第114話 国家最高権力直属保安諜報当局第一支部局長
『パーティーに追放された僕は、最強の能力に目覚め、レベル9999で世界を無双する。するとツンデレ美少女に懐かれ、人生逆転しました。今更パーティーに戻れと言われてももう遅い』
こんなふざけたラノベ世界にやって来てから、少し気になっていた事があった。
原作ラノベで描かれる事のなかったアレクの家族には実際に合う事ができ、予想に違わぬ普通の農家一家である事を知る事ができた。
それならば、シャルロッテの家族はどうなっているのだろうか、と。
これまでに与えられた情報の中でただ者ではない豪商の親を持っている事は知る事ができたが、大事なのはそこではない。
シャルロッテというキャラクターが持つ、圧倒的な魔力量。
原作である程度普通の家庭であることが言及されていたアレクとは違う、学長先生やグリムさんと同じ、何も言及される事がなかったからこそ何でもありなのだ。
つまり、シャルロッテの親がシャルロッテと同じような化け物であるという可能性。
「……そんな可能性、馬鹿げていると思ってたけど」
「……避けたか。珍妙な魔法を使う子供、か」
火魔法を確認するとほぼ同時に浮遊魔法を横方向に全ツッパした俺は、3階フロアの壁に体を叩きつけられて床に両手をついていた。
そして急いで顔を上げて目の前の様子を確認し、絶句する。
「…こんなのって」
先程まで俺が腰を下ろしていた場所は勿論、シャルを確認する事ができた部屋の扉を中心に辺り一面がメラメラと業火の炎を燃やしていた。
そんな炎の中を少し俯きながら歩いて来るその人物はくるりと首を曲げてこちらの姿をその目に捉える。
白いシャツにジャケットを軽く羽織ったその男は見たところ40代といった所か。
常にどこか自信なさげな面持ちで俺の姿を確認するとすぐに目を落として、ゆっくりと体の向きをこちらに向けた。
「…私も老いた、か。なんとも情けない」
「これは一体…あなたは…」
「まぁいい。そろそろ時間か」
その男はこちらを気にする事もなく懐中時計を取り出して時間を確認すると、ゆっくりと両手をすり合わせる。
すると瞬く間に炎は消えていき、辺りは普通の床に戻っていた。
こんな魔法、ありえない。
こんなのまるで…学長先生の魔法のようだ。
俺は混乱する頭の中でも、浮かんでいた一つの可能性を尋ねる事にした。
「…あなたは、アルベルト・ヴィンダーハイムさんですか?」
「……だとしたら、どうする?」
その名前はシャルの父親の名前であり、俺は頭の中で僅かに残していた戦闘コマンドを全て放棄し、逃げに徹する事を決めた。
******
ニュートは仰向けになりながら、上の階からドゴオォンという大きな地響きが鳴った事を確認する。
シエルに何かが起こった、頭で理解しながらも満足に体を動かす事はできない。
視界が霞み、油断をすればすぐに意識はかられてしまうだろう。
瞼が切れ血が滲む視界の中で、ニュートは何とか気力で右手を持ち上げる。
ポケットの中に入っている魔水晶さえ、取り出すことができたら…
「…無駄な抵抗はやめてください」
「…ぐうっ…!」
その瞬間、ニュートの右手の掌に激痛が走る。
顔を右の方に向けると、掌に小刀が刺され、床にまで貫通しているようだ。
小刀の柄からそのスラリとした人差し指を離す女は、片膝をついてニュートを見下ろして続ける。
「……中央議会議員、ニュート。その行為に我が国家への反逆の意思ありとして、国家最高権力直属、保安諜報当局第一支部局長の名をもって、その身柄拘束します」
「……やっぱりこうなったか……リゼ。その肩書、長すぎて忘れそうだから後でもっかい教えてくれ」
諦めるように穏やかな微笑みを浮かべるニュートを見下ろすリゼの瞳はひたすらに冷たく、その場を一度立ち上がったリゼは流れ作業のように淡々とニュートの左手の掌にもう一つの小刀を突き刺したのであった。
******
「はっ…!」
ドゴォォォン!という地響きを聞いたアレクは急いで天井を見上げた。
(音は一つ…じゃない!二つあった!グリムさんとシエル君に、ほとんど同時に何かが起きたと考えるべきだ)
アレクはソファから立ち上がる刹那に、今の自分のすべきことをシュミレーションしていく。
(…シエル君に何が起きたのかは分からない、でもニュートさんは分かる。きっと危惧していた事が本当に起こったんだ。そうなるとリゼ先生に頼る事はできない)
アレクは立ち上がりきる一瞬の間に頭の中で幾千もの仮説を立ててはシュミレーションを繰り返す。
今の事態は最悪の一歩手前といった所だ。
顔を顰めながらもアレクは応接間の扉に顔を向けた。
「……まだ、何とかできる。とにかくシエル君に合流しないと……!」
扉の方へ歩みを急がせるアレクであったが、その時、かすかにガチャリという音がして手を止める。
その音は応接間の扉の音ではない、少し遠くの……
(…これ、玄関だ!誰かが、来たのか?)
アレクは震えそうな手を抑えて、両手でしっかりと応接間のドアノブを握った。
ツーっと汗が流れるのを右の頬に感じながら、アレクは集中を研ぎ澄まして静かに扉を引いていく。
そうして生まれたほんの僅かな隙間に顔を押し当て、玄関の様子を確認するアレクは、次の瞬間に思わず口を手でふさいだ。
「…さて、何が起きてやがる」
無造作に扉を開き中に入ってきたその男はアレクやニュートにとって最も警戒していた敵、そしてその男の到着が何を意味するのかアレクにはよく分かっていた。
(……詰みだ。逃げ場がなくなった)
ここにきてのグリムの登場は、アレクを絶望の淵に叩き落とすに十分すぎたのであった。
アレク一人だけならばこの建物から逃げ切る事ができるかもしれない、だけどそれではシエルとニュートを二人共見捨てなければいけない。
今まさに襲撃を受けているであろう二人が勝手に逃げてくれるだろうなんて期待も当然できない。
シエルに合流する事ができれば少なくともアレクと二人でこの場を脱出する事はできるだろう。
しかし、既に騒ぎを聞きつけているグリムを押しのけて先に合流できるわけがない。
そしてアレク一人の力でグリムの隙をつける余地もない。
それは一度グリム相対した事のあるアレクだからこそ、痛感していた。
考えても考えても、詰みだ。
突破口が、ない。
苦悶の表情で顔を俯かせるアレクの耳へ次に飛び込んできた声は、馬鹿みたいにアホっぽい甲高い男の声であった。
「ほへぇ、馬鹿広いくて綺麗っすね。とりあえず腹減ったので何か食いましょうよ!」
「………っ!」
慌ててその声の主を確認したアレクは目を見開きながらも、改めて頭をフル回転する。
(ヘンリ君!これは……まだ希望があるのかもしれない!)




