め息をつく。
とはいえこのテストが実施されたのが今日から1週間ほど前の事なので、この1週間のダンジョン演習についての講義の成果が反映されたものでない事には留意してもらいたい。
でも確かに、ダンジョンについての予備知識が全くないと思われる奴が3人もいる班は先生からしたら恐ろしい以外の何物でもないだろう。
「……という事で、この1週間できちんと覚える事を覚えたのか、そういう補習をするためにわざわざこの馬車に乗ったの」
「そ、それは、ご苦労様です…」
「えー、俺ちゃんとリーダーとして真面目に授業受けましたよ!」
「俺だって今回の授業だけは半分寝ながらちゃんと起きてましたよ!」
「そんなイルカみたいな事できるわけないでしょ!?絶対寝てたのよ、それ!」
リゼ先生が叫ぶと、教科書のようなものを取り出す。
ダンジョン演習の場所までは2時間もかからない程度だったはずだが、リゼ先生の目はマジだ。
「え、僕達及第点超えてましたよね。ゆっくりお喋りでもしてて……」
「連帯責任よ」
「「えーーー!」」
こうして俺達シエル班は全員、ダンジョン演習が始まるまでの間、休憩なしの補習を受ける羽目になったのである。
「……ゴブリン……ゴブリン…」
「せ、先生!ヘンリさんがもうゴブリンしか言えなくなってます」
「……普段勉強していない男が頭を使うとこうなるのね……」
演習場まであと15分といったところでリゼ先生はようやく教科書を閉じる。
ついに補習からの解放だ!!
俺は一気に腕を伸ばして体を伸ばす。
「うぅ、疲れたーーー!!」
「……本当に大丈夫なのか、まだ不安だわ」
「大丈夫ですよ、先生。ヘンリ君だって今はこんなのだけど、戦いになると頼りになるし、シャルロッテさんという何でもありの最終兵器もいますし」
「そこに関しては心配してないわ。あなた達の班はいい意味でも悪い意味でも信頼はしてるから」
そう呟くとリゼ先生も肩の力を抜き、口に手を当ててあくびをする。
その様子を見たシャルロッテさんが問いかける。
「先生もお疲れですか?」
「……ええ、そうね。どうやら一昨日、今日向かってるダンジョンの方で地震による地形の変動が起きたらしくて、対応にちょっとね」
「え、それって、一大事じゃないですか?今日は中止にすべきなんじゃ……」
「……そう言ったんだけど、昨日のうちに、わざわざ学園の方が冒険者の人達に依頼を出してダンジョンの隅々まで調査して貰ってて……」
「どうしても今日やろうって訳ですね……」
「そうね。あんまり地形が大きく変わるような事は予想してたよりなかったんだけど、私達は冒険者の人達の調査をもとに皆に配る予定の地図の順路を考え直したり、地図を全部1から…」
「た、大変そうですね……」
リゼ先生は頷くと、首を回して息をつく。
しかし、突発的なダンジョンの地形変動か……
「たしか今回の演習は1層をまわるだけでしたよね?2層への入り口ってどうなってるんですか?」
「毎年そこには先生が一人つくんだけど、今年は地形変動のおかげって言いうのかしら……入り口が封鎖されて、下には降りていけないようになってるらしいわ。だからそこに先生がつく事も無く、あなた達は本当に行ってその様子を見て帰って来る、みたいな感じね。そしてそれは、私達のクラスの班を二つのグループに分けて、時間を空けて中をまわる事になってるわ」
「二つ……ちなみにどういう分け方ですか?」
「4人班グループと5人班グループに分ける予定よ」
「…………」
ジャック君達と同じかあ……。
先生の事だから、もしかしたらジャック君達不良グループと、赤点グループの、めんどくさそうな班を他の班と一緒にしたくなかったのかもしれない。
「リゼ先生、今ダンジョンの地図ってあります?」
「それは公平の為にここでは渡せない事になってるの。入る時には渡すから、それまでは我慢して」
「……はい」
俺がその場に座って頭を回転させる。
奴らは何をしてくる?
「………ほんと、厄介事はやめてよ」
「リゼ先生、俺達こんなに真面目な生徒なんですから、そんな事なりませんって。……多分」
「……ずっと不安だわ」
「大丈夫ですって!あと2時間後には、ダンジョンから笑って出てきてやりますよ!」
俺が笑顔でリゼ先生へ宣言したその時、俺は知らなかった。
まさしく2時間後、このシエル班がとんでもない厄介事の渦中にいるという事を。
そして馬車が止まる。
いよいよダンジョン演習が始まろうとしていた。




