第15話 そのままの君で
「……強くなるためにここに来た、皆そうだろ?」
「確かに、この学園はそういう所だね。もうすぐダンジョン演習も始まるし」
そう、この学園では毎年5月になれば、ダンジョン演習という実際ダンジョンにもぐる事の出来る演習の時間が設けられている。
その演習を終えた者から冒険者になる事が学園から正式に許されるのだが、原作のアレクとヘンリ君がパーティーを組むのは時期的に考えればそのあたりと予想される。
この学園は、冒険者としてその名前を登録する者が多いことで有名だったはずだ。
「……君はなんで強くなりたいんだ?」
「んー、なんでだろうな。……あ、しみるぞ」
「いっつ……」
ヘンリ君は俺の問を考えながら、消毒液を傷口に優しく塗っていく。
ヘンリ君はひたすらに穏やかな表情で、同じ作業を繰り返す。
なんだか照れくさくなって俺は思わず空を見上げる。
「多分……始まりは皆に期待されてたから、なんだろうな」
「期待?」
「そう、皆より人一倍喧嘩は強かったし、魔法を使うのだって村で一番って言われてた。皆が俺に期待して、そんな風に期待されるのが、俺はすごい嬉しかった。期待に応えたいと思った」
そこでヘンリ君は傷口の治療の手を止めたので顔を下げて、ヘンリ君を見る。
「……もっと期待されたいのかもしれない。色んな人から期待されて、それに応える自分、それこそが俺にとっての英雄像だったから」
「英雄……」
まただ、また英雄だ。
すると、ヘンリ君はにっこりと笑みを浮かべ作業を再開する。
「少なくとも俺は今の俺を止めるつもりはない。強くなりたいと思ったから、俺は強くなる。誰かに合わせてやるつもりも毛頭ないし、邪魔してくる奴は打ち倒してやる!」
そう言ってヘンリ君は勢いよく、ガーゼのような布を傷に押し付ける。
「ったあぁ!もっと優しく!」
「無理だな、これが俺のやり方だ!」
ヘンリ君はポンポンと叩くと、布を取って、その場に置く。
「……で、なんでお前はそんなこと聞くんだ?」
ヘンリ君は顔を見上げて、笑顔で聞いてくる。
俺は原作のヘンリ君と、今のヘンリ君を重ねてる。
でも、今話してるのは今のヘンリ君で、キャラクターなんかじゃない、人としてのヘンリ君だ。
「……俺は今の君を尊敬してるんだ。強さとかそういう部分じゃない、自分を通すって言いながら、他人の事はほっとけなくて、皆に優しさを振り撒いてくれる、今の君を、俺は尊敬してるんだ」
「な、なんだよ、照れるな」
「だから俺が言いたいのは、たった一つだ。変わらないでくれ」
ぴゅう、と吹く生温かな春風が俺の前髪を細かく揺らす。
そうだ、俺が言いたいのは、それだけだった。
「これから先ダンジョンに行ったり、色々な経験をして、色々な物を見て、君は色々な物に嫉妬したり、あるいは何も見えなくなるかもしれない。でも……君はそのままでいてくれ。うまく言えないけど、俺が尊敬する、今のままの君でいてくれ」
「無理だな」
ヘンリ君は考えることなく、即答する。
少し戸惑うがその目は、俺の目の奥を覗き込んで、いつものように笑っていた。
「俺は成長するし、変わってくよ。それを俺が望んでるからな。こればかりはどうにもならない。……でも、もし俺が間違った方に変わってるって思ったなら、その時は俺じゃない、お前が俺を止めてくれ」
「………俺が?」
「あぁ……だって、俺達友達だろ?」
ヘンリ君はニヤリと笑みを浮かべると、一気に立ち上がって再び俺の方へ手を伸ばした。
俺はその手を見て、ニヤリと笑って思い切り力を込めて掴み、立ち上がる。
「いった、やりやがったな。次の模擬試合も覚えとけよ!」
「今度はまた違う隠し芸覚えといてやるよ」
「はは、そりゃ楽しみだ!」
対等な強さとか、そんなの初めからいらなかったんだ。
何も分かってなかった。
友達だと、ただそれだけ言ってやればよかったんだ。
俺とヘンリ君は、肩を叩きながら、授業に戻っていく。
春はそろそろ暖かみを増し、夏への準備を始めているようだった。
運命の夏は、着実に近づいていた。




